2026-03-15

わが家では女子受験するなら学費生活費を出さないことにした

真剣男女平等を考え、娘の将来に差別者としての記録を残さないためにもこの決断に至った。

誤解を恐れずに言えば、私はフェミニズムを支持しているし、社会における構造的な女性差別を解消すべきだという立場だ。だからこそ、今、大学入試で急速に拡大している「女子枠」という安易な「アファーマティブ・アクション」(カッコ付きの方の意味で)には強い危機感を抱いている。

先日、高2の娘が「女子枠があるから、この大学なら安全圏かな」と口にしたとき、背筋が凍るような思いがした。彼女無意識のうちに、「自分属性によるゲタを履かなければ、男性と同じ土俵で戦えない存在である」という差別的価値観内面化してしまっていたのだ。属性による選別は、差別再生産でしかないのにな。

から私は娘にこう伝えた。

女子枠を利用して合格するなら、わが家は学費生活費も一切出さない。一般枠で、実力で合格するなら、理系だろうとなんだろうと大学院まで含めて全力でサポートする」

これは決して娘を突き放すための言葉ではない。彼女を「一人の自律した人間」として尊重しているからこその通告だ。

そもそも現在女子ブームは、大学側が「ダイバーシティ」の数値を手っ取り早く稼ぐための帳尻合わせに過ぎない。女子生徒が理系を選びにくい構造的要因(教育課程大学側の学習環境)を放置したまま、出口の数字だけを操作するのは、思考停止したポピュリズムだ。

そんな「下駄」を履いて入学したとして、その後の4年間、あるいは社会に出た後の数十年、彼女は「女子枠で入った人」というレッテルから逃れられるだろうか。

周囲の男性学生からは「実力不足なのに制度に守られた特権階級」と冷ややかな視線を浴び、本人もまた、自分成功が「正当な実力」によるもの確信を持てないまま生きることになる。これこそが、もっと残酷な形での「女性軽視」ではないか

娘を「差別というシステム受益者」にしたくない。

リベラルを自認するはてなユーザーなら理解してくれると思うが、特権差別的構造を利用して利益を得ることは、その構造を温存させる加担行為に他ならない。私は、娘に「差別者としての記録」を残してほしくないのだ。

後世、歴史が「2020年代女子枠は、性別による逆差別であった」と総括されたとき彼女キャリアに「*(ただし女子枠)」という注釈がつくことを防ぎたい。彼女には、誰に文句も言わせない、圧倒的な個人の実力によって道を切り拓いてほしい。

制度があるなら利用しないのは損だ」という意見もあるだろう。だが、その「損得勘定」こそが、日本男女平等の停滞を招いてきた。

既得権益批判しながら、自分たちが利用できる「新しい特権」には喜んで飛びつく。そんなダブルスタンダードを、私は親として許容できない。

娘は最初自分一人が頑張ったところで社会の不平等は変わらない、と反論したが私はこんなふうに諭した。

社会が変わるのを待つのではなく、あなた自身が『性別関係なく優秀であること』を証明することが、後進の女性たちにとって最大の希望になるんだよ」

もし、彼女一般枠で挑戦して不合格になるなら、それはそれでいい。浪人してもう一年牙を研ぐなら、その費用も私が出そう。

敗北を正面から受け入れる強さを持つことの方が、不当なゲタを履いて手に入れる合格通知よりも、よほど彼女人生を豊かにすると信じている。

これは、わが家なりの「男女平等への決意表明」だ。

娘を、性別という属性に閉じ込められた「弱者」として扱うのを、私は今日ここでやめる。

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