はてなキーワード: 鶴光とは
“ 大妻女子大教授の鶴光太郎(65)は「年功型は生活保障の役割を果たしてきた一方、企業にとっては中高年が重荷になりやすい。若年層に手厚く配分する動きは続く」とみる”
“ 三井住友銀行は今年1月、年功序列の運用を廃止した。人事部副部長の北山剛(45)は「選び、選ばれる関係を目指す」と強調する。「もたれ合い」から、役割と成果に応じた管理への進化だ”
https://news.yahoo.co.jp/articles/51fe1ed53f21edb015c7cc9b5ac826efa7e7a9aa
Q. 財政政策はどうあるべきか、ないし、財政赤字や国の債務はどうすべきか?
A. 個人的には、その問題はHDDレコーダーの残り時間が一つの比喩になるのではないかと考えている。見るかどうか分からない番組も含めて闇雲に録画していけばHDDレコーダーの残り時間が無くなってしまうのと同様、闇雲に財政を拡大すればいつか財政破綻が訪れる可能性がある。自国通貨建てならば財政破綻はしない、という意見もあるが、そういう論者もインフレが生じることは認めている。反緊縮財政論者が良く引き合いに出す21世紀の財政政策 低金利・高債務下の正しい経済戦略 (日本経済新聞出版)の著者のブランシャールも、無制限な財政ファイナンスには与しておらず、最近は母国フランスに対して緊縮財政を訴えている(cf. ブランシャールのタカ派とハト派論 - himaginary’s diary、ブランシャール「今は財政緊縮をすべき時」 - himaginary’s diary)。
ただ、だからと言って見たい番組も録らずにHDDレコーダーの空き時間をひたすら増やすのは、HDDレコーダーの本来の機能を活用していないということで馬鹿げている。同様に、財政黒字を貯めて債務を減らすことに血道を上げ、本来支援すべき国民を支援しないのは賢い行動とは言えないだけでなく、残酷でさえある。HDDレコーダーと違い、財政黒字にはマクロ経済を収縮させるという副作用もある(cf. 財政黒字ギャンブル? - himaginary’s diary、財政赤字ギャンブルの得失 - himaginary’s diary)。
では、どの程度の債務が適切か、ということが問題になるが、流動性の罠に陥った時には政策の総動員が必要になるため、財政政策を臆せずに打つべし、というのはかねてからクルーグマンやターナー(cf. 財政刺激策と中央銀行の独立性を調和させる - himaginary’s diary、鎖につながれたヘリコプター - himaginary’s diary)が訴えていることである。
それ以外の時における適切な財政赤字や適切な債務水準は、経済学者も分からない、というのが実情(cf. ノア・スミス「どうしてみんな政府の赤字を心配してるの?」(2021年10月8日) – 経済学101)。
そうした現状に鑑みると、「野放図な財政政策は避けるべきだが、『野放図な緊縮財政』も避けるべき」、ということくらいしか今は言えないように思われる。経済学が進歩し、反緊縮派と緊縮派がモデルや実証結果に基づいて議論できるようになれば、両者が同じ土俵で定量的・定性的な議論ができるようになり、財政赤字を巡る論点整理の一つの試み - himaginary’s diaryで論じたようにEBPM重視で話が収斂していく可能性はあるが、そこまでの道のりは遠いと言わざるを得ない。
ただ、そうした理想に少しでも近づくためには、CBO的な組織=独立財政機関はやはりあった方が良いかと思われる(cf. 中銀・財政機関の「独立性」、本質再考を 鶴光太郎氏 - 日本経済新聞での鶴氏の論考、ある金融財政協調策の提案 - himaginary’s diary、中銀の独立性はそれでも必要? - himaginary’s diaryで紹介したYatesの議論(特に英国の予算責任局の役割についての提案)、財政ルール:愛されやすく誤魔化しにくいものとすべし - himaginary’s diaryで紹介したIMFブログでの財政ルールの議論)。一部の人が懸念するように緊縮一辺倒の組織になってしまう可能性もあるが、最近の世論や政治の動向を考えるとならない可能性も十分にあるように思われる。
アニメマインドとは大分県で放送されていたラジオ番組だ。87年から89年初頭、高校1年から卒業までハガキ職人だったおれが、思うことを書く。かなり長くなるが、聞いてほしい。
アニメマインドとの出会いは、高校で入った文化部で先輩がすすめてくれたことだった。ゴリゴリのアニオタ先輩が「面白いから聞いてみな」って。正直、アニメに興味なかったおれは「あーはいはい」くらいの感じで受け流していたんだけど、ねるとん紅鯨団が始まるまでの時間(だったと思う)、たまたまつけたラジオから流れてきたアニメマインドを聞いて衝撃を受けたんだ。
それはもう、大分版のオールナイトニッポンだった。中島みゆきや鶴光に始まり、とんねるずやウンナン、オオケンやらのANNを聞きまくってたおれは、吸い込まれるようにハガキを書き始めた。今でも何がきっかけだったのかは思い出せない。
スポーツできない、頭もよくない、顔も十人並み。そんなおれが、唯一称賛を浴びることのできる場所がアニメマインドの「オープニング劇場」っていうコーナーだった。自分が考えたネタで、パーソナリティの松井さんやDONちゃんが笑う。愛を含んだ「こいつ絶対バカだよ!」なんてツッコミを聞くと、こっちまでラジオの前でにやけてしまってね。それはもう至福の時間というか、今まで感じたことのない高揚感だったよ。ハガキが読まれるってことに“慣れ”なんかなかったな。「さ、次は〇〇くんから…」ラジオから聞こえる松井さんの声が自分のラジオネームを読み上げると、それが何回目だって「来る!」って、武者震いのようなものを感じてたもんだ。
