はてなキーワード: ピーナッツとは
大きな欠点は、あまりにも人間の愚かさを大きく見積もってるというか、
展開にすぐするんだよね。
例えば、ピーナッツバターを消費する人間がこのままじゃいなくなる、というときに、なぜか人間は何の対処もしない。
不可抗力感が足りないのよ。
AIが倫理も道徳も生産性も、少なくとも人間を上回りつつある…😟
士郎正宗アップルシードの2巻だったかに、これからは地球環境とかバイオロイドに任せたらええねん、みたいな話があった気がするけど、
アップルシードのコンピュータ、ガイアとかタルタロスのように、もうAIが政策決定したらええ…😟
究極まで効率化、生産性が上昇した社会では、人間は寧ろ生産性の足を引っ張るだけ、
人間がやるべきことは、何が欲しいとか、何を作りたいとか、欲を表明するだけで、
しかし、本来、労働者が消費者なのであって、資本家が作ったピーナッツバターを消費者の私が買って今食べてるわけで、
私が労働やお金を失えば、完全にオートメーション化された工場から、毎日大量のピーナッツバターが出力されても、
誰もそれを消費する人がいない…😟
そして、誰もいない無人の工場で、人類がいなくなっても工場は稼働を続け、誰も消費しないピーナッツバターが大量に出力される…😟
もちろん、落花生生産農場でも、消費されない落花生が生産され続ける、
ゴンスケは火星のような惑星でもテラフォーミングして、芋畑にする能力がある…😟
人類がいなくなっても、生産性向上をやめないロボットたちは、ロケットを設計し、大量のゴンスケを搭載したロケットを打ち上げる…😟
そして、たどり着いた惑星がいかなる環境であってもテラフォーミングさせて、緑の大地に変え、
亀田の 柿の種わさびピーナッツ無し ってのが有るけど、めったに見ない。
元祖浪花屋柿の種、ピーナッツ入りは無かったはずなのにいつの間にか存在してたな。
元祖の方が旨いのに...
私が初めてピーナッツコーラを飲んだのは、夏の午後、国立公園の蝉がぐったりと鳴いている頃でした。
ペットボトルの中で、琥珀色の液体の中を微細な泡がせわしなく駆け上っていました。
そのせかせかした泡を見ていると、どうしても人生というものを思い出します。
つまり、始まりは刺激が強く、終わりに近づくにつけてヌルくなる。
ピーナッツコーラというのは、少し不器用な飲み物に感じました。
口に含むと、甘味がどこかで方向を間違えてしまったような味がする。
ピーナッツがコーラという炭酸の世界に招かれてはみたけれど、どうにも居心地が悪そうにしている。
ソーダの泡が彼に「お前も少しは弾けてみたらどうだ」と言う。
しかしピーナッツは、ポケットに手を突っ込んで、じっと下を向いて黙ったまま。
けれど、それが悪いわけではない。
世界には、そういうぎこちない組み合わせが必要だったりします。
ピーナッツバターとジャム、猫と洗濯機、あるいは私と日曜日の朝の増田のように。
ちょっと噛み合わない関係ほど、妙に記憶に残ることだってありますよね。
たぶん、完璧な調和というのは、聴き心地の良いBGMくらいのもので、人間というのは、少しくらい音がずれている方が記憶に残りやすいのだと思います。
飲み終えたピーナッツコーラのボトルをテーブルに置くと、窓の外を風が通り抜けていきました。
その風の中に、ふっとピーナッツの香りが混じっているような気がした。
まるで、私の知らない誰かの思い出がそこに仕込まれていたみたいに。
そう思って、私はもう一度ラベルを見た。
ただのコーラだ。