初恋・地獄篇
映画
初恋・地獄篇
1968年
監督:羽仁進 脚本:寺山修司、羽仁進
出演:高橋章夫 石井くに子
allcinema 初恋・地獄篇
IMDb Hatsukoi: Jigoku-hen
この映画も掲載希望で紹介をいただいているので、記事にしておく。
映画のタイトル「初恋」とあるように、主人公シュンとナナミが恋人になるところから物語が始まっている。シュンは母親が再婚する際に養護施設に預けられ、後に養父母に育てられる。ナナミは静岡から状況してきて生活が厳しいのでヌードモデルをやっている。恋人になった二人がホテルに行くのだけど、うまく初行為ができないシュウの姿がある。シュウにどんな精神的な背景があるのか、ドラマを通じてさぐっていくような展開だった。したがって、恋愛と性の問題が映画全般のテーマになってくることになる。
主人公は初恋をしつつも、墓地で出会った不思議な少女をガールフレンドと言って遊んでいた。少女から投げかけられるなぞなそ。「キャベツをむいたら芯がでる、玉ねぎむいたら何がでる」に答えられない主人公。その後、少女を抱えああげておしっこをさせる場面のときに、脇に石仏に注目される。カメラが石仏の顔から下の方に動いていくと、皮のかむった男性のシンボルがを大写しとなる。なるほど、主人公は玉ねぎを皮のかむったおちんちんとしてイメージしたのだろう。そして、そして少女の肌に触れながら、子供の頃のお母さんとの濃厚なキスを思い出している。これら一連の映像は、いずれも主人公の性的イメージを表現している。ここでは少女の下半身やおしっこは、もののかげで見えていない。主人公は少女と仲良くスキンシップをしていたので、目撃した人から変態男として追いかけられ、警察に連行され精神病院を受診させられる。
精神病院では退行催眠を行っているようだ。そこで主人公は少年時代の体験を見ることになる。やさしく主人公を保護してくれた養父母だったが、養父は寝ている主人公の布団をはがし、着物をまくり上げてパンツを脱がそうとする。恐怖のあまり逃げる主人公の姿が描かれる。このような養父からの性的虐待は常習的に行われていたことが想像できる内容だ。
大人たちの姿について、女優さんたちはヌードやSMを仕事にしているので、裸の場面はたくさんある感じだった。男性については何の脈絡もなくラーメン屋の男が街の中で全裸になってポーズをとるという場面があった。男性は背面を遠くから撮影しているが、当然街中で撮影許可など取っているはずはないから、リアルに通報されたのだろう。警察がやってきて注意されていた。
裸の描写はいろいろあっても、結局のところ性器を見せるのはやはり子役の仕事のようだ。映画の後半で、ここは子供時代の回想と空想が混じったような場面が設定されている。最初にアップの珍が出てくるけれども、おそらく主人公の子供の頃の姿だろう。そして主人公は墓地に向かって裸で走っていく。そこから出てくるのは、天狗のお面をかぶった子供たちだ。その多くはマント一枚で下半身丸出しの姿だ。ここでは動画だけでなく、静止画も組み込んでおり、いろいろな場面で珍が見えるように工夫されている。そして終盤は下半身丸出しの女の子で、顔から下半身にカメラが動くと、股間のアップとなり、さらにそれを明るくして見せていた。次に静止画で男子の珍のアップとおしっこをする男子の姿が見えていた。この天狗の面の子供たちというのは、妖精的な存在だろうか。
その後玉ねぎの謎の解明や、主人公が過去のトラウマを乗り越える糸口が見つかるけれども、厳しい結末へと流れていった。
最後に、石仏の名誉のために一言つけ加えておくが、ダビデ像のような包茎丸出しの姿は映画のトリックだと思う。映画で映った石仏は、右膝を立て、左膝を寝かせている観音像であって、足首の下がまとっている布から露出する部分となる。この仏像の場合は、は寝かせている方の左足のうち、前部が欠けてしまっているので、たまたまこのように見えているだけだろう。
https://vkvideo.ru/video-197265731_456239593
1968年
監督:羽仁進 脚本:寺山修司、羽仁進
出演:高橋章夫 石井くに子
