感想
2020年08月05日
今回ご紹介するこの漫画、広島の原爆を扱ったものだということは、読む前から知っていました。
ですが、最初の数ページを読んだ時「あれ?」と思いました。
そこに描かれていたのが、一見ごく普通の昭和の風景のように見えたからです。
戦争の悲惨さも何も感じられない、ごく普通の町の中の、ごく普通の女性のささやかな日常…。
しかし、徐々に、それがやはり原爆の物語であることが明らかになっていきます。
物語は原爆投下から10年後の昭和30年から始まります。
直接的に原爆の様子が描かれているわけではありません。
原爆の「傷跡」や、当時子どもだったヒロインの回想の中で「抽象的」に当時の様子が描かれているだけです。
なので、ついつい「これは、原爆から立ち直っていく人々の物語」と誤解してしまいそうになりました。
過去の不幸を乗り越えて、未来へ向かい幸せになっていこうという物語なのだと…
しかし、そうではありませんでした。
悲劇は、原爆投下直後の地獄で終わったわけではなく、10年、否、それ以降もずっと続いているのです。
物語の綺麗な結末のように「不幸を乗り越えて立ち直る」ことも赦されない、あまりに容赦のないその結末が、この国で実際に起きてきた“現実”なのでしょう。
特に最初に収録された「夕凪の街」は衝撃的なラストで、何とも言えない読後感を味わうことになります。
言葉は悪いかも知れませんが「後味の悪さ」は今まで読んできた本の中でも一番かも知れません。
でも、その「後味の悪さ」こそが、戦争というものなのだと、そんな気がします。
自分は今まで様々な「戦争に関する本や映像作品」を読んで(観て)来ましたが、この漫画には、これまで読んできたものには描かれていなかったものが、言外に描かれているような気がしました。
同じ時代を同じ広島で生きていても、過ごした場所や年代や、ほんの少しの違いで、地獄を見たか見なかったか、悲劇的な結末に見舞われるか見舞われないかが分かれてしまう……必ずしも全ての人が同じ悲しみや苦しみを分かち合っているわけではないという事実。
そしてそんな“差異”に苦しめられる人がいたという事実。
そして戦争が終わって何十年経っても尚、呪いのようについて回るもの。
広島の人がかつて、目に見えない放射能を恐れる人々から差別を受けていたという事実を、自分は子どもの頃には既に知っていました。
けれど、それは今ほど科学が進んでいなかった過去のことで、現代においてはそんなことは起こらないだろう、人間の意識は今はもっと成熟しているだろうと考えていました。
それがとんだ過大評価で、何十年経っても人間の意識はそれほど成長していないのだという事実を、大人になってから様々な災害・疫病のたびにニュース報道等で知ることになるわけですが……。
mtsugomori at 14:32
2020年03月22日
タイトルの通り、様々な生き物の死に様が描かれたエッセイ集です。
事典でも図鑑でもなく「エッセイ」です。
当初、自分はもっと科学的な読み物を想像していたのですが、良い意味で裏切られました。
エッセイだけあって、この本にはそれぞれの生物の“死に様”を眺める作者の視点が描き込まれています。
それが詩的で文学的で、何とも切ない味わいを生んでいるのです。
定められた本能のままに生き、繁殖し、死んでいく生物たちの物語をひとつひとつ辿っていくうちに、生命の儚さ、世界の摂理の残酷さ、不思議さなどが、ひしひしと胸に迫ってきます。
ただ生命を次世代に繋ぐためだけに生きているかのように、成虫になるとすぐに死んでいく儚い昆虫たち…
ただ人間のために殖やされ、殺されていくニワトリや実験用マウスの宿命…
あるいは死など無いかのように途方もなく長い年月を生きる海洋生物の生態…
我々が何気なく日々を送っているこの世界で、人間とはまるで違うサイクルで繰り広げられている生死があることに、ふっと気づかされる一冊です。
エッセイ集なので、挿絵(モノクロ)はあるものの、文章中心の本です。
ですが文字は大きめで1章1章の文量もそれほど多くなく、文章も分かりやすく、ルビ(ふりがな)も多いので読みやすいと思います。
mtsugomori at 19:31
2020年02月08日
この絵本、新聞広告に載っていた時から、妙に気になっていました。
その後、たまたま本屋で見つけ、手に取ってパラパラとページをめくり…
我慢できずに買ってしまいました。
まず目に飛び込んでくるのが、妙に存在感のある猫の絵です。
この絵、「ネコヅメのよる」の作者と同じ町田尚子さんが描いているのですが…
「ネコヅメのよる」が猫の(良い意味での)不気味さ(←ミステリアスさとも言う)・野性味を表しているのに対し、この絵本の主人公の猫には、ノラの猫の“かなしさ”が漂っている気がします。
よく見ると鼻のあたりに他の猫に引っ掻かれたような傷があるところや、どこか怯えているようにも見える上目づかいの大きな瞳…
思わず抱き上げて「よしよし」と頭を撫でてあげたくなるような存在感があります。
何よりこの絵本、ストーリーが胸に刺さるのです。
文章はひらがなばかりで、描写もほとんどなく、一文一文はごくごく短く書かれています。
けれど、それでも主人公の猫の心情がひしひしと伝わってきます。
最初のうちは、町で暮らす他の猫たちの様子が丁寧に描かれ“ほのぼの”した雰囲気なのですが…
ページが進むうちにだんだんと、町の猫たちと主人公の猫との“違い”、そしてその“かなしさ”が描かれてきます。
短いひらがなの文章では、その哀しささえも、特に感情を籠めずに淡々と描いているのですが、それが余計に、読み手を哀しくさせます。
