はてなキーワード: 五社協定とは
山本富士子(94)
「日本一の美女」と呼ばれた国民的スター。1950年第1回ミス日本優勝。1953年に映画デビュー。日本映画全盛期を代表する大女優となる。1963年悪名高い五社協定の犠牲になるが一歩も引かずテレビと舞台で活躍。高峰三枝子以来の歌う映画スターとして何曲もレコードを吹き込んでいるが全貌がつかめないでいる。https://youtu.be/3mmlSAn45Gw?si=HVA1cAwNaciFHOxJ夫は作曲家の山本丈晴。
初代コロムビア・ローズ(93)
1952年当初は覆面歌手としてデビュー。当然コロムビアレコード所属。1956年「どうせ拾った恋だもの」1957年「東京のバスガール」等立て続けにヒットを飛ばし紅白に5回出場。初代の引退後1962年に二代目がデビュー。1964年「智恵子抄」がヒットし紅白出場。2004年に三代目がデビュー。2015年にクラウンに移籍しコロムビア・ローズの名を返上する。2010年には二代目が死去しコロムビア・ローズとして残るのは初代だけとなった。三代揃って「東京のバスガール」を歌う貴重な映像。https://youtu.be/cyCzhcd1sMo?si=yH2WNq-6UsRJ5Emi
寿美花代(93)
1948年宝塚歌劇団に入団。男役トップスターに。紅白にも出場。レコードも出しており「ボンジュール街角」はその頃の華やかさをよく伝えている佳曲。https://youtu.be/WoxnZmzmWZM?si=2DGP6tznpKZTQ4ji高島忠夫と結婚。「ごちそうさま」等テレビで長く活躍した。高嶋政宏や高嶋政伸は息子。
大学卒業後プロのミュージシャンになる。幾つものバンドを渡り歩いた後1964年ドリフターズに加入。次第にコントの仕事が増える。1968年ザ・ドリフターズとしてレコードデビュー。1969年「8時だョ!全員集合」で大ブームに。1997年CDデビュー。1999年の「僕の大好きな場所」は篠原ともえ作詞吉田拓郎作曲のハワイアンナンバー。得意のウクレレを弾きながら歌った。https://youtu.be/fuliICJK6wY?si=7dVlVYjwSFB1CX7h
1958年タンゴバンドで歌手デビュー。1962年レコードデビュー。1967年「知りたくないの」が大ヒット。1970年「今日でお別れ」でレコード大賞。紅白出場は実に22回に及ぶ。今もなお精力的に活動を続ける。驚くほかないが去年はほぼ毎月コンサートを行いテレビに出演し歌を歌っている。CDも絶え間なく出していて、2021年の最新シングル「「歌よ…あなたが居たから」は吉幾三作詞作曲。変らぬ風雅な歌声を聴かせてくれる。https://youtu.be/IazqkIdPsLU?si=KYU7c3jc58EWMBAU (続く)
その人は「もうどうにもならん」とうなだれていた。
「まぁそうだろうね」とボクもそれに同意した。
正直TV業界は五社協定組んで俳優のTV出演を妨害していた映画業界に打ち勝って現在まで続く地位を獲得したのに、映画業界と同じことネットに対してやってしまって過去の映画業界と同じように苦境へ立たされてしまっている。
まぁ今のTV業界に映画業界と直接殴り合ってた人が現役最前線で残っているわけもないし、「先輩から聞いた話」くらいにどこかで思っていて当事者じゃなかったから入社時点で確立されていたTV業界の地位は在って当たり前のものっていう思い込み、過信を持ちやすかったんだろうね。
その過信によって自分たちの世代でTV業界を苦境に立たせてしまったというのは心中察するよと言葉をかけるしかない。
ネット解禁をすると堤を切ったかのように若い芸能人ほどサッとYoutubeへ行ってしまい、何ならその過程で芸能事務所すら混乱のルツボへ陥ってしまい、反社だなんだとワイドショー使って騒いでるうちに、あれよあれよと今みたいな状況。あれも失敗だったね。
「まぁあとは若いYoutuberでも呼んで旅番組でもさせるしかないんじゃないの?」と笑い飛ばしてやったけれども「そんな今更もう無理でしょ」と力のない返事しか返ってこない。
