カテゴリー「社会論」の記事

2011年12月14日 (水)

メタスパイラル

メタ論を論ずるSTSの平川氏や春日氏の言ってる事が全く参考にならず、同じく科学をメタに論ずる分野である所の科学哲学の伊勢田さんの論が大いに勉強になる、という違いはどこから来るのか、などと考えた。

多分、伊勢田さんが徹底的にベタな議論に乗ってくれるから、だと思う。具体的な専門分野からの批判を覚悟して発言しているからなのかな、と。だから論点が明確になりやすい。どこが誤っていてどこが妥当なのか、というのを絞って議論しやすいから、建設的なやり取りが出来る。

分野云々じゃ無くて、個別の論者の姿勢なんだと思う。

牧野さんの「STSとは?」 - Togetter

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2011年12月 9日 (金)

すさまじい

ある人が癌に罹り、病名を公表しなかったら「隠している」と言われ、放射線被曝のせいだ、と憶測を並べられ、癌である事を、放射線被曝と関係無いという見解と共に発表したら、何故隠していたのかと言い、本当に放射線と関係無いのか、と、医学的な説明を無視して訝る。

衝撃的な有様ですよね。それまでの知見を全て無視。発信者が誰か、という所のみで怪しんで憤る。「論理的にあり得る」事を採り上げて、その可能性も捨て切れない、と何でもかんでも言うのでは、ほとんど何も言った事にならないのに。
その方が楽なんでしょう。「知見」に照らしておかしい、と批判するのは、「面倒くさい」事だから。
嫌な話です。

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2011年12月 6日 (火)

ひとまずまとめ――患者調査において、「宮城県の一部地域及び福島県の全域について調査を行わない」事について

先日より言及している、福島県全域および宮城県の一部において「患者調査」を行わない、という事について、ある程度情報が集まりましたので、取り敢えずまとめておきます。

●話の流れ

その前にまずは、どういう経緯でこの話題が広まっているか、流れを押さえておきましょう。

▽発端

確か、何か調べ物があって、twitterのリアルタイム検索で見つけたのだったと思います。そこで、福島県や宮城県において、「患者調査」が行われないという事が、驚きをもって紹介されていました。そして、次のページにリンクが張られていました。

白血病急増のネット情報に関し日本医師会に、引き続き「患者調査」について厚生労働省に電話照会を行った 宮島鹿おやじ

ここでは、投稿者が、先日広まった「白血病が7倍(省略して表現)」という情報に関連して、医師会および厚労省に問い合わせを行った経緯が詳しく紹介されています。まず医師会に、白血病に関する統計的な資料はあるかと訊き、そこで「患者調査」というものがあると言われ、厚労省に問い合わせた、という事のようです。厚労省職員との電話でのやり取りが、詳しく書かれています。
そして投稿者は、その説明のある内容に驚愕します。それが、「福島県が患者調査から除外されている」という事です。
このやり取りの記述はなかなかによく書けていて、読む人にはセンセーショナルに映ったのでしょう。twitterで紹介している人も、国は何をやっているのだ、と憤っていました。

これらをリアルタイム検索(Yahoo!のtwitter検索サービスを指す)で目にして私は、ちょっと扇動的なのではないか、と感じました。まず、「調査」というのは、色々な目的があり、調べ方にもバリエーションがあります。また、調査から除外したという事は、そう決定するに至った何らかの合理的な理由があるのかも知れない、と思ったのです。
上の掲示板ではその理由について、

国:復興を優先するため、被災した地域については今回の調査からはずした。

こう説明されたとあり、ここに投稿者は疑問を持ったようでした。他に被災している地域があるのに、なぜ、と。確かにその疑問も尤もな所があるし、自分は「患者調査」というものについてよく知らないので、調べてみようと考えました。また、私がリアルタイム検索を見た時点では、この話題に触れているのは数件程度だったのですが、内容がセンセーショナルな事もあり、不正確な情報のままこれが広まってしまってはまずいな、と思い、情報求む――患者調査において、「宮城県の一部地域及び福島県の全域について調査を行わない」事について という記事を書き、この「患者調査」という調査でなぜ福島県・宮城県を除外するのか、それについて詳しい内容を知っていたり資料があれば教えて欲しいとお願いしました。

そこで得られた情報については後で紹介する事にして、次に、私の「悪い予感」の通りになってしまった事、つまり、この「福島県を除外する」というインパクトある情報に、色々余計なものが付け加わって不正確なまま次々に拡散されていった、という流れについて書きます。

▽拡散

上でも書いたように、リアルタイム検索で最初に私が見た時は、話題にしているのはせいぜい数件程度でした。しかし、この種の情報は、余計なものが乗っかって広まる事があるので、リアルタイム検索を定期的に見ていたのです。
なぜtwitterに注目したかと言うと、twitterというのは、フォロー・フォロワー、という繋がりがあり、公式RTの仕組みを持っていて、しかも一投稿140文字制限がある事で、容易に不正確な情報が爆発的に拡散される可能性を有しているからです。人気のあるユーザーは、フォロワー数が数千から数万あり、その人の投稿やRTをタイムライン上で見、それを有用な情報として更に拡散させる、という構造を考えれば、驚異的です。※広告系のものでイレギュラーな方法を用いてフォロワー数を増やしているのもあるし、フォローはその人を支持して行うとは限らないので、フォロワー数というのは、参考にはなるが大まかな目安程度に取っておくのが無難

そして案の定、この嫌な予感は当たってしまいました。フォロワー数(※簡単に言うと、フォローというのは、その人の投稿が自分の画面上――タイムラインという――に出るように設定する事。フォロワーが沢山いるというのは、相手の投稿が自分のタイムラインに出るよう設定する人が沢山いるのを示す)が多い、twitter上の ある層において著名な人々が、情報を広めたのです。たとえば次のような人達です。

東海アマ氏(フォロワー数:54,634 ※本エントリー執筆時点。以下同様)

きくちゆみ氏(フォロワー数:14,536)

はなゆー氏(フォロワー数:20,124)

