2013年から作曲家育成「山口ゼミ」を始めて、発見したことはいくつかあるけれど、その内の一つが、アニソンと劇伴をやりたい若い作曲家がとても多いということ。アニソンについては、ある程度予想がついていたことだし、フライングドック、スターチャイルド、ランティス、アニプレックスなどレーベルも具体的で、上層部は知己の人たちなので、コンペ情報も取れるし売り込むルートもある。チャンスをつくってあげることは難しくない。実際、CWFはアニソンで結果が出始めている。ところが、劇伴については、めちゃくちゃハードルが高い。
BUGは以前インスト系のアーティストのマネージメントをやっていたので、劇伴音楽の現場の状況は知っている。スタジオミュージシャンという言葉が健在な頃で、高いギャラをもらいながらスタジオを渡り歩いて稼ぐことと、自分がやりたいジャズ・フュージョン系の作品をリリースするアーティスト活動とスタジオミュージシャン活動をバランスよく両立させてあげることが僕らマネージメントの役割だった。縁にも恵まれて、村上ポンタ秀一、佐山雅弘、村田陽一といった日本で最高級のミュージシャンと仕事をすることができたのは、僕にとって財産になっている。音楽を仕事にする素晴らしさと大変さと、たくましさを学ばせてもらった。
その頃は、劇伴というのが業界用語だと思っていたけれど、誰も普通に使うようになっているみたい。ドラマや映画、アニメやゲームなどにつくサウンドトラック、映像を引き出すために作られる音楽だ。坂本龍一、久石譲、菅野よう子といったスター音楽家がいる。
困ったことに、この分野に新しい人が入るのは非常に難しい。情報も無いし、どうすればよいかわからないと思う。おおまかに言うと、方法論は2つ。一つは、既に活躍している劇伴作曲家ないしは劇伴音楽に関わっている事務所に、丁稚奉公的にアシスタントをして人脈をつくっていくこと。もしくは、TAKU TAKAHASHI☆やKen Araiのようにアーティストとして認められて、監督に望まれること。どちらもハードルは非常に高い。
人と人との繋がりが大切な世界だし、特にテレビドラマなどは、追い詰められた音楽家が「もうできません」と書き置きして、連絡がつかなくなる(シャレではなく起こりえること)リスクがあり得る。沢山の人とお金が動く世界だから、そういうリスクは100%避ける必要がある。才能だけでなく人格や覚悟も問われる世界なのだ。そもそも劇伴作曲家コースの受講資格が、山口ゼミを受講経験者とするのは、そういう理由だ。人柄がわからなければ、キメの細かい指導はできないし、無責任に人を紹介できない。
フジパフィシックミュージックというフジサンケイグループの会社は、フジテレビが関わるドラマ、映画のすべての劇伴を仕切っている。たまたま何だけれど、その責任者の吉田雅裕という人は、僕にとって、音楽業界で古い付き合いで最も信用できる友人の1人だ。ビクターエンターテインメント時代に、暴れん坊との評判の村上ポンタ秀一のアルバムを作り、今は作詞家として大活躍しているこだまさおりや、ちょっと話題を呼んで後に崩壊した東京エスムジカを一緒にメジャーデビューさせた。苦楽を共にした、いわば戦友だ。『プロ直伝!職業作曲家の道』を著すときに、劇伴の章でインタビューさせてもらった。新しい劇伴作曲家がなかなか出てこないという悩みもあるようで、今回の「山口ゼミ・劇伴作曲家コース」は、全面的にコーディネートしてもらっている。onemusicという硬派な日本一の劇伴音楽系音楽事務所に協力していただいた。
劇伴音楽というのは、あくまでメインは映像。そこをひきたてながら、魅力的な音楽を主張していくということが必要だ。大切なのはバランス感覚と即戦力のスキル。同時に、フレッシュなオリジナリティ無いと、わざわざ新しい作家を使いたいとは思われない。新たな劇伴作曲家を世に出すことは、針の糸を通すような難しいことだけれど、突破口の作り方はわかった。実際、去年の劇伴作家コースを受講した山口ゼミ4期生、CWFメンバーの植田能平は、最後の公開添削、「劇伴作家としての自分のデモをつくる」というテーマで認められて、フジパシフィックミュージック預かりになり、運良く1月クールのドラマで劇伴作曲家デビューできた。「山口ゼミ」に入った頃から、「どうしても劇伴作家になりたい」と訴え続けていたから、その思いが届いたのかもしれない。僕から見ると課題もまだあるのだけれど、結果をだしたことは尊い。去年の望年会で「山口ゼミMVP」として表彰した。本当に頑張って欲しい。
僕としては、「劇伴音楽事務所での丁稚奉公」、「アーティストして認められた上で監督から望まれてのデビュー」。以外の「第三の道」を山口ゼミ/CWFで作りたいと思っている。事務所に入るにしても、3つくらいは実績が必要だ。Jポップのコンペをやりながら、劇伴音楽ができたらクリエイターとしてはハッピーだとも思う。実際、「ザクセスヘブン」というゲーム&ショートアニメでは、CWFメンバー4人が連携してサウンドトラックを創ったという実績もできた。
業界標準、完全プロ志向、という山口ゼミの基本コンセプトに基づいた「劇伴作曲家コース」。おそらく、日本で唯一のプロの劇伴作曲家になれる可能性のある講座だ。興味のある人は、まずは「山口ゼミ」の門を叩いてみて欲しい。