老人党リアルグループ「護憲+」ブログ

現憲法の基本理念(国民主権、平和、人権)の視点で「世直し」を志す「護憲+」メンバーのメッセージ

参議院選挙総括

2016-07-11 17:17:09 | 選挙
今回の参議院選挙。野党の敗北は非常に残念だが、将来に希望を残せる負け方だった。問題は、敗北の原因をどのような視点で、どのように総括するかにある。

数字的解析は、これから多数出てくるだろうから、任せるとして、わたしは、野党勢力特に民進党の政治的感性・政治的タイミング、チャンスのつかみ方に論点を絞って総括してみようと思う。

(1)民進党の政治的感性の鈍さ⇒今回の参議院もそうだが、東京都知事候補者の選定を見れば、民進党指導部連中の政治的感性(政治的感度と言い換えても良い)の鈍さは決定的である。⇒今回の参議院選挙に勝利しようと思えば、何はさておいても、安保法制強行採決前後の市民の政治的高揚感を取りこまなければならない。民進党総力を挙げて、市民との連携に力を注ぐべきだった。

(2)市民との連携に全力を尽くす⇒こういう動きに敏感に反応できるのを政治的センスというのだが、この感度が鈍い。⇒市民運動と政党活動は似て非なるものだが、この違いを意識して、お互いの協力関係・連携を如何にして構築するかが問われていた。⇒民進党の中にも幾人かはこの問題意識を持っていたが、党の方針とならなかった所に、今回の選挙で敗北した遠因がある。

(3)安保法制強行採決前後のシールズなどを中心とした市民運動の盛り上がりが、政党として新たな政治的アクションを興す好機⇒この絶好のチャンスを逃がしたら、同じアクションを興しても、効果は半減。⇒民進党の幹部連中は、このチャンスをつかみ損ねた。政治家としての勝負勘が欠落していると評価せざるを得ない。

以上の事を大阪冬の陣、夏の陣を参考に考えると、民進党の戦い下手が良く理解できる。

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今回の真田丸でどのような解釈をするのか分からないが、「大阪の陣」を考える時、「冬の陣」では、大坂方勝利の可能性は少なからずあった。冬の陣の時、豊臣が他内部は、二つに割れていた。

①籠城派⇒宿老大野治長をはじめとする大阪城の官僚たち。⇒戦いを長引かせて、講和に持ち込む

②真田信繁(幸村)を中心とする浪人衆の方針⇒(A)野戦⇒畿内を制圧。関東の徳川と西国大名を遮断。⇒近江の瀬田橋まで軍をすすめ、ここで徳川軍を迎え撃つ。⇒徳川軍を足止めしている間に諸大名の工作を行い、味方を募る。⇒その見込みがない⇒(B)籠城をする   ・・・ウイキペディア・・

真田信繁の案は、後藤又兵衛など多くの浪人衆の賛同を得たが、結局豊臣家の官僚たちに押し切られ、籠城戦になった。

実は、真田信繁の策は、唯一豊臣方が勝利できる可能性があった。この当時の戦いでは、馬印というものが大きな意味を持っていた。もし、豊臣秀頼が瀬田川まで出陣し、豊臣家の馬印=『千成瓢箪』を掲げたら、戦いの帰趨は分からなかった。当時の大名の多くは豊臣家の家臣。豊臣家の馬印=『千成瓢箪』に打ちかかるのはかなり躊躇したはず。味方になる大名がいなくても、戦いの士気に大きく影響した可能性があった。

籠城戦ではその可能性は皆無。大野治長たちの策は、勝つ可能性を探るのではなく、負けない可能性を探る案だった。当時の徳川家の戦力を考えれば、万が一にも勝利できない策で、所詮、負け犬の策だと言わざるを得ない。

それに対して真田信繁の策は、野戦中心であり、どう転ぶか分からない偶然という可能性もある策だった。そして、この野戦での攻防が長引けば、相手方の裏切りも望める可能性も低くなかった。