数万のフォロワー数を持つこれらの人々が紹介し、それがRTされて、次々に拡散されていくという構造です。
ここで「RT」を補足すると、「RT」とは「リツイート:retweet」の事で、他人の投稿を転載する機能を指します。これはtwitter公式の機能で、自分の画面上で何か興味深い投稿が流れてきた場合、それをRTする事によって、自分をフォローしている他の人の画面にも元の投稿が表示される、というものです。
たとえば、A氏がB氏をフォローしていて、B氏が面白い投稿を書いていたのが画面に流れてきたので、それを紹介すべく、A氏がB氏の投稿を「RT」します。そうすると、A氏をフォローしているがB氏はフォローしていないC氏の画面上にも、B氏の投稿が表示されるという寸法です(A氏がB氏の投稿を転載した事になるから)。
ここでポイントなのは、RTは投稿の転載であるから、それだけでは、好意的な意味なのか否定的な意味なのかは判別出来ない、という事です。前後の投稿を見れば、どういう意図でRTしたかは解る場合がありますが、twitterの投稿は140文字ずつのもので、前後の投稿は簡単に参照出来ないので、転載された投稿が、転載した人の意図を離れて拡散されてしまう場合があります。
RTは数クリックで出来るという気軽さがあるので、不正確な情報が短期間で爆発的に広がる危険性をはらんでいる訳です。これが、twitterでの動向に注目する理由です。
※公式の機能を使わずに、「自分の投稿の中に」他者の投稿内容を転載するというやり方もある(非公式RTと呼ばれる)。

上で紹介した人々のページの下に、「○○と他△△人がリツイート」と表示されていますが、これが、RTされた数を表します。フォロワー数が多い人の注目される投稿は、優に100RTを超えます。その全てが肯定的な意味でRTされるとは限りませんが、数千から数万の人が投稿を見て、また数百人からの人がRTをするのですから、その情報の拡散の度合いは相当なものと思われます。

こういったプロセスでtwitter上で拡散されてきて、私が最初見た時には数件だったのが、1時間辺りに数件から十数件はこの話題を取り上げるようになっていました(リアルタイム検索を、「患者調査」で検索した結果)。これは非常にまずいな、と思いました。検索でこれだけ出るというのは、「見て知ったが広めてはいない」人も含めると、かなりの数の人に情報が行き渡った事が推測出来るからです。中には当然、怪しさを指摘する懐疑的な意見もありますが、きちんと調べずに広めているのも非常に多い。

このように、twitter上で着々と広まっている様子が見て取れ、これはいけないな、と思い、このまま、2ちゃんねるのまとめサイトなどで取り上げられたらたまらないな、と考えていたのですが、やはりこの好ましく無い予測も当たってしまいました。

アルファルファモザイク:「白血病や癌などの追跡調査、今後は福島県は 除 外 します☆(ゝω・)v」by厚生労働省

これは2ちゃんねるのスレッドの投稿を抽出してまとめたサイト(いわゆる「まとめサイト」)で、人気のある所では、相当の閲覧数があります。また最近は、ページ上に、twitter上で記事を簡単に紹介出来るボタンを備えたブログも多いので(アルファルファモザイクでは、記事タイトル左部にある)、twitterと連鎖して情報が爆発的に広まる事があります。

このようにして、おそらくかなりの人々に、福島・宮城で「患者調査」が行われない事が広まったと推測出来ます。
ここで何が問題かと言うと、「患者調査を一部地域で行わない」のは事実なので、それ自体は別に良いのですが、広める人の中には、「他の余分な情報」を付け加える人がいる事です。たとえば次のようです。

http://twitter.com/#!/precious_grove/status/143101234952409088

http://twitter.com/#!/Ukoh_rain/status/142884598324535296

http://twitter.com/#!/molderlyouma/status/142819490424553472

http://twitter.com/#!/taknom/status/142797581108514816

「隠蔽」の語が踊っています。福島県全域および宮城県一部において患者調査を行わないという「事実」に、それが「隠蔽」のためである、という「解釈」を加えている訳です。これは端的に言って、「陰謀論」です。つまり、国が自身に都合の悪い情報を隠さんと調査を(一部で)中止した、という考察を行なっているという意味で、国の陰謀を示唆している。
しかし、ある現象が確認された場合、それに至った経緯や原因として考えられるものは一つではありません。今の文脈だと、患者調査を一部で行わないという現象は、「国が都合の悪いデータを隠蔽するため」だという理由以外に、様々な理由を考える事が出来ます。そして、それを確認するためには、「証拠」が必要です。既に公開されている資料等を探して、総合的に検討し、尤もらしい理由を探る作業が必須です。そこで、次からは、私が集める事の出来た資料および、コメントで頂いた意見を紹介します。

●資料

※PDFファイルからの引用に際して、改行や文字間のスペースを適宜調整する

まず根本的な所から。「患者調査とは何か。どんな目的で行われるか」について。

厚生労働省:患者調査

厚生労働省のサイト内の、患者調査の資料を載せているページです。ここの「調査の目的」に、次のようにあります。

 この調査は、病院及び診療所(以下「医療施設」という。)を利用する患者について、その傷病状況等の実態を明らかにし、医療行政の基礎資料を得ることを目的とした。 ※強調は引用者

平成23年度の患者調査の概要については、平成23年患者調査にご協力ください|厚生労働省 に掲載されています。
また、群馬大学の中澤港准教授(公衆衛生学、人類生態学、人口学)の講義資料に、患者調査を含む各種調査について詳細な説明がありますので、ご覧下さい。
人口統計・保健統計(テキスト第 2 章)(PDF)
中澤氏の資料より引用します(文を引用してリストにした。強調は原文。下線は引用者による)。

  • 患者調査 死因別死亡は人口動態統計でわかるとして,医療費や医療ニーズを把握するためには,どれくらいの人がどういう病気になってどういう医療を受けているのかという情報が必要である。それを調べるのが患者調査である。
  • 厚生労働省所管
  • 統計法による指定統計(詳細は患者調査規則)
  • 病院及び診療所を利用する患者について、その傷病状況等(推計患者数,受療率)を明らかにする
  • 3年周期で実施。直近は平成 20 年度実施(平成 21 年 12 月 3 日に結果の概要が発表された*9)。
  • 全国の病院、一般診療所、歯科診療所から層化無作為抽出された施設で,指定された3日間のうち1日について,患者の傷病名等を記録し,報告する。
  • ▽季節・曜日の代表性は不明
  • ▽傷病別に受療率が推計できるが,罹患率は求められない(病気に罹っても医療施設を利用しない人がいるため。罹患率がわかる疾患は限られている)
  • 平成 20 年度患者調査からは,入院患者総数が 139 万人強(病院が 133 万強,診療所が 6 万弱),外来患者総数が 686 万人強(病院が 173 万弱,診療所が 383 万弱,歯科診療所が 131 万弱)といったことがわかった。歯科診療所の外来患者のみ前回(平成 17 年度)より増えているが,他はすべて前回より減っている。

