アニメを振りかえろうvol.6
間が空きがちですが、アニメ感想の続きです。
前回までで一通りざざっと各章を述べました。なので今回は通しを考えます。
またアニメを中心としつつ、キット展開などを含めてゾイドワイルド全体に触れます。
・・・というテーマで書いていのですが、思う事がありすぎてなかなかまとめきれない!
まだ書いてる途中です。
ですが間が空きすぎてもイカンだろうという事で、今回は書けてる所までを掲載いたします。
さてゾイドワイルドのアニメおよび一年の展開で何よりも良かったことはこれ。
・子供を向いていて、新規ファンを獲得するものであったこと。
・その目標が達成されたこと。
・ZOIDSというブランドが大きく力を取り戻したこと。
・一年間きっちりと走り抜けたこと。
本当にこれは最高に良かったです。
昨今はガンダムがファンの高齢化に苦しんでいると聞きます。
宇宙世紀から抜け出せない。新規ファンが入ってこない。それゆえ巨大コンテンツだが長い目で見ると大きな不安を抱える。
これは年々深刻化しているとのこと。
SEEDは新規ファンを多く獲得したと思いますが、あれももう20年近く前だからなぁ…。
AGEはキッズ層新規ファンの獲得に失敗したし、中高生の新規ファンを狙ったであろうオルフェンズも特に第二期は成功とは言いがたかったと思う。
ビルドファイターズはそこそこ成功していると思いますが、決定力という程ではない感じもする。
ゾイドはどうだったか。
近年までは同じ状況だったと思います。しかしワイルド。
舞台となる星の変更、スケールの変更。バトスト廃止。
様々な大胆すぎる程の変更をした。改めて本当に大きな決断だったと思います。とてつもない勇気が必要だったでしょう。
下手をすれば新規ファンは獲得できず既存ファンさえ失う可能性もあった。
でもそれを行い見事に成功したのだから、これはもう最高です。
次世代ワールドホビーフェアで大勢のキッズファンが居たこと。
売り場に子供が居てゾイドをキラキラと眺めていること。
覚醒ワイルドライガー、デスレックス、ハンターウルフなどは”瞬殺”されて入手困難にまでなったし、その他のキットも安定して順調に売れていること。
本当にこれは感動でした。
ゾイドワイルドはコロコロにはあまり情報を載せていません。
販促はアニメに大きく頼ったものだったでしょう。つまりこの一年の素晴らしい成果についてアニメが果たした貢献は計り知れません。
そうした意味で言うと素晴らしい最高のアニメだったのだと思います。
一年間走り抜けたのも良かった。最終章付近では話数不足になる一幕もありましたが…まぁそれを差し引いても良かった。
これはリバセンやMSSやオリジナルを経験しただけに本当に強く思います。
正直に言って信頼を大きく失っていたゾイド。期待や応援はするがどうしても「どうせ今回も…」という諦めにも似た感情が常に拭えないでいたゾイド。それが見事に払拭された!
・各ゾイドにスポットが当たる構成
これも良かったです。
ライガーを中心にしつつも、その他のゾイドにも見せ場がある構成になっていた。
まぁそうはいってもライガー、ウルフに偏っていたなーとも思いますが、そこは仕方が無いと思える範囲。
多くのゾイドに出来るだけスポットが当たり見せ場がある構成なのはとても良かったです。
発売されたゾイドの全種類が出たのも良かった。
過去作で言うと無印アニメにはバリゲーター、ブラキオスなんかは登場さえしてないですからねー…。
ウルトラザウルスに艦隊として随伴したりできたと思うんだけどなぁ。
(バリゲーターが登場できなかったのはコックピット処理の関係だったりして……)
・ゾイドの作画、動き
これについては以前の感想でも若干書きましたが改めて。
やはりアニメでゾイドが動くのは最高です。
作中の3Dモデリングがキットと寸分違わぬ造形なのは本当に凄かったし良かった。
動きは初期の頃は苦戦していましたが、中盤以降で大きく向上したと思います。
でも初期でもギルラプター初登場の回(4話)なんかは良い動きをしていました。
このシーンは良く覚えています。この頃のアラシは最低限の技量しかない。対してドレイクは四天王に相応しい強さを持つ。
ギルラプターが攻めまくる。ワイルドライガーは防戦一方でかろうじて致命傷を避けてる感じでした。
戦いはの力関係が良く分かる戦いでした。
初期の頃にも動かす力はあった。ただ初期の頃はこうした見事な動きを作るのに「慣れ」がないから時間がかかったんだろうな……と思う。
初期の頃は、たとえば「ガブリゲーター戦をばっさり捨てる代わりに次話のデスレックス戦の動きを良くする」ようなトレードオフが頻繁に行われていたと思います。
