のぞき見
★1a.夫が妻の姿をのぞき見る。のぞかれた妻が夫を追う・襲う。
『食わず女房』(昔話) 「飯を食わぬ女房が欲しい」と言うけちな男の家へ、美女が嫁に来る。しかし不思議に米が減るので、男は仕事に行くふりをして物陰に隠れ、様子をうかがう。女房が髪を解くと、頭に神楽獅子ほどの大きな口があり、女房は多量の握り飯を口に放りこむ。正体を見られた女房は、怒って男を追う(宮城県伊具郡丸森町大山)→〔五月〕2。
*頭に口のある女の物語の別伝→〔口〕9の『絵本百物語』第17「二口女」。
『聊斎志異』巻1-40「画皮」 王書生が、道で会った美女を連れ帰り妾にする。ある時、王が女の正体を疑って、女のいる書斎をのぞくと、鬼が人間の皮をひろげてそれに絵を描いていた。描き終わった皮を鬼は身に着け、女になり変わる。鬼は王書生を襲い、彼の腹を引き裂いて殺すが、道士が鬼を退治して、王書生を蘇生させる。
*→〔逃走〕2の『古事記』中巻(ホムチワケノミコとヒナガヒメ)。
『古事記』上巻 海神の娘トヨタマビメは、夫のホヲリ(=山幸彦)に「中を見るな」と禁じて産殿にこもる。ホヲリが出産のありさまをのぞき見ると、妻は大鰐の姿に化して這い廻っていた〔*『日本書紀』巻2・第10段本文では「龍に化した」と記す〕。のぞき見られたことを知ったトヨタマビメは、生まれた子を置いて海神の国に帰って行った。
『鶴女房』(昔話) 男が、矢傷を負った鶴を助ける。その夜、美しい女が男の家に来て、「嫁にしてくれ」と言う。女は機(はた)を織り、織物は百両で売れる。女は「機織場(はたおりば)を見て下さるな」と禁ずるが、男はのぞき見る。すると、鶴が白い羽毛を抜いて機を織っていた。女は「正体を知られたので、もうここにはいられない」と言い残して、飛び去る(岩手県北上市)〔*→〔禁忌〕5の『夕鶴』(木下順二)では、悪人の「惣ど」と「運ず」が機屋(はたや)をのぞき、「鶴がいる」と「与ひょう」に教える〕。
『メリュジーヌ物語』(クードレット) レイモン(=レイモンダン)は妻メリュジーヌとの誓いを破り、彼女が毎週土曜日にこもる部屋の扉に穴を開けて、中をのぞき見る。メリュジーヌは風呂に入っており、上半身は白く美しい女体だったが、臍から下は太い蛇の尾になっていた。尾は白と青の横縞模様で、水を叩き、かき回していた〔*のぞき見されたことを知ったメリュジーヌは、レイモンに別れを告げて空中へ飛び上がり、蛇に変身して去った〕。
*妻の下半身が魚(=人魚)で、毎週1度塩湯に入るという→〔人魚〕1aの『人魚』(巌谷小波)は、メリュジーヌの物語をヒントにしているのであろう。
*台所をのぞくと、妻が魚になっていた→〔魚〕6の『魚女房』(昔話)。
*産室をのぞくと、妻が蛇になっていた→〔蛇女房〕1の『田村の草子』(御伽草子)・『蛇の玉』(昔話)。
★1c.夫が妻をのぞき見て、罰を受ける。
『英雄伝』(プルタルコス)「アレクサンドロス」3 アレクサンドロスの誕生に先立ち、父フィリッポスは、妻オリュンピアスに蛇体のアムモン神が添い寝するのをぬすみ見た。その折フィリッポスは、戸の隙間に近づけた片目を失明した。
*戸の節穴からのぞき見たため円形の禿げができた、という物語もある→〔禿げ頭〕6の『百物語』(杉浦日向子)其ノ77。
『伊勢物語』第23段 大和の男が、河内の高安に愛人を作り通うが、妻は不愉快な顔ひとつ見せない。妻の態度を怪しんだ男は、河内へ出かけたふりをして前栽の中に隠れ、妻の様子をうかがう。妻は「風吹けば沖つ白波たつた山夜半にや君が一人越ゆらむ」と詠じて、夫の身を案じていた(*『大和物語』第149段に類話→〔熱湯〕1e)。
『黄金のろば』(アプレイウス)第3巻 ミロオの妻パンフィレエが魔術を使って鳥に化す、との情報を得たルキウスは、彼女の部屋をのぞき見る。パンフィレエは着物をすべて脱ぎ捨て、全身に膏油を塗ってミミズクに変身し、飛び去る。
『太平記』巻21「塩冶判官讒死の事」 武蔵守高師直は、塩冶判官高貞の奥方が絶世の美女だと聞いて横恋慕し、高貞の館へ忍び入って彼女の湯上がり姿をのぞき見る。美しい肌を見た高師直は、いっそう思いを募らせ、奥方を自分のものにするために、「高貞が将軍家への謀反をくわだてている」と讒言する〔*讒言の結果、高貞も奥方も討手に追われて死ぬ〕。