これが、当該調査の概要です。つまりこの調査は、特定の日に医療施設にかかった人がどのくらいいるか(受療率)を、医療施設の一部(標本)について、医療施設の管理者に調査票に記録してもらい、医療の需要や医療費について把握するために行われるものである、と要約する事が出来ます。

これは「標本調査」ですから、全体から一部を採ってきて(抽出する、と言う)調べ、そこから全体の性質を推測するものです。これは、見方によっては「大雑把」なものですが、どのくらいの精度を要求するかというのは、調査目的によります。患者調査の目的に鑑みて妥当な調査という事なのでしょう(精度を高めようとするとコストがかかるので、それとのバランスを取る必要がある)。
そして、三年に一度、ごく短期間について調査します。ですから、ある病気に罹った人がどのくらいいるかを精密に、継続的に記録し報告するものとは、基本的に目的が異なっている訳です。
これは、先日eurisko1さんに、コメント欄で詳しくご説明頂いた内容とも整合しています。
従って、一部地域で患者調査を行わないという事実のみをもって、「国が隠蔽している」という解釈を正当とする事は出来ません。そもそも調査目的が違うからです。

次に、患者調査において「福島県全域および宮城県の一部を除外」する事について、その理由が述べられている資料を示します。※順番は、資料の発表時の時系列順では無く前後します

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統計分科会審議会議事録|厚生労働省
これは、10/20に行われた統計分科会審議会の議事録です。ここで除外の理由について説明されています。その部分のみを抜粋します。

大震災に対して特別な措置を講じたものということで、大きな被害を受けた地域を対象地域から除外するというものが3調査

患者調査につきましても、これも3年に1度の調査なんですが、今年が調査の年になっておりまして、まさに今月が調査月になっているわけですけれども、宮城県の一部地域と福島県の全域については、調査を行わないということで対応しております。

医療施設調査と患者調査で、宮城県の一部と福島県の一部はやむを得ないと思うんですが、福島県は全域で患者調査とか、静態を行わないというのは、地域保健医療計画の策定に障害を及ぼさないのかどうかということをちょっと心配する ※引用者註:これは他の委員からの質問部分

患者調査なんですけれども、これは今、福島県は特に地震だけの影響ではなくて、原発の影響もあって、平時でない状況が続いているということで、そういった状況をあえて調査したとしても、その後の利用に耐え得るかという考え方から、患者調査の方については今回見送るという形を取っております。 ※強調は引用者

このようです。
ここでは、福島県全体を除外する理由として、原発事故への対応の影響である事が示されています。
ここで注意しなくてはならないのは、質問をした土屋委員の疑問は、調査しない事によって、医療行政を行うに当たって支障が出ないか、という懸念であって、たとえば白血病が増えていたとしてそれを見落とすのではないか、といった疑念とは全く異なっている所です。先述したように、そもそも三年ごとの調査なのですから、継続的に厳密に調査する、というのとは違っています。

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第46回 統計委員会 議事録(PDF)

 最後に4番目の患者調査についてでございます。  この調査は3年ごとに医療機関を対象としまして、その医療機関を利用する患者の傷病の実態を調査するものでございます。この調査についても、震災に関連しまして、調査対象地域及び報告者数に関する変更が行われております。具体的には、まず、調査対象地域から宮城県の一部の地域、これは先ほど申し上げた医療施設調査と同様に、石巻市や気仙沼市周辺地域ということでございますが、これらの地域及び福島県を除外するとともに、この地域内の報告者が除外されることから、報告者数を削減するというものであります。これによりまして削減される報告者数は、 病院が約200ということで当初予定客体数全体の3%程度。一般診療所が約100ということで当初予定客体数全体の1%程度。そのほか、若干の歯科診療所となっております。 ※強調は引用者

ここでは、宮城県の一部がどこであるかの説明がしてあります。

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第30回 基本計画部会 議事録(PDF)

それから、患者調査につきましても、宮城県の一部、福島県の全域について調査を行わないということで連絡しております。具体的に宮城県の一部というのは、津波の影響を受けているところでございます。 沿岸部の辺りについてできないという形になっております。福島県については、この患者調査も衛生部門を経由して調査しているのですけれども、地震のほか、原発の避難者の対応等に忙殺されているということがございまして、こちらについても調査を行わないことになっております。 ※下線、強調は引用者

ここでは、より具体的な理由が説明されています(他の統計の取り扱いや方針についても詳しく説明しています)。つまり、福島県全域が患者調査の除外対象となっているのは、「原発の避難者の対応等に忙殺」されているというのが理由の一つであると示されています。

●考察

このように、福島県・宮城県(の一部)が除外されている事について、理由を示す文書がいくつかあります。
つまり、福島県全体が除外されるのは、被災地であり、かつ原発事故関連で忙殺されていて人手が割けないから、という事のようです。また、現況で何とかデータがとれたとしても、それを患者調査の目的に照らして役に立つものとして活用出来るか、などが勘案されて、他の事を優先し、今回は患者調査から除外した、という流れなのでしょう。私はこれは、除外するに合理的な理由であると考えます。

ここで、参考になりそうなものを紹介します。

おしどりケンのワイヤーグラフ誌: 12月5日 厚労省への電話取材

漫才コンビの方のブログのようですが、厚労省に電話で問い合わせたという内容が書かれています。ここで、福島と宮城が除外された事について説明されている様子があります。引用します(原文の文字修飾は外し、改行を修正して引用する。強調は引用者による。以下同様。文章は全て原文ママ)。※一番下に注意事項