この二つの作戦の分かれ目は、豊臣家という【権威】をどう使うか、という点にある。籠城戦では、この【権威】を効果的に使う事はできない。野戦でこそ馬印に象徴される【権威】を有効に効率的に使う事ができた。同時に大野たちが画策した『和平』の可能性も野戦でこそ探る事ができたのである。この認識の差が、豊臣家の運命を決めたと言ってよい。
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さて、民進党の幹部連中の判断はどちらだったか。どう見ても、大野たちの『籠城戦』だったと思う。

●安保法制強行採決反対運動が最も高揚した時、四党選挙協力を大々的に打ち出し、多くの市民に希望を与え、可能性を信じさせなかった。⇒タイミングを逃がす

●せっかく四党選挙協力をするのだったら、比例の統一名簿作成まで踏み込むべきで、それをしなかったら「画流点晴」を欠く

●民進党全部が戦う集団になっていない。野戦を戦うと言う事は、いついかなる時に討ち死にするか分からない。文字通り、命をかけて戦う気持ちにならざるを得ない。籠城戦は、落城までは生き延びられる。いわば、「緩慢な死」を待つ事ができる。この覚悟の彼我の差は大きい。今回の民進党の多くの選挙協力体制は、『緩慢な死』を待つ籠城戦のそれだったと言わざるを得ない。

●民進党の右派の幹部連中の意識⇒最大政党である民進党こそが、一番犠牲を払い、損を覚悟で四党の選挙協力体制に協力するという意識が希薄。⇒共産党が協力してくれるなら、それは結構。しかし、本当は共産党と協力するのは嫌だよね、という意識が透けて見える。こんな傲慢な意識で、勝利など出来るはずがない。

●民進党の右派の幹部連中の意識⇒必死に死に物狂いで戦う中で初めてあっと驚く斬新なアイディアや策が生まれると言う戦いのメカニズムを知らない。東京都知事選の候補者選びが典型だが、朝令暮改、迂余曲折、優柔不断などの言葉をいくら当てはめても飽き足らないほどのだらしなさ。こんな事をしていて、誰が民進党に期待する。この「だらしなさ」こそが民進党の本質だと言われても仕方がない。

※“姥桜”百合子の啖呵

上の民進党右派の幹部連中のだらしなさの対極にあるのが、“姥桜”小池百合子の度胸満点の啖呵である。選挙選最中のため、都議会自民党が次期知事候補を発表できないタイミングを見計らい、立候補宣言する。増田候補が簡単にわたしも出ますと言えないようにする。

自分が推薦されないと知るや否や、都議会自民党を悪の権化のような『伏魔殿』として糾弾する。いつのまにやら、悪を征伐する桃太郎のような正義の味方になっている。

これぞ、小池流喧嘩殺法、「卓袱台返し」ならぬ、必殺『姥桜がえし』である。誰やらが、『鉄花場の女』と評していたが、言い得て妙である。いずれにせよ、この“姥桜”百合子に勝利する事は簡単ではない。これぞ、政治的感性の鋭さ。政治的タイミングの取り方の妙である。

今回の敗北からわれわれが学ぶとすれば、このような政治的感度・政治的行動のタイミングの図り方。戦う以上は、それこそ『全身全霊』で戦わなければ、教訓すら引き出せないと知るべきである。

この反省をわがものとすれば、次の選挙での勝利は夢ではない。それは、11の一人区での勝利。以下の比例での投票数に表れている。

自民党:政党得票総数 19,650,962(35.94%)
公明党:政党得票総数 7,427,125(13.58%)
民進党:政党得票総数 11,457,471(20.95%)
共産党:政党得票総数 5,872,397(10.72%)
生活の党:政党得票総数 1,036,756(1.89%)
社民党:政党得票総数 1,500,679(2.74%)
大阪維新:政党得票総数 5,048,131(9.22%)
新党改革:政党得票総数 561,194(1.02%)
幸福の科学:政党得票総数 359,969(0.66%)
支持政党なし:政党得票総数 630,629(1.15%)
国民怒りの声:政党得票総数 449,356(0.82%)

