名前を隠して楽しく日記。
死にたくないけど死なねばならぬ
見たきっかけは、ミスチルの曲で「ビデオに撮ったショーシャンクの空に〜」と歌われていたことと、
今年たまたま映画館で上映している機会があることを知ったことである。
内容の素晴らしさは置いておいて、この映画の代表的なイメージとして、
「大雨の中男性が両手を空に向けて広げている」というものがあるが、
映画を観た後には、それが映画終盤の超重要なシーンであることを知った。
1800年にパリで制定された条例で、女性はパンツの着用が原則禁止とされ、どうしても着用したい場合は県庁による許可が個別に必要だったとされる。
なお、ここでいう「パンツ」とは下着の方ではなく、ズボンなどのボトムスのことを指す。
専門的な定義では、他人の目に触れるところで着替えさせられる被害も、性暴力被害に該当する。
それに予算かけて
各段階のKPIを割り出して
それに対して政策を実行するとかだろ
結果の即効性と、予算、効果測定のしやすさで点数付けして、日本の地域を何個かに区切って同時並行で実施、効果が高いものから順に全国展開
それ以外に何があるっていうんだよ
もちろんこれでも2.0は超えないと思うから、そこからさてどうするかって話じゃん
何でこれを政治家がやらないかって言うと、彼らにとってのKGIが得票数なんだよね、少子化改善じゃなくて
終わってんのよね
今はネット上にアップされるものは大体人間とAIどちらが作ったのかの区別をされているけど、その区別が必要ではない場合も多いのではないかと思う
個人的にはネット上でコンテンツを探すときに、「この人の作品だから」という動機で探す時の他に「人関係なくこういうものが見たい」という動機で探す時もある
この時に前者(現実の人のネット上のアカウントとして活動している)が本人の投稿のようにAIを使っていたら指摘しても「なんでわざわざ指摘するんだ」とは思わないけど、後者(人であると明言していないでコンテンツを投稿)がAIを使っていてもあまり気にしないでいいのではと思う
物量と制作コストがAIの方が圧倒的に低くて人間が淘汰されるという主張もわかるが、先ほどの「この人の音楽/発言だから」のような動機で人間は必要で残りそうだから、多分それ以外の我々が普段見てる何気ない情報がAI生成になるのだろう
加えて音楽とか小説では既にAI使用の人気作品も出てきているし、判別が難しくなるだろうから、個人的にはAI生成かどうかほとんどの場面で気にしないでいいのではないかと思った
そんなことないんだよなあ。
昭和10年代の日本って、ものすごい民主主義国家だったんだよ。制度は封建的だけど、昭和大帝が開明的だったので。
軍部は軍拡を渇望していたもののみだりに海外と戦争をしたいとは考えていなかった。現実を知ってるから。
ところが。朝日新聞などのマスゴミが民衆を戦争するように煽ってた。
昭和大帝や元老たちも民意を覆すことができず開戦に踏み切ってしまった。
あの戦争は軍部のせいでもなく、天皇のせいでもなく、朝日新聞などのマスゴミに煽られた民意のせいなんだよ。