『歴史』(ヘロドトス)巻1-8~10 カンダウレス王は妃の美貌を自慢し、臣下のギュゲスが、王に命令されて妃の裸身をのぞき見る。妃はのぞかれたと知って、ギュゲスに「死ぬか王を殺すか選べ」と言う。ギュゲスは王を殺し、国と妃の両方を得た。
*人妻の裸体をのぞき見て、失明する→〔盲目〕3aのゴダイヴァ夫人(レディー・ゴダイヴァ)の伝説。
*車の中の人妻をのぞき見て、失明する→〔車〕4の『聊斎志異』巻1-5「瞳人語」。
★3.僧をのぞき見る。
『三国伝記』巻5-30 白介翁が、導師の僧を千日湯施行の湯屋に入れ沐浴させる。浴室に異香薫ずるので窓の間から見ると、金色の阿弥陀如来がいた〔*原拠は『長谷寺験記』下-1〕。
『日本霊異記』上-4 大和国高宮寺の僧願覚は、早朝に寺を出て里に行き、夕方帰って来て坊に入る、という日常を送っていた。在俗の修行者が坊の壁に穴をあけて願覚の様子を窺うと、部屋の中は光にみち輝いていた。
『日本霊異記』上-14 夜半、百済僧義覚の部屋に光が輝くのを1人の僧が怪しみ、窓の紙に穴をあけてのぞく。義覚は端座して般若心経を唱えており、光はその口から出ていた。
『怪談牡丹灯籠』(三遊亭円朝)6・8 盆の13日の夜、カランコロンと下駄の音をさせてお露と女中お米が萩原新三郎宅を訪れ、以後毎夜お露と新三郎は枕をかわす。隣家の伴蔵がのぞき見ると、骨と皮ばかりの女が新三郎と抱き合っていた。
『太平記』巻5「相模入道田楽をもてあそぶ事」 相模入道高時が、ある夜の宴で酔って舞い出すと、田楽法師たち10余人が現れ、座に連なって「天王寺のや、えうれぼし(妖霊星)を見ばや」と歌い舞う。1人の官女が障子の隙からのぞき見ると、異形の化け物どもが踊っていた→〔天狗〕1。
*『星の神話・伝説集成』(野尻抱影)「妖霊星」は、「えうれぼし」=「弱法師(よろぼし)」(*→〔門〕1b)で、田楽能の上演を意味する、との吉田東伍や高野辰之の解釈を紹介し、「巧みな語呂の発見に感心している」と記す。
『源氏物語』「若紫」 18歳の光源氏は、春3月に、北山の庵で10歳ほどの少女(=紫の上)をかいま見て、心ひかれる。冬、光源氏は強引に彼女を自邸・二条院に迎え取る。4年後の秋8月に光源氏の正妻・葵の上が死去する。その四十九日が過ぎて後に光源氏は、14歳になった紫の上と夫婦の契りを交わす。
『源氏物語』「若菜」上~下 光源氏41歳の3月、六条院の蹴鞠の宴に参加した柏木は、まくれ上がった簾の向こうに、光源氏の妻である15~16歳の女三の宮の姿をかいま見て、恋心をつのらせる。柏木はいつまでも女三の宮への思いを断ち切れず、光源氏47歳の4月10余日、ついに彼女の寝所へしのび入って関係を持つ。
『源氏物語』「野分」「御法」 秋8月の嵐の日に、15歳の夕霧が、父・光源氏の六条院を見舞う。彼は思いがけず、父の最愛の女性、28歳の紫の上の姿をかいま見る〔*夕霧と紫の上とは結婚はしないが、それから15年後に紫の上は死去し、その時、夕霧は紫の上の死顔を見る〕→〔顔〕5。
『今昔物語集』巻20-7 金剛山の聖人が祈祷をして、物の怪に苦しむ染殿后の病を治す。ところが聖人は、几帳の隙間から后の姿をかいま見て愛欲の心を起こし、鬼となって后と交わる。
『太平広記』巻83所引『原化記』 小役人呉堪が川岸で白い田螺を見つけ、持ち帰って水に入れて飼う。その後は、呉堪が役所から帰宅すると食事の用意が出来ている。ある日こっそり戻って来てのぞくと、見知らぬ娘が炊事をしている。娘は天の神の命令で呉堪に嫁いで来たのだった。
『ろばの皮』(ペロー) 王子が狩りの帰りに小作地の農家で休息し、裏庭を歩いているうちに、下女が住む部屋のそばを通りかかる。王子は鍵穴に目を当てて部屋の中をのぞき、豪華なドレス姿の美女がいるので驚く(*→〔曜日〕1)。王子は彼女に恋し、妻とする。
