書評

魯迅「藤野先生」

リモート読書会で魯迅の「藤野先生」を読む。 めちゃくちゃ短い小説である。 阿Q正伝・藤野先生 (講談社文芸文庫 ロB 1) 作者:魯迅 講談社 Amazon 魯迅の自伝的な短編小説で、彼が日本に留学した時に出会った藤野厳九郎という解剖学の教師の思い出をもとに描…

自己批判が攻め道具になるとき——トロツキー三部作を読む3

自己批判は「自分の言動の誤りを、自分で批判すること」(大辞泉)であり、本来健全な精神の作用である。 内省と同じで、自分を絶対視せず、客観的に見つめ直すからである。 こういう作業が、自分の中でできればすばらしいと思う。 他方で、とてもデリケート…

生産的労働と教育の結合?

前回のエントリの続きというか、補足。 kamiyakenkyujo.hatenablog.com 「生産的労働と教育の結合」は戦後の民主的(わかりやすくいうと左派的な)教育学・教育運動の一つの命題であった。そのもともとの命題は、前回見たとおり、マルクスにあるのだ。 マル…

ブレイディみかこ『両手にトカレフ』

小学校の頃、学芸会で野口英世をやったことがある。 なんの役だったかはもう忘れたが…。 貧困から勉学によって脱出し成功するというのは近代草創期の人生のモデルである。それを教育の現場でもこのようにガッツリと教え込まれる。 「人生の成功譚」とか「人…

動かない共産党——トロツキー三部作を読む2

前も書いた通り、ドイッチャーのトロツキー伝(トロツキー三部作)を読み直している。 『追放された予言者』にはトロツキーがソ連を追われてから暗殺されるまでが描かれている。 追放された予言者・トロツキー (1964年) 作者:アイザック・ドイッチャー Amazo…

草薙龍瞬『反応しない練習』

SNSで悪口を書かれていることがある。 とくに、こういう身の上になってしまったので、SNS(具体的にはXだけど)では自分が知らないところでいろいろ叩かれるようになった。(なぜかブログにはほとんど反応はないのだが。) SNSは、直接のリプがなければあま…

自由な討論のない党——トロツキー三部作を読みながら

アイザック・ドイッチャーはスターリン主義に反対し当時のコミンテルンの方針に逆らう主張をする中でポーランド共産党を追われた人である。『スターリン 政治的伝記』で伝記作家としてデビューし、トロツキーの伝記である「トロツキー三部作*1」(『武装せる…

長谷川摂子によるせなけいこの絵本批評

せなけいこが亡くなった。 www.jiji.com 絵本を読む環境がほとんどなかったぼく自身は、小さい頃せなの絵本には『ねないこだれだ』にしか出会えなかった。 ねないこだれだ (いやだいやだの絵本) 作者:せなけいこ 株式会社 福音館書店 Amazon 自分に子どもが…

鈴木謙次『ある日本共産党地区委員長の日記(一九七七年〜一九八四年)』

鈴木謙次様。 ご著作『ある日本共産党地区委員長の日記(一九七七年〜一九八四年)』をご恵投いただきありがとうございました。私は鈴木さんには一度もお会いしたことはなく、この贈呈を通じてが初めての連絡であり、鈴木さんに、よほどの思いがあったのでは…

志位和夫『Q&A 共産主義と自由──『資本論』を導きに』(5/5)

志位和夫『Q&A 共産主義と自由──『資本論』を導きに』を5回シリーズで書評してきたが今日はその5回目、最終回である。 批判点ばかり書いてきたが、今回は最後なので、志位の本書の積極的な意義を書いておきたい。 今回の記事の要旨 今回も要旨を先に書いてお…

志位和夫『Q&A 共産主義と自由──『資本論』を導きに』(4/5)

志位和夫『Q&A 共産主義と自由──『資本論』を導きに』を「学び、語り合う大運動」を共産党が「絶賛展開中!」なので、ぼくも参加させてもらおうと思って書いている。5回シリーズの、今日はその4回目。 今回の記事の要旨 今回も要旨を先に書いておく。 「共産…

志位和夫『Q&A 共産主義と自由──『資本論』を導きに』(3/5)

志位和夫『Q&A 共産主義と自由──『資本論』を導きに』を「学び、語り合う大運動」を共産党が「絶賛展開中!」なので、ぼくも参加させてもらおうと思って書いている。5回シリーズの、今日はその3回目。 今回の記事の要旨 今回も要旨を先に書いておく。 志位は…

志位和夫『Q&A 共産主義と自由──『資本論』を導きに』(2/5)

志位和夫『Q&A 共産主義と自由──『資本論』を導きに』を「学び、語り合う大運動」を共産党が「絶賛展開中!」なので、ぼくも参加させてもらおうと思って書いている。5回シリーズの、今日はその2回目。 実家ででた料理 今回の記事の要旨 今回も要旨を先に書い…

志位和夫『Q&A 共産主義と自由──『資本論』を導きに』(1/5)

日本共産党の志位和夫がローザ・ルクセンブルク財団本部で理論交流を行い、「共産主義と自由」について、自著(『Q&A 共産主義と自由――「資本論」を導きに』、『「自由な時間」と未来社会論――マルクスの探究の足跡をたどる』)を献本し「懇談の素材を提供…

藤原道長『御堂関白記』

吉田戦車のエッセイコミック『出かけ親』を読んでいたら、こういうシーンがあって、うむ、我が家と同じではないかと思った。 吉田戦車「出かけ親」/小学館「ビッグコミックオリジナル」 2024年11号より 「虎に翼」と「光る君へ」をどちらも一家で見ているが…