しばらく経つと、おれはラジオの向こう側が見たくなった。おれのネタで笑ってくれる人たちって、どんな感じなんだろう? 松井さんは真面目くさった顔してニュースを読んでるのを見たことあったけど、アニマイスタッフなるパーソナリティさんたちの顔を見たくなってね。そりゃもう緊張したよ。どっからどう見ても冴えない高校生が、天下の放送局の門を叩くんだもの。そんな自意識過剰なとこも含めて、一大決心でスタジオ見学を申し込んだんだ。収録は平日の夕方からで、放課後に長いことバスに乗って大分放送まで行かなければならなかった。
最初のスタジオ見学のことは、実はよく覚えていない。覚えてるのはスタジオの控え室のようなとこが意外と古めかしかったことと、アニマイスタッフの皆さんがそりゃもう優しかったことくらい。収録が始まって自分のハガキが読まれて、松井さんがこっちをチラと見ながら「来てるんですけどね」ってニヤリと笑った瞬間にもう爆発しそうになった! なんかが!! で、夢見心地で帰りのバスに乗って自転車を取りに高校に戻ると、暗がりで同じクラスのイケメン野球部と学年ブスランキングトップ3に入っていた通称ポリアンナが熱烈なキッスを交わしていて「これは書かにゃ!絶対ハガキにかかにゃ!!」と思ったことは、今でも鮮明に思い出せる。
何回かスタジオ見学をして、同年代のハガキ職人仲間もできた。芸風はそれぞれだったけど、他の職人のネタでスタッフが爆笑したり感心したりするのを聞くと、負けられん! って燃えたなあ。ラジオ投稿用のネタ帳はどの教科のノートよりも早く、真っ黒になってた。それが、おれの高校時代だった。
確かなこととして言えるのは「アニメマインドがおれを作った」ということ。高校を出て紆余曲折あったけど、“自分の考えたことで人の心を動かしたい、そんな仕事がしたい”。ハガキ職人だったころの高揚感がおれを導いてくれたおかげで、今はものを考えたり、つくったりする仕事でメシが食えている。
「アニメマインド」は、オレの人生に、本当に本当に大きな影響を与えた番組なんだ。当時のハガキ職人仲間とは今でも連絡がとれるし(SNSってすごいですね)、去年とかは、娘の卒業式で20数年ぶりに常連仲間と再会したりね。お互いの嫁に紹介しようがなかったよ「ハガキ職人仲間でした」なんて(笑)。
「時は移り時代は変わる!」とか言ってんなら、なんでアニマイの名前使うんだろう。「番組がリブートするということで、パーソナリティ・スタッフ陣は一新しますが」って、アニマイ関係者一人もいなきゃそんなんアニマイじゃねえよ。アニマイスタッフは、歴代ずっとリスナーが抜擢されてきたのにね。メインパーソナリティはどう考えたってMアナでしょ。本人がアニマイスタッフ時代をどう考えてるかは知らないけど。
アニマイ再開に関係しているらしい人物のツイッター見たら、アニメマインドのタイトルを使うことに不快感を表してる人に対して、『「アニメマインド」をするのか?「アニメマインド」みたいな番組をするのか?これは、番組をよく知る @vinylpvc さんのような方に関わっていただけると「アニメマインド」に“なります”。』だってさ。こいつ、@vinylpvc さんがどんな気持ちでわざわざ意見したのか、全然理解できてない。
そんなワケ知り顔のクソダセえ返しはアニマイパーソナリティの返しじゃねえよ。頼むから、おれたちが大切にしてきた場所を土足で踏みつけないでくれよ。
「アニメマインド」の雰囲気とラジオの面白さをよく知る人物がスタッフを担当するって誰だよ。いつの雰囲気だよ。松井さんか、平野さんか、平野Dでアニマイスタッフがしゃべってた頃か。ラジオの面白さってなんだよ。JUNK20年やってる伊集院さんでさえそんなもん語れねえよ。
腹立たしさを通り越して、本当に悲しいんだよおれは。悲しくて、残念で、悔しくて、たまんねえよ。くそが。
鶴光のオールナイトニッポンに出てた岡田有希子の回を聴いた。
リスナーからのお便りを鶴光が読むところで鶴光が、岡田有希子の「二人だけのセレモニー」という曲を、「二人だけのオナニー」と読んだ。
俺は一瞬、「え?」と思ってポカーンとしたけど、その後に岡田有希子が、「セレモニーですぅ」と突っ込んだ。
驚いたのは17歳の高校生の前でこんな事を言っちゃっても許されたこと、そして岡田有希子の返し。
あの子が自殺した時、俺は7歳だったから、正直記憶に無いんだけど、でもひょんなことから最近、YouTubeで彼女を見て一気に好きになった。賢くて優等生で生真面目で可愛らしい花のような女の子、なんてイメージだったけど、ラジオを聴いて面白くて面白くて、あんなにも俗っぽくて、ほんと普通の女の子だったんだって思ったら心から笑えた。
あんな残念な亡くなり方をした子だから、ここ数日ナーバスになってたけど、ラジオを聴いて何か救われた。
もう二度と岡田有希子には会えないけど、ラジオを聴いてたらすぐそこにいるような気がした。
これも何かの縁かな。
7/30にはアルバムも発売されるみたいだし。
もう28年も前の人なのに、何で急にこんなにも気になるんだろう。
あー、今、会ったら何て声を掛けるかな。
掛けられるかな。
会ってみたかったな。