最近、出版社が原版権という著作隣接権を法制化しようという動きがある。
出版社に原版権を…業界、法整備目指す(読売新聞)
一部の作家からは、懸念の声も上がっているようだ。このまとめからを読むと、漫画家さんも出版社側も知識、情報が足らずに混乱しているようだ。この種の話は、疑心暗鬼な人が多いとなかなか着地できない。
結論から言うと、僕は法制化に基本的に賛成だ。出版社や編集者の役割、貢献に対して、著作隣接権的な権利を持つのは当然だと思う。出版物は、音楽以上に多岐のジャンルがあり、分野ごとにビジネススキームや業界慣習も違うから、一律でルールにするのは難しいところもあるだろうけれど、音楽ビジネスをしている立場から見ると、これまで無かったのが不思議に感じられる。
音楽業界には、作詞作曲家やアーティストの権利とは別に、通称、原盤権と呼ぶ、レコーディングに携わり、その費用を負担した者に著作隣接権という権利が認められている。楽曲の著作権についても人格権と財産権を振り分けて収益をシェアしたり、許諾を信託したりと様々な仕組みと慣習がある。デジタル時代に合わせた修正は必要だけれど、基本的な考え方はできているし、その運用もスマートで、率直に言って、出版業界よりは洗練されていると思う。
ここ数年、電子書籍に関するセミナーや勉強会に呼ばれてお話しする機会があるけれど、音楽業界で長年仕事している感覚だと、隣接権無しでビジネスが成立してきたことに驚いてしまう。
作品そのものに権利を求めなくても、印刷して流通して書店に並べるという機能の影響力が大きくて、そこを押さえておけば大きな問題は起きなかったのだろうと想像する。書籍の問屋「取次」が強い力を持っているという話は聞くし、印刷、製本なども資金力が必要だしね。
近年の電子書籍の出現が、いわゆる「中抜き」という現象をかいま見せていて、慌てて、対応しているというのが実際のところなのだろう。
僕は出版社の既得権益については、是々非々でクールに考えれば良いと思っている。インターネットが広まれば、個人と個人だけの取引に集約されるというのは幻想だ。資本力の重要性や既得権は形を変えるだろうけれど、簡単に無くなる訳じゃ無い。ユーザー嗜好の変化による市場の淘汰や政府の規制や様々な環境変化の中で、各出版社が企業として生き残り策を考えていくだろう。
僕がこの機会に強調したいのは、(広義の)編集者の役割の重要性だ。ジャンルによっても違うだろうし、作家のタイプや個々の作品の成り立ちによって、果たす範疇は、かなり多様だけれど、良い作品になるかどうか、書籍が売れるかどうかには、編集者の職能の重要性は非常に高いと思う。
編集は「と」の仕事。「と」はVSにもなるし、andにもなるし。withにもなるし、orにもなる。いろいろな組み合わせで二つの文化をつき合わせられる。
という一文が素敵だ。
仲俣暁生さんは著者として『再起動せよと雑誌はいう』(京阪神Lマガジン)も書かれている。この本も素晴らしい。雑誌への愛情とクールで分析的な視線が両立していて感銘した。僕らスタッフは、この両立がとても肝要なのだ。
もうお気づきかもしれないけれど、僕が、編集者の権利に熱くなるのは、自分達が音楽に於いて果たしている役割と相似形に見えるからだ。アーティストが成功するかどうかは、マネジャーやプロデューサー、エンジニアなどスタッフとの出会いが非常に大きい。(このことについては、「ミュージシャンよ大志を抱け!〜音楽関連ビジネス書ブックレビュー〜」をご覧下さい。)
そして、音楽業界でも、もうレコード会社は要らない、と「中抜き」現象が起こりつつあるように言われているけれど、僕はちょっと違う見方をしている。
従来の中間業者が「企業」の方を向いて「販売代理」のビジネスモデルで仕事をしていたのに対し、ニューミドルマンは、「顧客」の方を見て「購買代理」の仕事するのです。
これまでの仕組みとスキルにしがみつくのでは無く、新しい環境に適応した形で作品とユーザーを結びつける「ニューミドルマン」の職能が、むしろ必要性が増している気がする。
例えば、レコード会社の営業マン。CDショップに足繁く通ってバイヤーと仲良くなり、商品本部のキーバーソンとお酒を飲んで多くの注文数を取ってもらい、レコード会社とCD店のバックマージンの調整が得意な人は、確かにもう必要ない。でも同じ営業でも、店頭を通じて、リアルに市場を見ていた人は、新しい環境でもできることがある筈だ。ユーザーへのリコメンド力は、情報が拡散するソーシャルメデイア時代には、より重要になっている。必ずや「ニューミドルマン」として果たすべき仕事がある。
出版社も同様だと思う。新しい時代にあった「ニューミドルマン」たる編集者は、むしろその重要性を増している。
僕は昨春に初めて著書を刊行させてもらった。ダイヤモンド社にプレゼンテーションに行った時は、レコード会社に初めて行くときのバンドマンの気持を疑似体験をしたみたいだった。当初の出版予定日が延期になった時にも、アーティストの気持ちが少しわかった気がした。申し訳なさそうな態度で、延期する事情を正確に伝えながら、ポジティブな側面にできるだけ目を向かせるような話し方をしてくれる編集者が本当にありがたかった。そして「これは、普段、俺がやっている仕事だ」と実感した。
その時に思い出したのは、成功するアーティストは、必ずスタッフへの感謝の気持を持っているということ。長年積み上げてきたスタッフの苦労を簡単に裏切る人もいるけれど、そういう音楽家は、音楽の世界から離れていくことになる。
作家への愛情と市場への計算を両立させ、作品性を損なわずにユーザーと繋ぐには、プロフェッショナルなスキルと強い情熱が必要だ。出版ビジネスにおける著作隣接権を考えるときに、編集者の役割の再評価と再定義がされることを期待して、「隣の村」から暖かく見守っていたい。
ビジネス面での分析を期待した人にはごめんなさい。本稿は情緒的な話です。エンターテインメントは、関わる人たちの心意気も重要なんだよ^^