「人気のYoutuberみたいなことTVでもやるべきなんだろうか」とすら言うものだから「何をバカみたいなこと言ってんの」と輪をかけてケタケタ笑ってやった。
「若いYoutuberでも呼んで旅番組」なんて軽く言ったけど、TV業界はそのフォーマットを作り上げた実績があるんだよ。
旅番組以外にも多くの番組フォーマット持ってるのに資産捨ててまでYoutubeの真似する必要なんて無いだろうに。
TVにはTVにしかない良い部分は確かにあって、旅番組とかTVじゃないと出来ない仕込みの最たるモノの1つでしょと。
TVじゃないと出来ない規模感もある。NHKの大科学実験なんて正にそれ。理科系Youtuber引っ張ってきてTVでやれば良いんだよ。
TVのフォーマットと規模感で人気の若いYoutuber使って番組作って地上波とケーブル、そしてTVerで配信する。コレでしょ。
「いやぁわかるけど、上がなんて言うかなぁ」
「そんなん知らんわ」
よかろう、本コメント補足委員長に立候補いたすwww 無事当選、九頭龍閃wwww コポォwwwwwwwww
まず、増田氏は「ロマンポルノ」という単語を使っておるが、それだと「日活ロマンポルノ」だけを指してしまう気がすなるwww
この定義なら、大手以外の映画製作会社によって作られたポルノ映画全体のことを言えるのでまほろ駅前多田便利軒www
はい、ここで増田のシナプスに注目ゥwww 彼のシナプスは「大手映画」という単語をキャッチしたことにより分子レベルで疑問が浮かんだでござるな?www な?www なあなあ?wwwwwww
ピンク映画が流行る前の1960年頃、日本の映画製作は大手映画会社5社(松竹、東宝、大映、新東宝、東映)が牛耳っており、五社協定というものが結ばれていた。
ドプフォwww つい五社協定なんていうマニアックな単語が出てしまったwww 五社協定というのは、専属監督・俳優らに関する協定のことでござるなwww 他社所属の監督・俳優の引きぬきや貸出は禁止ですというモノwww ま、これぐらいのボキャブラリィ存じ上げておったかwww スマヌスマヌwww
なんでそんな協定ができたかwww 当時は多大な需要を満たすために、スター俳優を中心としたシステムを作り上げて大量の本数を作っていたのじゃwww
そうなると、客を呼べるスターを引き抜いちゃえばいいじゃんと泥沼の戦いになってしまうとwww
ところが、1960年代後半になると、日本における製作本数のうち半分近くがピンク映画になった。(ピンク映画自体の製作本数も桁違いに増えた)
正解はテレビでしたーwwwwwwwwwwww ブフォオッwwwwwwwwww
テレビの浸透によって映画館への客足は鈍り大手五社の製作本数も激減www 五社協定(新東宝が倒産し、日活が加入)は1971年をもって消滅www
つまりですなあwww 映画文化自体は残りつつも、製作は予算の安いピンク映画に流れたというわけでござるwww
だから、増田の言った「昔にはよくある光景」っていうのは正解かもしれないwww
正直、拙者は資料でしかわからないけどwww フォヌカポゥwwwwwwwwwwwwwwww
ちなみに、ピンク映画は「低予算かつ女の裸が映っていれば何でもいい」という思想があるwww そのため、敷居が低いことから作家性が強い作品も多いwww
浜野佐知のように一般映画では稀有だった女性監督ですら存在したwww
最近の若者も知ってそうな人だったら、「愛のむきだし」の園子温や「カツベン」の周防正行などなどwww
そんな感じで由緒あるピンク映画界隈だけれども、最近は廃れつつあるらしい。
ちょっとググってみたのですが、かつて200本以上の製作本数を誇ったピンク映画ですが、2010年には50本近くになってしまったとか。
どことなく漂う昭和の残り香は消えゆく文化の残滓。跡をたどって、DVDなどで新しい世界を覗いてみるのもオツなものかもしれません。(「成人映画館」自体はかなり敷居が高い印象・・・)