しかし中盤以降は動かす事に慣れてきて、極端なハズレ戦闘はなくなり、「一定水準以上の動きがあったうえで更に素晴らしい動きも混じる」ようになった。
そして後半には良い動きがどんどん増えてきた。
ただ逆に言えば、やはり前半においてはハズレ戦闘も多かったのは否めない……とも思います。
エフェクト→吹っ飛びという定番の動きが多すぎた。
動きは…、
・ボスゾイドとして優先的に良い動きが付けられたのであろうデスレックス
・人型に近いので動かしやすかった? ナックルコング
・後半のこなれた時期に登場したハンターウルフ、スパイデス、ディメパルサー
・常に「切り札戦力」的な役割だったので動きまくった、ファングタイガー
あたりが特に光っていたと思います。
その他では…、以前の感想でも書きましたが「日常」のシーンがもっとあれば良かったと思います。
事前には「野営をするフリーダム団。それを囲う相棒ゾイドたち」のイラストが公開されて、こんなシーンが沢山あると期待していたんですが、それはあまり無かった。
戦闘でのゾイド。日常でのゾイド。その両方を描く事が目的だったとすれば、片手落ちだった気はします。
後半の激戦モードになった時期だと戦闘中心で良いのですが、前半ののどかだった頃はもっと日常シーンを挟んで欲しかったかなぁ……。
例えば猫っぽい動きをするライガーとか(寝転がりつつ尻尾だけ振ってるとか)。亀らしく天気が良い日に甲羅干しをはじめるガノンタスとか。
そうした「いかにもモチーフ生物の日常を思わせるシーン」が欲しかったかな。そうするとゾイドの魅力がもっと描けたと思う。
一応、ラプトールの群れであったり、ライダー不在時に自分の意思で自由気ままにガノンタスやギルラプター(ビリビリタケノコ回)など、全く無かったわけではないのですが…。
動きについて全体を通して見ると、やはり初期の頃は苦戦していた。後期には大きく改善し見事な動きになったという事が言える。
動きが良くなった矢先に終わってしまったのは本当に惜しいなぁ……。
この先に「ゾイドワイルド2」のアニメが製作されるとすれば、後半の良い動きを引き継ぎつつ、更にブラッシュアップされていくでしょう。
動きに対して更に慣れが出て、製作に余裕が生まれれば……、上で不満点として書いた日常シーンも作れるようになるかもしれない。
何度も書いていますが、ようやく動きがこなれてきた頃に終わったのは本当に惜しいよなあ……。
製作が途切れて間が空くと、せっかく蓄積した動きの技術も再び失われていきます。
かくなる上はやはり…、あまり間を空けないうちに次回作があると良いのですが。
第二世代ゾイドワイルドは「砲」も登場し、各機の動きの個性も付けやすくなるんじゃないかな。
その意味でもやはりアニメ次作には期待です。
その際はついでに、各機の攻撃力/ダメージ量が謎だったとか、ワイルドブラストへの更なる踏み込みも希望です。
アニメ後半の動きにこなれた感じ。あれを見ているとこの辺への踏み込みも出来るようになってくると思う。
むろん湯水のように販促費を使うのは諸刃なので、「いったん間を空ける」という方針であればそれはそれで納得するのですが。
・キャラデザイン
キャラデザインは今風かつ楽しい雰囲気で良かったんじゃないかな、と思います。
同じ[キッズを狙った作品]としてガンダムAGEと比べてしまいがちなんですが、AGEもゾイドワイルドも作中人物に「普通の頭身」「変わった頭身」が混在していました。
共に楽しい雰囲気を狙ってたんだと思います。
でもAGEは中途半端だったのでマズかった。基本が普通の頭身のキャラで、ほとんどがそれだった。その中に稀に変わった頭身のキャラが混じっていた。
なのでその時に強烈な違和感が出た。イワークさんとか……。
AGEは半端であった。
対してワイルドは徹底していたと思う。
ワイルドは普通の頭身のキャラと変わった頭身のキャラがバランス良く配置されていたので、全体として違和感の無い世界を構築できていた。
フォアグラとか、R.A.P隊のリーダーとか。彼らが違和感無く登場できていたのは凄く良かったと思います。
デザインは過度に萌えに走っていないのも良かったと思います。
別に萌え描写に嫌悪感を抱くわけではないんですが、使い所の話です。
[キッズ層を取り込む][ゾイドに夢中にさせる]という目的においてはピッタリなデザインだったと思います。
ただネーミングについては半端に留まったなという気もしています。
基本的に食べ物の名前だったのにアラシ一族は気象関係の名前だったし、ドレイクもおそらく「竜」が語源でしょう。
あとは…、ギャラガーは「ギャラクシー」が語源かな?