玉野和志『町内会——コミュニティからみる日本近代』

町内会の本を出したことがあるので、住民団体の講演会などに招かれることがある。その時に「町内会ってそもそもどういう歴史を持っているんですか?」と聞かれることがある。 あるいは「戦争の時の『隣組』が起源ですよねえ」と同意を求められることもある。…

カズオ・イシグロ『日の名残』

オンライン読書会で読むことに。 日の名残り (ハヤカワepi文庫) 作者:カズオ・イシグロ,土屋 政雄 早川書房 Amazon カズオ・イシグロを読んだのはこれが初めてである。 1956年のイギリスが舞台。主人公はダーリントン卿の屋敷であったダーリントンホールの執…

中川剛『町内会』復刊についての雑感

最近、中川剛『町内会』関連でぼくの昔のエントリにも来訪者がある。 kamiyakenkyujo.hatenablog.com 補足をしておいたけど、同書は最近復刊し、一般の書店やネット書店などでも入手ができるようになった。 2018年のときに思い出深い中公新書を3冊あげさせ…

桐野夏生『燕は戻ってこない』

本作はオンライン読書会で読んだ。 燕は戻ってこない (集英社文庫) 作者:桐野夏生 集英社 Amazon NHKでテレビドラマにもなっている。やっていることは知っていたが、読書会が終わった後で、一度だけ観た。 www.nhk.jp 桐野夏生の原作についての感想をここで…

斎藤幸平+松本卓也編『コモンの「自治」論』

本書は、「自治研究会」と題された研究会のなかで、各章の著者がそれぞれの現場の「自治」論をもちより、討論を行って完成させたものである。(本書p.277) 現代資本主義が地球をはじめ人民の共有物=コモンを食いつぶし、切り売りしながら「略奪による蓄積…

『室外機室 ちょめ短編集』『人はどう死ぬか』

タイトルの通り、著者ちょめの短編集である。初出を見ると5編のうち「個人出版物」が4編だから、ほとんど同人誌からのものであろう。 室外機室 ちょめ短編集 (アクションコミックス) 作者:ちょめ 双葉社 Amazon 軽い気持ちで読む。 2つ目の短編「21gの冒…

澤田誠『思い出せない脳』

リモート読書会で澤田誠『思い出せない脳』を読む。 思い出せない脳 (講談社現代新書) 作者:澤田誠 講談社 Amazon 研究関係の人が参加していて、「またどうせわかってもいないことをわかったように素人相手に書いた本だろ…」的に思って読み始めたそうである。…

伊集院静『海峡』

原爆の写真を子どもに見せるべきかどうかについての話題。 digital.asahi.com ジョージア駐日大使のティムラズ・レジャバさん(36)は2月末、家族で広島平和記念資料館(広島市)を訪れました。原爆で黒く焼け焦げた弁当箱を見つめる長女(当時4)の写真を、…

伊藤整「組織と人間」

「組織のようなものにしばられたくない」と若い人たちがどんどん表明しだしたのは、大学での学生運動が下火になりつつあった1970年代後半以降だろう。1980年代は「政治の季節」が去って、個人主義・消費社会へ…と総括されることがあり、そういう単純な総括自…

石井遼介『心理的安全性のつくりかた』

リモート読書会の次のテキスト。ぼくはファシリテーターである。 心理的安全性のつくりかた 「心理的柔軟性」が困難を乗り越えるチームに変える 作者:石井遼介 日本能率協会マネジメントセンター Amazon ハラスメントは、それをやってしまったら人権侵害にな…

山崎聡一郎『こども六法』

山崎聡一郎『こども六法』を娘と読んでいる。 夕食が終わり、こたつでぼくがゆったりとしていると、保育園のころに「絵本を読んでほしい」と言ってきたときのようなのと同じニュアンスで、高1の娘が本を持ってやってくるのだ。 別に「勉強しよう!」とかそ…

鈴木透『食の実験場アメリカ』

リモート読書会で読んだ。 食の実験場アメリカ-ファーストフード帝国のゆくえ (中公新書 2540) 作者:鈴木 透 中央公論新社 Amazon サブタイトルが「ファーストフード帝国のゆくえ」なので、ははあ、アメリカ=ファストフード帝国批判なんだろうなと思って読…

ローズマリー・サリヴァン『スターリンの娘 「クレムリンの皇女」スヴェトラーナの生涯』

スターリンの娘、スヴェトラーナ・スターリナあるいはスヴェトラーナ・アリルーエワの生涯を知ったとき、その激しさと寂しさに、複雑な思いがこみ上げてくる。 スターリンの娘(上):「クレムリンの皇女」スヴェトラーナの生涯 作者:ローズマリー・サリヴァン …

『ニッポン政界語読本 単語編』『会話編』『公務員の議会答弁言いかえフレーズ』

政治家や役人が使う言葉の異常さ・奇妙さは、日々SNSで指摘され、ネタにされている。中には「ご飯論法」のように、公式の答弁としての基礎を破壊してしまうような重大性を抱えている言葉の使い方さえある。 本書はイアン・アーシーという、一見すると「ずい…

倉沢愛子『インドネシア大虐殺』

東南アジア関連の本を読んでいて、“インドネシアは一番民主的な国”という評価をみた。 ぼくの記憶の中に「インドネシアでは共産党員が200万人くらい虐殺されていたと思うけど…」という断片が浮かび上がる。 むろん、それは「昔」の話のはずだから、そのまま…