厚労省の人
「県や保健所を通じまして、医療機関に調査票を配布をしているんですけれども、その調査票にですね医療機関のほうであの、カルテを送っていただきカルテから症状なり患者の治療状況 を転記して頂くんですね、その患者調査の…は…に実施…アップされておりまして…というのはご覧いただけるとおもうんですけれども、はい、まあ調査を実施するにあたり、医療施設のほうも被災をしていて保健所も被災による復興作業で、そういう事で、とても調査できる状況ではないという事ですね。」
「もう一つは、限られた医療施設、一部地域では施設が全壊したり半壊したりしている状況もございますので、…通常の状況ではない…結果の偏りという事も考えられますので、…正確な推計ができないという事であの、除外をしております。」

このようにです。標本調査では、調べる対象のあり方によって結果に偏りが出る事があるので、それが考慮されている。その他、岩手県が除外されていない事についても言及があります。

おしどりマコ
 わかりました。
 ではこの宮城の一部、というのは主に大体どのあたりなんでしょうか。
除外をされる地域というのは。
厚労省の人
沿岸部、石巻医療県というのがありまして、市区町村ごとに調査設定をしているんですけれども、医療県で対応できないのが石巻医療県と気仙沼医療県

ここは、先に挙げた資料にある内容と整合します(「石巻市や気仙沼市周辺地域」)。

厚労省の人
「えーえーえー、はいあの被災した、そうですね原発の周辺の人たちが避難をしている状況で、そういう人たちの診療に追われている状態もございますので、 あの平時でも (声が小さすぎて聞きとれず)  」

ここでも、原発事故関連でリソースが割かれている事が言われており、前掲の資料と整合します。また、福島県と協議した、という事も書かれています。

厚労省の人
「えーえーえー、患者調査はもちろん被災ー  福島や宮城の情報を出来るだけ把握する必要があるという事は重々分かっておりますが、先ほど申し上げたようにデータの正確性、あとまあ調査に協力いただける自治体の協力を得られなかったという状況な訳なんですけども、別途災害による健康状況をフォローする調査があのー、内閣府の方で行なわれておりますので、そちらの結果等をご参照していただければ、全くその被災後の健康状態が国の方では分からない、という訳ではございませんので」

ここも整合しています。また、内閣府の調査にてフォローが出来る事も示唆されています。

このように見ていくと、除外される理由について、ある程度詳細に解ります。私としては、特に問題の無い、合理的な理由に思います。

もちろん、「出来ればやるに越した事は無い」のは解り切っている事です。受療率は重要な指標なので、正確なデータが取れるなら、あった方がいいに決まっている。しかし、現況ではそれが出来ないという見通しがあって、他に優先すべき事があると判断され、除外に至った訳です。

もしこれを見ても納得出来ない、というのならば、何とかリソースを割いて、「他のものより優先させて」患者調査を行うべきである、という事を合理的に論証する必要があります。そして、「隠蔽」を仄めかす人は更に、「隠蔽という動機を示す証拠」を提示せねばなりません。これは陰謀論ですから恐ろしく強い主張です。それを支持するに充分な強力な証拠を示す必要があるのです。それには、公衆衛生や保健統計の専門概念を把握して、各種調査の意義を理解し、何よりも患者調査を優先させるべき理由を示し、「今示されている除外の根拠」が不合理的な理由を、出所のはっきりしているデータに基づいて説明する。福島県の原発事故対応に忙殺されているという理由が今示されていますが、それがおかしいと言うのならば、福島県の現状、被災状況や資源配分のあり方を網羅的に把握して、その上で、「現状でも充分可能でありやるべきだ」と反駁しなければなりません。
それには、様々な資料を調べ、県や国に問い合わせをし、医療施設の情況を精査しないと充分な考察とは全く言えないでしょう。

隠蔽している、国は誤魔化している、と「言う」のは簡単です。しかし、それを論証するのは困難です。憶測を重ねていても、少しも先に進む事は出来ません。重要なのは「証拠」です。それを示さずに騒ぎ立てるのは無責任です。
もし、無責任に主張しているのでは無いし、国の欺瞞に対し正当に憤っているのだ、と認識しているのであれば、それなりに資源を割いて、調べ尽くすべきでしょう。それが出来ないのなら、何も言っていないのと同じです。

※注意事項:音声のアップロードでは無く電話による問い合わせの文字起こしという事で、情報の信頼の度合いは一段落ちる、というのを考慮しておく必要があります。これは、内容を意図的に変えている可能性の話では無く(厳密に考えればあり得るがキリが無いので措く)、聞き逃し、聞き間違い、書き忘れ、書き間違い、などのエラーによって情報が変容してしまうのを考える、という事です。これは、発端の阿修羅での投稿内容においても同じ事が言えます。
ですから、問い合わせ内容と、既に示した資料との整合を見る事によって検討しています。
また、言及先のブログや関連のtwitterを見ると、立場としてはむしろ脱原発のようなので(かつ、正確な情報発信を心がけているように見える)、その意味で、積極的に国に利する事を書くバイアスはかかりにくいという想定もしてあります。いずれにしても慎重に見て下さい。

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2011年12月 3日 (土)

資料――患者調査において、「宮城県の一部地域及び福島県の全域について調査を行わない」事について

情報求む――患者調査において、「宮城県の一部地域及び福島県の全域について調査を行わない」事について: Interdisciplinary の続きです(話の流れは、前のエントリーとコメント欄を参照下さい)。