『地獄』(バルビュス) 田舎からパリへ出て来た30歳の「ぼく」は、下宿兼旅館の一室の壁の穴を通して、隣室をのぞき見る。若い女が1人で裸体になる、少年少女が幼い愛の真似事をする、不倫の男女が性交をする、癌を病む老人が臨終を迎える。さまざまな人間模様を見た後に、「ぼく」は宿を引き払う。
『太平広記』巻286所引『河東記』 旅人趙季和が板橋店(はんきょうてん)の三娘子(さんじょうし)の家に宿をとる。夜、三娘子が自室で木彫りの牛と人形を使役して蕎麦の種子を蒔き、小畑を耕し蕎麦粉を得、焼餅を作るまでの様子を季和はのぞき見る。翌朝、三娘子は焼餅を客たちにふるまい、季和以外の客は皆それを食べてろばになってしまう。
『裏窓』(ヒッチコック) 足の骨折で車椅子生活中のカメラマンが、退屈しのぎに、向かいのアパートの一室を望遠レンズでのぞく。そこには中年男とその妻が住んでいたが、ある夜を境に、妻の姿が見えなくなる。男は大きなトランクを持って、何度か部屋を出入りする。「男が妻を殺し、死体を切断して運び出したのだ」と、カメラマンは確信する。のぞかれたと知った男は、身動きできぬカメラマンを襲うが、あやういところで警察が来て、男を逮捕する。
★7b.のぞき見をして殺人現場を目撃する。しかしそれは、殺人の真似事をしているだけだった。
『湖畔亭事件』(江戸川乱歩) レンズ狂の「私」は、潜望鏡を組み合わせ、滞在する旅館の部屋から、浴場の脱衣室をのぞき見る。ある晩、裸の女が短刀で刺されて倒れるありさまが見え、「私」は驚いて脱衣室へ行ったが、そこには女の死体などなかった。旅館の客の河野青年が、後に「私」に告白した。「僕は恋人と駆け落ちするに際し、彼女(=恋人)が殺されて死体も始末された、と見せかけようと考えました。君が脱衣室をのぞくことを知っていたので、恋人が短刀で刺される芝居をして、それを君に見せ、殺人事件の目撃者になってもらったのです」。
『白昼鬼語』(谷崎潤一郎) 園村は、金目当てに近づいて来た美貌の纓子に惚れ込み、彼女の思うままに翻弄されて喜ぶ。園村は「いっそ纓子に殺されたい」とまで願うが、さすがにそれは纓子が拒否する。そこで殺人の真似事をし、園村は殺される気分を味わいつつ、その光景を友人の「私」に見せよう、と考える。事情を知らぬ「私」は、深夜、明るく電灯をともした部屋で、園村が纓子に絞殺される一部始終を、雨戸の節穴からのぞき見て驚愕する。
『捜神後記』巻5-1(通巻49話) 独身男の謝端は、毎日耕作に出ている間に食事が用意されていることを不審に思い、こっそり帰って来て垣根の外から家の中をのぞく。すると田螺(*→〔貝〕1c)の殻の中から少女が現れて炊事を始めたが、謝端に姿を見られたため、「私は天の川の白水素女である」と名乗り(*→〔天人女房〕1b)、殻を残して昇天した。殻に米や雑穀を入れておくと、尽きることがなく、謝端は生活には困らなかった。
*うら若い天女ではなく、白髪の山姥が掃除をするのをのぞき見る、という物語もある→〔山姥〕3の『山姥』(『水木しげるの日本妖怪紀行』)。
★9.有料ののぞき見。
『商い人』(三島由紀夫) 男子禁制の修道院の塀に梯子をかけ、梯子の登り賃百円(昭和30年当時)、双眼鏡の貸し賃百円を取って、5分間のぞき見させる、という商売を1人の小男が始めた。大勢の男がやって来て、商売は繁盛する。1週間たったところで、小男は巡査に逮捕される。しかし小男は、自分に罪はないと主張した。「私はついぞ見たいと思ったことがないのでね」。
『船の挨拶』(三島由紀夫) 海上保安庁の若い灯台員・益田一郎は、小島の見張り小屋から毎日望遠鏡を覗き、伊良湖水道を通る船の名と通過時間を確認している。「船が、ほんのちょっと俺に感情を見せてくれたらなあ」と一郎は思う。ある日、船名のない真黒な船が望遠鏡に映り、小銃で一郎を撃った。「船の熱い挨拶が、やっと俺の中に届いたんだ」と感謝して、一郎は死んだ。
*人体から血や脂を取る部屋・死体がころがる部屋をのぞく→〔部屋〕2a・2b・2c。
*家の中をのぞき見たつもりが、馬の尻をのぞいていた→〔穴〕7。
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