この辺の一部のキャラだけ法則から外れていて、かといって特にそれに意味があるわけでもなかったので未消化な気はしました。
…ヘリック共和国の紋章は雷を図案したもの。
…ガイロス帝国の紋章は竜を図案したもの。
アラシ一族とドレイクはそれを意識したものなのかなー・・・。
またギャラガーがギャラクシーとすれば、銀河。すなわち「銀河の中心を挟んでちょうど反対側にあるゾイド星(惑星Zi)」を意味しているのかな?
とかも考えたんですが、そうであるならもう少し掘り下げて欲しかったかな。
逆に何も触れないというのなら、彼らの名前も他のキャラと同様にすべきだった気がする。
まあ、食べ物名じゃないキャラもサナとリウムとかテンガロ村のトッハ村長とか、けっこう居るには居たんですが。
あと全話を見た今でも一部のキャラ名にはまだ違和感があるかな…。
「ギョーザ」とかちょっとなぁ……今でもちょっと慣れない。
ドラゴンボールとかコロッケ!みたいに、食べ物名であってもキャラ名として認識しやすい感じにして欲しかったかなぁ…。
・キャラへの愛情
キャラクターと言えば、登場キャラ全員が製作スタッフから愛されていたと思う。味方サイドだけでなく、敵側も。
四天王もラッキョーも最後まで生存していた。隊長ズやR.A.P隊も終盤まで再登場を繰り返したし、おそらく最終話後も生きているでしょう。
「敵キャラにヘイトを集めた上で倒して次に進む(直接的に言うと殺害ないし再起不能状態にして進む)」のではなく、最後まで健在だった。
これはとても特徴的かつ良かったなと思います。
今作は「人とゾイド」だけでなく、「人と人」も「必ず分かり合える」がテーマになっているように感じます。
他の作品で言うとプリキュアみたいな。
この事は作品の雰囲気をとても爽やかなものにしたと思います。
私は全体的には大筋のストーリーを同じくする漫画版の方が好きなんですが、この点に関して言えばアニメが好きでした。
漫画版は「憎い敵を爽快に倒して次に進む」という展開だった。
もっとも問題がなかったわけではないとも思います。
話数が足りなかったからかな…。例えば終盤においてデスメタル帝国の連中は明確に「殺した」と発言しました。これはとてつもなく重たい言葉です。
しかし、最終話に至るまで彼らが罪を認識するシーンはついになかった。
これはどうなのだろう……と思う。
最終話エンディングでは、四天王(三獣士)+ラッキョーの皆はバンドを組んで楽しそうにやっていました。
生き残る事はいい。楽しんでもいい。
でも。
でも、主人公たちとの対話をして、自分たちが犯した罪に対する反省、あるいは償いなどはするべきだったと思う。
悪いことをしたら反省が必要なのは当たり前の話だ。
そうしてこそ最終話エンディングの「あの時敵だったアイツも今は楽しくやってるんだ」というシーンが生きる。
それを省いてしまう。
反省しているのかどうなのかわからないまま、とりあえずアイツら楽しくやってるみたいだ。
これじゃあ…、なんかもう悪い事した方が得というか……、なんだったんだろうと思う。
これは甘やかしだと私は思う。
愛情というのは甘やかすことではない。思うからこそ時に叱らねばならん時がある。
敵サイドも含めて皆が製作スタッフから愛されていた。それはいい。
敵側を生き残らせ、また(刑務所の中とはいえ)バンドを組んで楽しそうにやっているシーンを出すのであれば、彼らなりの戦いの振り返りと犯した事への反省を述べさせるべきだったと思います。
話数なのかなぁ……。
この辺がなかったのはかなりモヤモヤする所です。
全体的に非常に惜しいというか。。。あと一歩深くしてくれればなぁという所が多いアニメだった。そんな感想です。
…感想はもうちょっと続きます。
次回は、世界観の事とかについて書きたいと思います。
前回までで一通りざざっと各章を述べました。なので今回は通しを考えます。
またアニメを中心としつつ、キット展開などを含めてゾイドワイルド全体に触れます。
・・・というテーマで書いていのですが、思う事がありすぎてなかなかまとめきれない!