この件について、より詳しい資料を見つけました。

統計分科会審議会議事録|厚生労働省

関連する部分を引用します(強調、下線は引用者による)。

○早川統計企画調整室長 続きまして資料5をお開きください。こちらで「厚生労働省における東日本大震災の対応状況」ということで、1枚付けてございます。
 ここに掲げておりますのは、特に基幹統計調査における震災の対応状況をとりまとめてございます。数的に言いますと、○の2つ目にありますけれども、大震災に対して特別な措置を講じたものということで、大きな被害を受けた地域を対象地域から除外するというものが3調査、それから調査の対象、項目の限定などを行ったものが2調査、それから集計、推計の方法や公表時期などを変更したものが2調査、その他、参考値の公表などを行ったものが1調査というふうになっております。
 具体的に各統計調査について、どういう状況かと申しますと、この表に入ります。まず人口動態統計でございますけれども、こちらの方は、基本的には戸籍の届出に基づいた集計という形になっておりまして、事務的に届け出が遅れるといったようなものが発生しているということでございまして、速報と月報では、まず各月の速報集計までに集計できなかった調査票の枚数は含まないということになっております。収集できなかったもの、集めることができなかった調査票については、これは基本的には遅れて届いてきますので、収集できた時点の月分の速報通知に含めて公表しております。大体、人口動態統計は毎年9月ごろに確定数というものを出しておりますけれども、そういった形の中では、届け出が届いた月別ではなくて、事象が発生した月別の集計を行うという予定にしているということでございます。
 続きまして、医療施設調査でございます。動態調査は常時行っておりますけれども、この集計は従来の方法で行っております。ただ、これも届け出に基づくものになっておりますので、実際の数値と異なる可能性がありますということで、集計・公表の取り扱いについて、そういった状況にあるということを発表しているということでございます。
 あと3年に1度の静態調査というのをちょうど今年実施する年になっておりまして、この静態調査におきましては、宮城県における一部地域の病院及び診療所、ここについては調査項目を限定して実施することにしております。それから福島県の病院については、調査項目を限定するとともに、県が電話で聞き取りを行って記入する方法に変更して実施しております。福島県の診療所については、調査の対象から除外ということで、福島県へ連絡しているということでございます。
 それから患者調査につきましても、これも3年に1度の調査なんですが、今年が調査の年になっておりまして、まさに今月が調査月になっているわけですけれども、宮城県の一部地域と福島県の全域については、調査を行わないということで対応しております
 それから国民生活基礎調査につきましては、これは6月、7月が調査の実施月だったわけですけれども、被災3県であります岩手県、宮城県、福島県については調査を実施しないということで連絡しております。
 めくっていただきまして、あと薬事工業生産動態統計調査というものもありますけれども、こちらの方は被災による調査票の提出困難という対象事業者、非常に少数で1けたであったということで、非常に影響は軽微ということでございまして、通常どおりの集計・公表をしているということでございます。事業所調査の悉皆調査になっておりまして、大体対象が4,000事業所ぐらいありまして、そのうちの数件ということですので、ほとんど数値には影響ないというふうに判断されているということでございます。
 それから毎月勤労統計調査につきましては、これは調査員を使って実施している部分につきましては、岩手県、宮城県、福島県については、3~4月、宮城県におきましては5月分についても調査員における調査は中止しているということでございます。
 あと、東京電力福島第一原発の周辺は、今、一般の人は立ち入りができず、郵便物も届かないような状況になっていますので、ここは調査を中止しております。毎月勤労統計調査につきましては、震災に係る特別な集計というものを出しておりまして、ここに書いてありますが、東日本とそれ以外というふうに書いてありますけれども、具体的には東京電力と東北電力の管内と、それ以外というような形の2区分で地域別の集計をして、毎月、今、公表を続けている状況でございます。
 それから賃金構造基本統計調査につきましては、可能な限り調査を実施するということで、従来どおりの集計・公表の状況になっております。具体的に、例えば調査しようとした事業所が、地震や津波の影響で、事業所自身が消えてなくなっているという場合には、通常、事業が廃止されているところに当たってしまったというのと同じような扱いで、代替の事業所に当て直すというような対応ということで、平常どおりの対応という範囲内でやっているということでございます。
 震災の取り組み状況については、以上でございます。

○西郷分科会長 ありがとうございます。
 それでは、御質問等ございますか。よろしいですか。

○土屋委員 これは医政局に伺うべき問題かもしれませんけれども、医療施設調査と患者調査で、宮城県の一部と福島県の一部はやむを得ないと思うんですが、福島県は全域で患者調査とか、静態を行わないというのは、地域保健医療計画の策定に障害を及ぼさないのかどうかということをちょっと心配するんですが、いかがでしょう。

○早川統計企画調整室長 福島県の状況ですけれども、医療施設調査については、少なくとも病院の数とか病床数については、これは県が電話で聞き取りと書いてありますけれども、必要最低限の情報は何とか死守しようというふうに取り組んでおります。患者調査なんですけれども、これは今、福島県は特に地震だけの影響ではなくて、原発の影響もあって、平時でない状況が続いているということで、そういった状況をあえて調査したとしても、その後の利用に耐え得るかという考え方から、患者調査の方については今回見送るという形を取っております

こういう事のようです。

尤も、これを示されたとしても、利用に耐え得るかというのはどういう事なのか具体的に解らない、などの疑問は出るでしょうが、少なくとも、各調査についてどのように検討されているかを教える資料としては役立つだろうと思いましたので、ここで引用しました。長めに引用したのは、他の調査への言及も敢えて入れるのが良いと考えたからです。

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2011年12月 1日 (木)

歪んだ正当化

たとえば、ごく短期間で、何か病気に罹った人が激増した、というガセネタが拡大したとして。
それが起こるには時間が短すぎる、という事を説明しても、必ずしも理解されるとは限らない。
何故ならば、そう説明されても、「なら今まで解っていなかったメカニズムがあるに違いない」と(直観的にでも)考えて正当化するから。

「必ずしも-限らない」と書いたのは、「知識」を得る事によって誤りに気付く事もあり、その種の情報発信自体は極めて重要であるから。

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情報求む――患者調査において、「宮城県の一部地域及び福島県の全域について調査を行わない」事について

厚生労働省における東日本大震災の対応状況(PDF)

ここにある、患者調査において、「宮城県の一部地域及び福島県の全域について調査を行わない」事について、詳しい理由をご存知の方がおられたら、教えて頂けないでしょうか。調べても見つからないのです。

どうしてそれを知りたいかと言うと、この情報に基づいて、政府は重大な病気に罹った人が増加しているのを隠そうとしているのではないか、と主張している意見が今ちらほら見られるため。
こういうのは、直感的な印象に基づいてものを言っては危険で。もしかすると、自分では気付けない合理的な理由によって決められた事かも知れない、というのを念頭に置いておくべきでしょう。



今twitterをリアルタイム検索すると(例:「患者調査 福島」の検索結果 - Yahoo!検索(リアルタイム) )、数件見られる程度ですが、この種のものは、いつのまにか爆発的に広まっている事があるので。疑問に思われるものがあれば、早めに検討しておくに越した事は無いでしょう。

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2011年11月18日 (金)

