「あいつは人の話を聞かないからな」と、会社の上席の人間から下請け会社を変更するように指示が出たことがあります。結果的にはどうしても事故0では済まないのですが、とりあえず工事発注元からは安全管理を徹底するよう指示が出るわけです。しかるに下請けの社長は「大丈夫だ、問題ない」と言って本来は監督に徹すべき立場の人間まで作業に手を出すのが常態化していたりします。高所での作業や重量物の搬入出など危険を伴うものに関しては単独作業禁止、必ず作業員とは別の現場代理人による監督の上で実施するように云々と発注元はうるさく口を出すのですが、下請けの人は一向に気にする様子がありません。そして会社の少しだけ偉い人が現場の立ち会いに出た結果が冒頭の発言に繋がります。いつか必ず問題になるから発注元の決めたルールに従わない会社は切れ、と。
そうは言われても急に他の会社への切り替えを進められるわけでもなく、かつ「上」の言うことを聞かない作業員の方が色々と無理が利く、無茶な行程でも突貫工事でどんどん進めてくれたりするので話は簡単ではありません。加えて、どこの下請け工事会社にしても発注元などの口出しを疎ましく思っている点は変わらないのではないかという気がするわけです。とかく工事発注元は事故を起こさないようにと口やかましいですけれど、そのための注意事項、遵守事項は現場作業員から面倒くさいだけのものとしか思われていない、その辺は私が職務上で関わる範囲に限ったことではないはずです。発注元は事細かにルールを作るけれど、現場の人間からは作業に不要なムダと扱われる、そういうケースは多いのではないでしょうか。
被曝隠し、抜き打ち検査へ 東電、現場で線量計を確認(朝日新聞)
東京電力福島第一原発で線量計「APD」を鉛カバーで覆って働かせた被曝隠しを受け、東電は13日、経済産業省原子力安全・保安院に再発防止策を提出した。工事現場でAPD装着を抜き打ちで調査するなど監視態勢の強化策を前面に掲げているが、実効性は不透明だ。
東電はこれまで(1)APDをつける胸元を透明にした防護服の導入(2)工事現場に行く前に作業員全員のボディーチェックを実施――などの再発防止策を公表していた。新たに掲げたのは、東電社員らが工事現場で作業員の防護服の上から胸部を触ってAPD装着を確認する「抜き打ち検査」。頻度は未定という。
お役所なんかですと「自分たちが不正を働いていない証拠を作る仕事」が増えるばかりで忙しいと聞きます。その辺は、とかく世間からのバッシングを受けやすい業界ほど顕著なのかも知れません。福島第一原発でも上記引用で伝えられているような諸々の「再発防止策」辺りは同類でしょうか。私が職務上で関わるのは専ら通信事業者で、KDDIですと設備が東京電力の敷地内にあったりするのですが、この場合は色々と管理が厳しく入局手続きだけでも色々と面倒です。でも、そうなるまでには相応の理由もあったのでしょう。現場の作業員からは心底どうでも良いとしか思われていない、そんなレベルの管理ルールが常に作られ続けているわけです。何のために? 少なくとも現場の人間が要求した結果ではないことだけは確かです。
指定された人数、あるいは事前に連絡のあった通りの人数を、下請け会社が連れてきてくれないこともあります。理由は色々とあるのでしょう。単に人の手配が付かなかったのか、それとも下請け会社が人件費を抑えたかったのか…… しかるに工事発注元からは「○○の作業は○人以上で当たること」みたいな指示も出たりするわけです。にも関わらず下請け会社は必要な人員を用意しない。だからといって工程の都合もあるので作業をさせないわけにも行かない、そこで目をつぶって作業を続行させれば少ない人数でも工程通りに施工完了、みたいなケースは珍しくありません。現場作業員のプライドは専ら、「上」の定めたルールを守ることではなく、工程を守ること、実際の作業を進めることの方にあるのだろうなと思いました。
ただ発注元や元請けとしても立場上、ルール無視が度重なるのを看過するわけには行きません。私の勤務先のように無名の元請けならいざ知らず、東京電力のように誰もが知っている有名企業なら尚更ということになるのでしょう。とはいえ、現場の人間からすれば負担が増えるだけでもあります。「上」からの諸々の管理を受け入れさせる、指示を守らせるためには、そのために増加する負担に応じた対価が必要です。すなわち工事の発注額、支払われる賃金の上積みが求められるはずです。原発作業であれば線量の蓄積によって仕事から外されるリスクもある、その分の休業補償の原資となるべき工賃の上積みだって外せません。
しかるに、世間の理解はどれほどのものでしょう。経済誌上の建前として「リストラは最後の手段」ということになっています。ところが「まず徹底したリストラを進めよ!」と、最初にリストラを要求する声が専らのところを占めているのが我々の社会なのではないでしょうか。普通の「市民」に比べれば、その辺の企業経営者の方がまだしもリストラを避けようとする姿勢があるようにすら思えてきます。ともあれ東京電力でもリストラは進められている、人員削減や大幅な賃下げなどの労働条件の不利益変更が、政府と国民の後押しの元で進められているわけです。そしてこのようなコスト削減圧力の元で協力会社や下請けへの発注額がどのような影響を受けているのか、少しくらいは慮られても良さそうなものです。
請負企業の中には倒産、廃業したところも出ていると聞きます。経営合理化の名の下で、下請け会社への発注額だけは据え置きもしくは増額されるということがあり得るのでしょうか。普通に考えれば、もたらされる結果は逆ですよね。あるいは工賃を上積みするだけではなく、指揮命令権や責任の所在も明確になる直接雇用への切り替えを進めるなど諸問題を解決する上では最良の手段となり得ますが、これはリストラを求める世論と真っ向から対立するものです。公務員なり電力会社なり、とかく社会的な憎悪の対象となっている世界において、労働者を守るために立ち向かわなければならない相手は経営者である以前に世間であり国民であるのかも知れません。
とかく世間は正義感ぶって拳を振り上げる一方で内情は何も知らない、知ろうとしない、しかし「上」の人間は世間の反応に気を使って諸々の対策なり再発防止策なりを決めて、それを「下」に押しつけてくるものなのですよね。これが善意を装って押し寄せてくるのですから、たまったものではありません。