この数値は悪くない。野党統一名簿を出せるまで野党協力を進めれれば、次回の選挙に大きく期待が持てる。挫折感や敗北感にさいなまされるより、希望を持って戦い続ける事を選択すべきである。

「護憲+BBS」「メンバーの今日の、今週の、今月のひとこと」より
流水
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マスコミの「死に体」がもたらす投票リテラシーの低下

2016-07-11 14:31:29 | 選挙
今週のコラムは選挙という魔物について「希望」を見出すことができる力強いメッセージになっていた。「マスメディア支配による独裁政治」というタイトルはヒトラーのナチ党を想起させる。

安倍首相は、宮台真司氏がいみじくも言っていたように、「立憲主義は王政時代の考え方だ」というどうしようもない教養のなさを露呈し、もし本気でこういう無知をさらけ出しているのならば、本当ならマスコミによる袋叩きが待っているはずなのに、わが国ではなんらの批判的記事も出なかった。(もちろんマスコミでの話であるが。)
 
国民の無知に付け込んで「なんでもあり」の暴走政治が長期間続いている中でも、特に高市総務大臣の「政治的な公平性を欠く放送を繰り返したと判断した場合、電波停止を命じる可能性がある」という発言に至っては、ナチ党や大本営もここまで言うかというほどのものであったが、マスコミ業界では何事もなかったように、少し記事が出るくらいのものだった。マスコミはもう「死に体」と言ってよい。

こういう体制翼賛会的な報道の状況では、今回の参院選もさもありなんということだろう。棄権者も多く、初の18歳からの選挙という歴史的なものであるはずなのに棄権者が44%では、この国の投票リテラシーも相当低レベルだったと思う。

安倍政権は「企業が一番活動しやすい」政治を目指し、相変わらず「非正規社員」の増加に拍車がかり、正社員も過重労働を負担させられる労働社会なのに、自公政権が勝ってしまうのだから、何をか言わんやである。

「護憲+BBS」「コラムの感想」より
名無しの探偵
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国民はバカじゃない・・・と信じます!

2016-07-11 11:07:54 | 選挙
参院選明けの今朝、「自公政権圧勝」のニュースが流れる中、情報番組「とくダネ」では時事通信社・田崎さんとともに冷静な結果分析をしていました。その話を聞いて気を取り直し、あきらめないで巨悪に立ち向かおうと思えました。

田崎さんいわく「自公政権の圧勝、実際は敗北に近い」と。その理由は、

1)安倍首相を含めた政権幹部が現地入りして選挙応援した12の選挙区(東北エリアが多い)の11地区で与党候補者が落選した。
2)定員「1名」区である沖縄と福島で現役閣僚が落選した。基地問題と原発事故問題が深刻な影響を与えている

というものでした。いくらマスメディアをコントロールしたって、有権者は正直なんですね!

「護憲+BBS」「新聞記事などの紹介」より
猫家五六助
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安倍首相、「憲法改正は、今後与党と野党と丁寧に議論し~」

2016-07-11 10:54:54 | 安倍内閣
安倍首相の二枚舌・リップサービスには無知&無恥による磨きがかかっています。

5%⇒8%消費税の増税分は有効に使われたのか、効果があったのか。違憲性の強い集団的自衛権行使容認の丁寧な説明。憲法学者を含めた大多数が「違憲」と指摘することへの責任の取り方。いまだに何も具体的な説明がありません。

そして、今回の参院選。改憲発議2/3に迫る勝利を得ての安倍首相コメントが「今回の選挙は自民党悲願の憲法改正について問うたわけではない。今後、与党と野党で丁寧に議論し~」です。アベノミクスの失敗を「道半ば」「さらに進める」と言い換えるような男ですから、憲法論議の先行きは見えてしまいます。