科学コミュニケーション――噛み砕け

科学の事について(科学に限らないけれど)、それをあまり知らない人向けに書く時に心がけている事。

  1. 専門用語を、なるべく日常的な言葉に言い換える。
  2. 「聞いてパッと解る」ような書き方にする。

1は、出来るだけ身近な表現を使って、専門用語の意味内容と大きな違いが出ないように言い換える、という事。「査読」を「論文の審査」にするとか。

2は、漢語(でいいのかな?)をあまり使わないようにする。あるいは、聞いた時に頭の中でいくつかの候補が出て、どの意味かな……となるようなものでは無くて、パッと認識出来るような書き方をするとかです。銀河英雄伝説のアニメを観ている時の感じを思い出すと良いでしょう。私は、数分に一回、言葉の意味が解らなくなりました。
たとえば、「機能低下」を、「働きが低下する」と書いたり、「働きが落ちる」みたいにするとかですね。
聞いて解るような文は読んでも解りやすいし、実際に読んで聞かせる時にも重要になる、というのが持論です。

それを実践したのがゲーム脳Q&Aですね。

たとえば、科学について書いた文書の内、これは、あまり専門知識に明るく無い人にも読んでもらいたい、というものを採り上げて、上記のような観点から書き直してみる、というのも試みてみる価値があるんじゃないかと思います。

前にもどこかで書きましたが、私は電子書籍で、「概念」という言葉を一度も使いませんでした。科学の話をすると当たり前に出てくる言葉ですが、これって結構、そっち方面に興味の無い人にはとっつきにくいものです。使えばテキストを節約出来て簡単なんですけど、「興味を持ち始めの人に読んでもらう」場合には、簡潔である事よりも、少々冗長なくらいが良いと思うのです。大切な所だけど意味が取りにくいが故にその語の部分だけ飛ばす、みたいな読み方ってありますからね。そこら辺も考えておくのは無駄では無いと思います。

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2011年11月17日 (木)

何が釣りだ

はてなブックマーク - Twitter(別名デマッター)でネットジャーナリストを釣る方法(フリージャーナリスト) - 愛・蔵太のもう少し調べて書きたい日記

見知った名前もいくつか見られますし、訊きますが。

あなた達は、この種の「釣り」も時には重要な役割を果たすのだ、みたいな認識を持っているんですか?

そんな行為によって何が齎されるのです? 浅はかな事をしてきた人達の本質的な不用意さが炙り出される、とかそんなのですか?
それとも、本人が不用意さに気づいて自戒する、みたいな事が期待される、とか思っているのですか?

こんなの、そもそも(挙げられた対象の)浅はかさを知っている人々が、実際に対象が釣られたさまを見て嘲る、以外に何かあるのですか。何らかの生産的な方向に行く可能性があるのですか?
本人達が自戒する? そんな事があり得るのですかね。あんなやり方で。私には想像も出来ませんが。
まさか、人の無様な振る舞いを見て自分も気をつけよう、と思わせる効果がある、とかそんな事ですか? 他人を利用して?

解ってる人は見て笑い、対象、及びその支持者は怒り狂う。そんなもん、充分予想出来た事じゃないですか。だって、そもそも対象を、どうしようも無いくらいに不用意な行動をする人々と看做していた訳でしょう。これを焚きつけると言わずに何と言いますか。そして、実際にそうなり、また嗤う。思い通りになって、さぞ快い事でしょうね。

あなた達は、自分や、自分が親しんでいる事とか人とかに同じ行為されても、許容出来るのでしょうね? 文脈によっては仕方無い、と寛容になれるんですよね? あまりにも不用意な人間は、あのくらいされて然るべきであろう、とでも思っているのでしょうか。
まさか、自分達はあのような失態は起こさない、などと考えてはおられますまい。

えっとですね。あんな事されたら、「普通怒る」(「怒り方」には色々あるだろう)。あったりまえじゃないですかそんなの。で、怒ったら(そもそも「怒らせようとしている」)、見ている人は引っかかったと嗤う。いや、大したものですよ、実際。狡猾さと悪質さのレベルという意味で。しかも、まさか釣られるとはねえ、みたいに言い抜けられるような書き方をしている(そしてブクマでは、あんなのに引っかかるなんて、みたいな反応が多数)。

皮肉も冗談も、押し付けるものでも一方向で成り立つものでも無いですからね。皮肉だと解れよ、という物言いがどれほどか暴力的なものかを認識する事です。
「ネタにマジレスとかアホか」みたいな事をどれくらい受け容れるべきかどうか、とかよく考えてみましょうね。
物事を「面白い」と思った時、そこにどす黒いものが渦巻いていないか、一旦落ち着いて内側を見つめたい所です。

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2011年11月15日 (火)

科学コミュニケーション――より基本的な知識を普及させる事の大切さ

何か稀な出来事が起きた場合に、その時に自分が着目しているものと結びつけて考えようとする事、ありますよね。

今だと、「放射能」。何千人に一人しか罹らない疾患の人がいる、という情報があった時に、「放射能(←象徴的にこういう表現がされる)の影響ではないか」と結びつけて考える、というようなもの。
それで、そういう拙速な論に対して、批判が色々加えられる訳ですね。論として明快で、批判として合理的なものがある。

でも、そういう場合に気をつけておかねばならないのは、ちゃんとした説明でも、必ずしも相手やギャラリーに通ずるとは限らない、という所です。
どういう事かと言うと……。
たとえば、○○病という病気に罹った人が出たようだ、といった情報が、twitterなりブログなりでもたらされたとします。そして、その情報を得た人は、これはあの事に関係があるやも知れない、と考えて、今度はtwitterやブログで発信する。
それを見た人は、その情報から結びつけるのは(ここでは放射線被曝など)拙速では無いか、証拠が足りないのではないか、と批判する訳です。この文脈だと、次のような合理的批判がなされるでしょう。

  • その病気は、通常でも稀に起こる事だから、それ(被曝)と関係があるとは言えない。
  • 本当に関係があるかは、沢山の人を調べてみないと解らない。
  • 関係があるかは、それ(被曝)を受けた人と受けていない人とを比較しないと解らない。

