米沢に生まれた快男児・雲井龍雄に学ぶ

2004/06/11 (Fri)
維新を勝ち取り、新に政府が誕生その名は明治政府。長州、薩摩、土佐の合体政府であった。維新戦争のために徴用された兵士は使い捨てにされて、巷に大勢の浪人が溢れ出した。
そんな時世の中で、薩摩は目に余る自己保身策を弄した、その横暴さを「討薩檄」なる漢詩をもって天下に号令を発した人物こそ米沢が輩出した英傑雲井龍雄がその人である。
新政府の転覆を企てた雲井は、新政府の挙動に、怖れおののいていた当時の米沢藩の手によって捕縛され、新政府の手によって斬首された人物である。
米沢市民にその名が知られていないのは後難を恐れた米沢藩が出した箝口令のせいであろう。 その流れから「お上に楯突くなどの行動は一切認めない風習」が、今もって市民の中に根強く残っているものと思われる。
米沢が閉鎖的だといわれるゆえんであり、事なかれ主義に温存されて、骨抜きされた市民の末路なのだ。
多くの書込みの中にそれが見られて哀れである。男子たるもの「大河の流れを変える度量」を持たねばならぬ。天井裏でコソコソ騒ぎたてる鼠族であってよいはずはない。たとえ市長であったとしても「過ちは糾さねばならぬ」
本会の提唱する「古紙の公平な一般入札制度導入」に、頑なに否認する行政を議会が採り上げ、15日小島卓二議員、16日には佐藤忠次議員によって一般質問での追求がなされる。
安部市長はどんな答弁をするのだろうか。 米沢周辺の市町では、すでに報道されているように入札によって歳出を押さえ、むしろ歳入を高める結果となっているではないか。
政府の三位一体の政策によって、補助金や地方交付税が確実に減額されることが明らかにそれている現在、まして米沢市は経常比率が95%にも上っている破綻寸前の状態にあるにも関わらず、何たる無駄な支出をするのか。しなければならない理由はどこにある。一般企業では経常比率は25%が限度。
米沢市がおかれた現実にあって、なお平然として問題意識を持たない市長をあなた達は同情心だけで包みこんで、男子といえるのだろうか。天下に向かい生命を賭して己れの真情を訴え続けた、若き先人の心意気に学ぶ気持を、少しはもって男子であり、大人の条件というものだ。

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