安倍首相の傲慢ぶりについてはインターネットのメルマガが、参院選直前のテレビ朝日「報道ステーション」にて党首間討論の醜態を伝えています。(同様なネットニュース多数)

「護憲+BBS」「新聞記事などの紹介」より
猫家五六助
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マスメディア支配による独裁政治

2016-07-11 10:32:48 | 安倍内閣
「勝てば官軍、負ければ賊軍」。こんな気分の日にコラム担当は気が引けます。苦々しい思いは他の会員の投稿に託すとして、今回の参院選であらためて「メディア操作の怖ろしさ」を痛感しました。

今回の参院選に際し、テレビでの党首討論会は過去最低だったとか。その一つ、「報道ステーション」においては安倍首相自身が醜態を晒しました。参院選前にマスメディアでは政策論争をしない、という態度。もう、驕り・慢心としかいいようがありません。視聴者(国民)に参院選への関心を持たせない作戦、とは言い過ぎでしょうか。

以前、大ヒットを飛ばした実力派歌手の話。その歌手はヒット曲に恵まれたことでテレビ出演に忙殺されたので「歌と関係ない番組には出ない」と決め、テレビの仕事を選び減らしたそうです。すると、いつの間にかその歌手にはテレビ局から声がかからなくなり、テレビ出演の仕事は激減しました。しかし、いつも通りのリサイタルや地方公演は行っていたので、本人は「息の長い実力派歌手」を自負していました。

ところが、テレビから疎遠になって数年後、彼の噂は「あの歌手はヒット曲が続かず、引退した」「犯罪を起こしたからテレビに出られない」「病気で歌えず、人前に出られない」「自殺したのではないか」等々。もちろん事実と異なりますが、歌手・芸能人にとっては(テレビ出演がなくなる)=(人気がない、引退)になると痛感したとのこと。

都知事選然り、参院選然り。著名人にしろ政治家にしろ、一般大衆はマスメディアへの露出度が多い人に投票する傾向が強くあります。一方で政府与党の経済失策や政治家の不祥事・失言がマスメディアに乗ると一気に拡散し、尾ひれもついて大打撃を受ける・・・時の政権にとって、マスメディアは両刃の剣です。

第1次安倍政権で安倍首相は与野党から失政を攻められ、マスコミに追い回された結果、腹痛で「退場」しました。そこで、第2次安倍政権は「メディア支配」と「一方通行の政治」に心血を注いだのでしょう。ナチスのヒトラーは当時の映像メディアを巧みに使って国民を操ったといわれています。そのマネを、と発言したのが麻生副総理。前後して安倍政権のNHKトップ人事への介入、総務相の「電波停止」発言、政権幹部による民放各局への「公平な政治報道」申し入れや政権批判を自粛させる耳打ち、安倍政権を支える日本会議一派による全国紙への意見広告、等々。

安倍首相はおそらく、こう考えています。マスメディアをてなづければ、黙らせれば批判など怖くない。「説明責任はある」「後で丁寧に説明する」とリップサービスで済ませばいい。野党議員からの批判には論点のすり替え、場当たり的な欺瞞で対応して受け流せば済んでしまう。つまり、政権に都合のよい情報を一方的に流し、野党・国民からの批判は聞き流すか圧力をかけるという政治手法です。

政権寄りの価値観や情報を押し付けて「国民の話を聞かない、説明しない、議論に応じない」政治は、まさに独裁政治ではないでしょうか。安倍首相の大学時代の恩師も彼の「政治的資質のなさ」を批判しています。
(フライデー・デジタル版「総理の恩師、安倍首相の無知と無恥を叱る!」を参照)http://friday.kodansha.ne.jp/archives/80667/

「護憲+コラム」より
猫家五六助
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