これらのようにです。
しかし、これらはそれぞれ尤もな説明ではありますが、必ずしもそれがそのまますぐ理解されるとは限りません。
たとえば、通常でも稀に起こる事、というのは、特別な出来事が無くても何千人に一人とか何万人に一人の「頻度」で起こる、というのを意味しますが、これ自体が、「沢山の人々を観察して導かれた」ものです。つまり、「統計」をとって解った事。まず、そこをきちんと押さえておかなくてはなりません。広い所に散らばっている人々を、専門の医師や学者が診断し、集計してデータを処理して解ったものだ、というのを認識する。その過程自体に専門の知識が関わっています。
たとえば、「割合」と「率」と「比」の違いは解りますか? 正確には、これらは違う意味を持っている用語です(でも専門用語でも慣習的に入り交じっているからすごく厄介)。あるいは、「人年」という言葉を聞いた事はありますか? 医学に関わる話がされている時には、これらの事が「踏まえられて」議論されている、というのを理解しておく必要があります。その意味で、すごく知識に依存しています。「知っていなくては理解出来ない」事です。
ところが、的外れな主張を批判する人は、これを「当たり前」の知識として前提して説明しています。つまり、さっき書いた、割合と率の違いとか、沢山の人を観察して得られた結果だ、というのを、細かい所を省いて説明する。
それは無理も無い事です。ブログにしろtwitterにしろ、一回辺りの投稿で消費出来る文字数には限りがあるし、そもそも、そういった、「前提とする専門知識」というのは、知らない人にきちんと解説するのは簡単でありません。また、「知っている者同士で節約出来る」メリットがあるので、つい詳細を省いてしまう、という事もあるでしょう。

本当に関係があるかは沢山の人を調べてみなくてはならない、という事にも、背景には色々な考えがあります。
まず、「一人」を観察しただけでは、その人が、今着目している条件(ここでは被曝)「のせい」で罹った、というのを確定出来ません。何故なら、他に色々な条件が無数にあるからです。要するに、病気に罹る条件というのは、遺伝的な要因や生活習慣、あるいは何かの化学物質や毒物などの影響が考えられるから、その原因を、一例の観察をもって特定する事は出来ません。
また、つい我々は、「数千人に一人」というのを「ごく稀だ」と認識しがちですが、これは見方を変えると、数千万人を観察すれば相当数は確認される可能性がある、というのを意味する訳です。 ご自分が住んでいる地域の人口を思い浮かべて下さい(知らない場合には、役所のWEBサイトを参照すると良いでしょう)。それが市であれば、数十万から数百万の人口ですね。なら、数千人に一人が罹る、という病気に罹る人は、その地域の中では、「自分が直感しているよりは多い」かも知れない訳です。つまり、考えているよりは珍しい事では無いのかも知れない。着目している集団に属す成員の数、つまり「分母」を考えるのは重要です。

実際にその病気にどういう条件が関わっているのかを考えるには、沢山の人を観察し探っていく必要があります。何千人に一人しか罹らない、という事は、それに罹った人がより沢山入った集団の事を知るには、何万人もの人々を観察する必要があります。

そして、「比較」するという事。
今、ある条件(被曝)に注目して、それが原因ではないか、と考えている訳ですが、先ほども書いたように、原因となり得るものは、無数にあります。ですから、特定の条件が原因であるかを探る場合には、その条件が含まれる集団とそうで無い集団とを、「比較対照」する必要があります。
薬の効き目であれば、臨床試験といって、沢山の人を集め、ある集団には試したい薬を与え、もう一方の集団には効き目があると判っている別の薬を与えて比較する、といったやり方が出来ます。この場合、その与える薬という条件を違えて、他の事を「揃えて」比較する訳ですね。そうすれば、環境が与える影響などをそれぞれの集団で揃えて(これは必ずしも、「同じにする」という意味ではありません)、薬の与える影響を切り分けて評価出来る、という寸法です。
ところが、病気の発症とかは、そういう風に調べる事は出来ません。考えてみて下さい。その病気に罹っていない人を集めて片方に放射線を浴びせて実際に病気に罹るか調べる、などという実験が出来る訳がありません。倫理的に当然です(それはネガティブな意味で人体実験と言う)。
だから、既に放射線を浴びてしまった人とそうで無い人(のデータ)を集めて比較する、というやり方しか出来ない訳ですね。
方向としては、その病気に罹った人の内で条件に合致する人がどのくらいいるのか、というのを調べたり、まだ罹っていない人をあらかじめ集め、その後に、ある条件が与えられた人とそうで無い人とで病気に罹る人にどのくらいの差があるか、を調べる、などがあります。それは、どういう条件の事を考えるか(食事なのかタバコなのか放射線なのかワクチンなのか)、とか、今どのようなデータがあるか、などが総合的に検討され、どういう方法が出来るか探られる事になります。

また、そもそもその病気が稀な事なのであれば、「本当に違いがあるのか」というのをきちんと確かめるために、極めて多くの人を調べる必要も出てきます。そうでないと、たとえば、ある条件がある人とそうで無い人にわずかに差があったとしても、それが「たまたま」そうだったのか、それとも「本当に差があったのか」の見分けがつかない可能性があるからなのです。そうなると、調べる事自体に大きなコストや時間がかかったりする(沢山の人をちゃんと観察しないといけないから)。
ちょっと話がずれますが、仮に、本当に差があったとしても、その違いの大きさが僅かであった場合にどうするか、という視点もあります。これはまた難しい話。 たとえば、5/1000と15/1000、という違いが実際にあるとして、それをどう考えるか。ある診断方法は既存のよりも精密さが少し上がるけれど、1000人に1人は重い有害な副作用が及ぶ、といった場合にはどうしましょうか。

それから、何千人に一人罹るという「確率」である、みたいな言い方をする場合に、その「確率」ってどういう意味なのだろう、みたいな話もありますよね。確率ってそもそも何だろう、といった事を深く考え出すと、そう簡単にものが言えなくなってきます。

このように、短い文章で説明されるような事でも、実はその背景には色々な知識であったり、実際に観察された事に基づいていたり、というのがある訳です。本当は、その辺に通じていなければ、ちゃんと解るはずが無い。
時折、指摘として、対照群をとって比較しなくてはならない、みたいに言われる事がありますが、それは確かに正しいのだけれども、その内容は意外に複雑であり、それなりの知識をベースとして要求されるものです。
だから、もし本気でそこら辺の話を知っておくべきで、知識の普及が大切だと考えるのならば、まず、その基盤となる事からちゃんと教える必要があります。
たとえば、私がここで行ったいくつかの説明は、医療統計学・疫学・公衆衛生学・確率統計、などの本を読めば必ず載っている事です。その意味では、学術のある領域においてはほとんど常識的なもの。
だけれども、その事を、間をすっ飛ばして、これが大事だ、と言うのは、知識の伝達という面では無理があります。知らない状態から自分が勉強して習得するまでにかかった時間などのコストを考えれば良い。
もちろん、何か強い主張をしておきながら勉強をしていない怠慢さが責められる、という文脈はあるでしょう。ジャーナリストや学者が適当な見方をしていれば強く批判される、というのはむしろあってしかるべき、とも思います。ここで言っているのは、もっと一般的な話ですし、また、ジャーナリストや学者が相手であっても、知って欲しい、という文脈ではそういう配慮がなされても良い、という事でもあります。