allcinema 初恋・地獄篇
IMDb Hatsukoi: Jigoku-hen
この映画も掲載希望で紹介をいただいているので、記事にしておく。
映画のタイトル「初恋」とあるように、主人公シュンとナナミが恋人になるところから物語が始まっている。シュンは母親が再婚する際に養護施設に預けられ、後に養父母に育てられる。ナナミは静岡から状況してきて生活が厳しいのでヌードモデルをやっている。恋人になった二人がホテルに行くのだけど、うまく初行為ができないシュウの姿がある。シュウにどんな精神的な背景があるのか、ドラマを通じてさぐっていくような展開だった。したがって、恋愛と性の問題が映画全般のテーマになってくることになる。
主人公は初恋をしつつも、墓地で出会った不思議な少女をガールフレンドと言って遊んでいた。少女から投げかけられるなぞなそ。「キャベツをむいたら芯がでる、玉ねぎむいたら何がでる」に答えられない主人公。その後、少女を抱えああげておしっこをさせる場面のときに、脇に石仏に注目される。カメラが石仏の顔から下の方に動いていくと、皮のかむった男性のシンボルがを大写しとなる。なるほど、主人公は玉ねぎを皮のかむったおちんちんとしてイメージしたのだろう。そして、そして少女の肌に触れながら、子供の頃のお母さんとの濃厚なキスを思い出している。これら一連の映像は、いずれも主人公の性的イメージを表現している。ここでは少女の下半身やおしっこは、もののかげで見えていない。主人公は少女と仲良くスキンシップをしていたので、目撃した人から変態男として追いかけられ、警察に連行され精神病院を受診させられる。
精神病院では退行催眠を行っているようだ。そこで主人公は少年時代の体験を見ることになる。やさしく主人公を保護してくれた養父母だったが、養父は寝ている主人公の布団をはがし、着物をまくり上げてパンツを脱がそうとする。恐怖のあまり逃げる主人公の姿が描かれる。このような養父からの性的虐待は常習的に行われていたことが想像できる内容だ。
大人たちの姿について、女優さんたちはヌードやSMを仕事にしているので、裸の場面はたくさんある感じだった。男性については何の脈絡もなくラーメン屋の男が街の中で全裸になってポーズをとるという場面があった。男性は背面を遠くから撮影しているが、当然街中で撮影許可など取っているはずはないから、リアルに通報されたのだろう。警察がやってきて注意されていた。
裸の描写はいろいろあっても、結局のところ性器を見せるのはやはり子役の仕事のようだ。映画の後半で、ここは子供時代の回想と空想が混じったような場面が設定されている。最初にアップの珍が出てくるけれども、おそらく主人公の子供の頃の姿だろう。そして主人公は墓地に向かって裸で走っていく。そこから出てくるのは、天狗のお面をかぶった子供たちだ。その多くはマント一枚で下半身丸出しの姿だ。ここでは動画だけでなく、静止画も組み込んでおり、いろいろな場面で珍が見えるように工夫されている。そして終盤は下半身丸出しの女の子で、顔から下半身にカメラが動くと、股間のアップとなり、さらにそれを明るくして見せていた。次に静止画で男子の珍のアップとおしっこをする男子の姿が見えていた。この天狗の面の子供たちというのは、妖精的な存在だろうか。
その後玉ねぎの謎の解明や、主人公が過去のトラウマを乗り越える糸口が見つかるけれども、厳しい結末へと流れていった。
最後に、石仏の名誉のために一言つけ加えておくが、ダビデ像のような包茎丸出しの姿は映画のトリックだと思う。映画で映った石仏は、右膝を立て、左膝を寝かせている観音像であって、足首の下がまとっている布から露出する部分となる。この仏像の場合は、は寝かせている方の左足のうち、前部が欠けてしまっているので、たまたまこのように見えているだけだろう。
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2024-12-21 13:45 編集
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2024-12-21 15:57 編集