なので、最後のシーンでその哀しさが救われた時、思わずホロリとしてしまいます。
さらには、この絵本、細かいところに遊び心があります。
本屋さんのシーンで描かれた本の中に「ネコヅメのよる」の絵本があったり…
表紙の裏と裏表紙の裏に、それぞれ同じ猫たち(と犬)の絵が使われているのですが、表紙の裏には無かった「猫の名前」が裏表紙の裏には描かれています。
(絵本本編に出て来る猫たちも載っているので、探すと楽しいです。)
さらには奥付の作者と画家の紹介文に、それぞれの方が飼っている猫の名前が載っています。
この絵本の主題が「ねこのなまえ」なので、そういう演出がまた心憎くて素晴らしいです。
mtsugomori at 20:20
2019年12月23日
個人的に、小説のレビューではあまりネタバレを書きたくありません。
理由は、自分にとって小説を読む楽しみは“サプライズ”と“未知との出会い”にあるからです。
物語の根幹に関わる重要な“どんでん返し”はもちろんのことですが…
自分はできることなら、その前の些細な描写についても、なるべく事前に情報を入れず新鮮な気持ちで読みたいタイプです。
思いもよらない展開に出会うと興奮しますし、それまでに知らなかった知識と出会うと嬉しくなります。
ですが、レビューで先にそれを知ってしまえば、いざ実際にその本を読んだ時「あぁ、これレビューで読んだところだな」「あの感想って、こういうことだったのか」と、既知の情報を確認するだけの“答え合わせ”のようになってしまい、読書の楽しみが減ってしまうのです。
この「ネタバレしたくない」という気持ちは、自分が創作活動をするようになって(→小説サイト「言ノ葉ノ森」)から余計に強くなりました。
「思考錯誤してひねり出した快心のサプライズを、事前にレビューでバラされてしまったがために読者の皆さまに楽しんでもらえなかったとなれば、作者がどれほどガックリするか」というのを、他人事ではなく自分事として想像できるようになったからです。
事前に情報を知っていたか否かで、サプライズに出会った時の驚きや感動の質やレベルは変わります。
本来なら感動できたはずのサプライズが、事前情報を得てしまったがためにあまり感動できなくなってしまったとしたら、それは作者・読者双方にとって不幸なことだという気がするのです。
なので、自分のレビューでは(古典や詩歌以外では)なるべくネタバレをしないよう気をつけているのですが…
実際に自分でレビューを書くようになり「ネタバレせずに本の魅力をアピールするって難しい!」とちょくちょく壁にぶつかっています。
キャラクターの魅力をPRするにしても「この場面で“こういう行動”をとったのがカッコ良かった!」と書くと、そこがまた“ちょっとしたネタバレ”になってしまいますし…。
「どこからどこまでならネタバレしてもOKなのか」というラインも、たぶん人によってマチマチだと思いますので…
そのラインが分かっている相手ならともかく、不特定多数に向けて書くブック・レビューではどうしても気を使ってしまいます。
…まぁ、その分「書いてはいけない情報を避けて、いかに面白そうな文章を書くか」という修業になって、自分のスキルUPに繋がっている気もするのですが…。
mtsugomori at 07:00
2019年08月11日
記事数が多くなってきた上、記事タイトル=本のタイトルではなくて分かりづらいので、過去にレビューした本をタイトルのあいうえお順でリスト化してみました。
- 彼方のアストラ/篠原 健太(集英社)
- 教科書でおぼえた名詩 (文春文庫PLUS)
- 霧のむこうのふしぎな町/柏葉 幸子 (講談社青い鳥文庫)
- 木をかこう/ブルーノ・ムナーリ (至光社国際版絵本)
- グルメサイトで★★★(ホシ3つ)の店は、本当に美味しいのか?/嶋 浩一郎 (マガジンハウス)
- 皇妃エリザベート―その名はシシィ (カルチュア・ドキュメント) /南川 三治郎(河出書房新社(1994))
- 声に出して読みたい日本語/斎藤 孝(草思社)
- こねこのみつけたクリスマス/マーガレット・ワイズ ブラウン(ほるぷ出版)
- このあと どうしちゃおう/ヨシタケ シンスケ(ブロンズ新社)
- 怖い絵/中野 京子(朝日出版社(単行本版・2007))
- ジブリの教科書2 天空の城ラピュタ/スタジオジブリ (文春ジブリ文庫)
- 少年H/妹尾河童(新潮文庫・他)
- 死んでもブレストを/早乙女 勝元(草土文化 (1981))・(日本図書センター(2001))
- 新編宮沢賢治詩集 (新潮文庫)
- 世界の猫の民話 (ちくま文庫(2017))
- すきになったら/ヒグチユウコ(ブロンズ新社)
- 空色勾玉→勾玉三部作/荻原 規子
- 空の名前 [単行本]/高橋 健司(角川書店(1999))
- 白鳥異伝→勾玉三部作/荻原 規子
- 常陸国風土記 全訳注/秋本 吉徳 (講談社学術文庫)
- 100分de名著/NHK出版
- フォーチュン・クエスト・シリーズ/深沢 美潮(角川・スニーカー文庫)ブック・レビュー
- フォーチュン・クエスト(電撃文庫版)刊行情報&メディア・ミックス情報
- ふたりのイーダ―子どもの文学傑作選/松谷 みよ子(講談社)
- ほしをさがしに/しもかわら ゆみ(講談社の創作絵本)
- 勾玉三部作(空色勾玉・白鳥異伝・薄紅天女)/荻原 規子
- 万葉集(二) (岩波文庫)―山上億良
- 万葉集・文庫別読み比べ
- 見るだけで目がよくニャる猫の写真 (マキノ出版ムック)
- もっと知りたい東山魁夷―生涯と作品 (アート・ビギナーズ・コレクション) /鶴見 香織(東京美術(2008))
mtsugomori at 11:18