「確率が」「有意差」「対照を取れ」「因果関係」「関連」「発症率が」←これらの用語は、ちゃんと押さえるのは難しいものなのです。であるのに、共有されている事が前提かのように使われているのをしばしば見かけます。通じている者同士では経済的であっても、そうで無い者にとっては意味不明な事は往々にしてある。
そして、これらを理解するには、より基礎的な分野の勉強をしなくてはならない。これは「必要」なものですからね。知らなくちゃ話が通じない、というレベルで。
ならそこを知らしめる所にもっと注力されても良いでしょう。「教科書」は退屈だから、もっと噛み砕いたテキストを書こう、という動きもあって良いでしょう。昨今、「放射能」「放射線」「放射性物質」などについては、色々と工夫された易しくて良質なテキストが見られるようになりました。では、確率や統計、医療統計や公衆衛生、などについてはどうでしょうか。これらは本質的に重要で、ややこしい用語(何がややこしいて、中途半端に用語が社会に流布しているから、それぞれが「自分勝手」に理解している可能性がある所)も一杯あります。だから、その辺もちゃんとフォローするのが必要ですよね。たとえば、「罹患率」とか「有病率」とか、「直感的には解る気がするが具体的にはよく解らない」となりません?
統計の用語で言えば、時折「有意差」の語が出てきますが、意味が説明出来る人がどのくらいいますか?
もちろんこういうのも、厳密に定義されている訳です。知らなくちゃ話が出来ないのです。

「放射性物質(に曝露される事――”曝露”って難しい言い回しですね)が特定の病気を引き起こすか」みたいな問いというのは、不幸にも身近なものとなってしまいました。そういう問いが身近になってしまった今、もちろん「放射能とは何か」などの説明というのが重要なのは間違いありませんが、それとともに、上で書いたような知識も必須となったのです。その辺りの基礎的な知識を普及させる事も、「科学コミュニケーション」や「科学リテラシー」という面から見ても重要な事なのではないでしょうか。

いくつか文献案内

宇宙怪人しまりす医療統計を学ぶ (岩波科学ライブラリー (114)) Book 宇宙怪人しまりす医療統計を学ぶ (岩波科学ライブラリー (114))

著者:佐藤 俊哉
販売元:岩波書店
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↑私が参照した医療統計関連の本では、抜群に丁寧で読みやすい本。それでも、ピンとこない所もあると思います。そもそも色々な用語の意味内容が結構複雑で直感的に押さえにくいからですね。

統計のはなし―基礎・応用・娯楽 (Best selected business books) Book 統計のはなし―基礎・応用・娯楽 (Best selected business books)

著者:大村 平
販売元:日科技連出版社
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確率のはなし―基礎・応用・娯楽 (Best selected business books) Book 確率のはなし―基礎・応用・娯楽 (Best selected business books)

著者:大村 平
販売元:日科技連出版社
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↑いつも勧める本。私が知っている中では確率統計の入門書として最高峰。けれど、中学辺りの数学を憶えていなかったりする人にとって、「簡単」な本ではありません。簡単かどうかと面白いかどうかは違います。この本は面白い。確率のはなしを先に読む事。

統計学100のキーワードBook統計学100のキーワード

販売元:弘文堂
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↑初学者向けの本では全然無いのですが、一般的な本ではあまり触れられない、「これはどういう事なのだろう」と疑問に思われるようなものについて色々説明してくれる本です。疫学等の用語がメインなので、今の文脈的にはうってつけでしょう。

公衆衛生学、疫学、医療統計関連の本は、いかにも教科書的なものでは無い読み物風のものがあまり見られない気がします。今や、「知識の橋渡し」をするという意味でも、そういう本は必須な情況に思われます。別にそれは、数式を排除して誰でも読めるように、とかいう話ではありません。階段があるとすれば段数を増やし、あるいは、スロープを作るように。坂があるのなら緩やかにして登りやすくなるよう工夫する、という事です。

少し参考にしたもの 岩上安身氏「デマといったね。デマだと立証してもらおうか」「えっ?」 - Togetter

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2011年11月11日 (金)

「欠如モデル」のアンケート

STSの資料を眺めていたら、次のような記述を見かけました。

欠如モデルとは「専門家と非専門家を固定的に対置し,科学知識が前者から後者へと一方向的に流れ,後者はそれをただ受け取るだけ,ととらえる」考え方である(杉山 2005, 263). Web2.0 と科学技術コミュニケーション (PDF)

これは、しばしば見かける定義であり、平川氏などのSTSの論者が用いる意味内容とも合致しているものと思われます。

ここで、お読みの皆さんにお願いがあります。


○科学者の方には、
 そのような考え方を実際に持っている(いた)か。


○科学者「以外」の方には、
 そのような考えを科学者は持っている、と考えている(いた)か。


ここについて皆さんに訊きたい。
もしよろしければ、コメント欄に書いて頂ければ、大変ありがたいです。

これはもちろん、その結果をもって一般論を云々する、というものではありません(科学者、といっても、私が普段やり取りしていて所属が明らかで無いある 方以外、WEB上の自己申告ではすぐ信頼出来るものでは無いのもあります)。具体的な事例を知りたい、という事です。しばしば用いられる社会観(科学コミュニケーションに関する)について、実際に「どう思っている」のかを知りたいのです。

科学者や非・科学者の立場として個人的にどういう見方をしているか、というのでも構いませんし、自身が所属していた組織ではこういう傾向だった、というのもとても参考になると思います。あるいは、何か勉強や研究をする事で考えがこういう風に変遷した、という経緯もあれば興味深いですね。

もしご興味があれば、よろしくお願いします。

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