まだ書いてる途中です。
ですが間が空きすぎてもイカンだろうという事で、今回は書けてる所までを掲載いたします。
さてゾイドワイルドのアニメおよび一年の展開で何よりも良かったことはこれ。
・子供を向いていて、新規ファンを獲得するものであったこと。
・その目標が達成されたこと。
・ZOIDSというブランドが大きく力を取り戻したこと。
・一年間きっちりと走り抜けたこと。
本当にこれは最高に良かったです。
昨今はガンダムがファンの高齢化に苦しんでいると聞きます。
宇宙世紀から抜け出せない。新規ファンが入ってこない。それゆえ巨大コンテンツだが長い目で見ると大きな不安を抱える。
これは年々深刻化しているとのこと。
SEEDは新規ファンを多く獲得したと思いますが、あれももう20年近く前だからなぁ…。
AGEはキッズ層新規ファンの獲得に失敗したし、中高生の新規ファンを狙ったであろうオルフェンズも特に第二期は成功とは言いがたかったと思う。
ビルドファイターズはそこそこ成功していると思いますが、決定力という程ではない感じもする。
ゾイドはどうだったか。
近年までは同じ状況だったと思います。しかしワイルド。
舞台となる星の変更、スケールの変更。バトスト廃止。
様々な大胆すぎる程の変更をした。改めて本当に大きな決断だったと思います。とてつもない勇気が必要だったでしょう。
下手をすれば新規ファンは獲得できず既存ファンさえ失う可能性もあった。
でもそれを行い見事に成功したのだから、これはもう最高です。
次世代ワールドホビーフェアで大勢のキッズファンが居たこと。
売り場に子供が居てゾイドをキラキラと眺めていること。
覚醒ワイルドライガー、デスレックス、ハンターウルフなどは”瞬殺”されて入手困難にまでなったし、その他のキットも安定して順調に売れていること。
本当にこれは感動でした。
ゾイドワイルドはコロコロにはあまり情報を載せていません。
販促はアニメに大きく頼ったものだったでしょう。つまりこの一年の素晴らしい成果についてアニメが果たした貢献は計り知れません。
そうした意味で言うと素晴らしい最高のアニメだったのだと思います。
一年間走り抜けたのも良かった。最終章付近では話数不足になる一幕もありましたが…まぁそれを差し引いても良かった。
これはリバセンやMSSやオリジナルを経験しただけに本当に強く思います。
正直に言って信頼を大きく失っていたゾイド。期待や応援はするがどうしても「どうせ今回も…」という諦めにも似た感情が常に拭えないでいたゾイド。それが見事に払拭された!
・各ゾイドにスポットが当たる構成
これも良かったです。
ライガーを中心にしつつも、その他のゾイドにも見せ場がある構成になっていた。
まぁそうはいってもライガー、ウルフに偏っていたなーとも思いますが、そこは仕方が無いと思える範囲。
多くのゾイドに出来るだけスポットが当たり見せ場がある構成なのはとても良かったです。
発売されたゾイドの全種類が出たのも良かった。
過去作で言うと無印アニメにはバリゲーター、ブラキオスなんかは登場さえしてないですからねー…。
ウルトラザウルスに艦隊として随伴したりできたと思うんだけどなぁ。
(バリゲーターが登場できなかったのはコックピット処理の関係だったりして……)
・ゾイドの作画、動き
これについては以前の感想でも若干書きましたが改めて。
やはりアニメでゾイドが動くのは最高です。
作中の3Dモデリングがキットと寸分違わぬ造形なのは本当に凄かったし良かった。
動きは初期の頃は苦戦していましたが、中盤以降で大きく向上したと思います。
でも初期でもギルラプター初登場の回(4話)なんかは良い動きをしていました。
このシーンは良く覚えています。この頃のアラシは最低限の技量しかない。対してドレイクは四天王に相応しい強さを持つ。
ギルラプターが攻めまくる。ワイルドライガーは防戦一方でかろうじて致命傷を避けてる感じでした。
戦いはの力関係が良く分かる戦いでした。
初期の頃にも動かす力はあった。ただ初期の頃はこうした見事な動きを作るのに「慣れ」がないから時間がかかったんだろうな……と思う。
初期の頃は、たとえば「ガブリゲーター戦をばっさり捨てる代わりに次話のデスレックス戦の動きを良くする」ようなトレードオフが頻繁に行われていたと思います。
しかし中盤以降は動かす事に慣れてきて、極端なハズレ戦闘はなくなり、「一定水準以上の動きがあったうえで更に素晴らしい動きも混じる」ようになった。
そして後半には良い動きがどんどん増えてきた。
ただ逆に言えば、やはり前半においてはハズレ戦闘も多かったのは否めない……とも思います。
エフェクト→吹っ飛びという定番の動きが多すぎた。
動きは…、
・ボスゾイドとして優先的に良い動きが付けられたのであろうデスレックス
・人型に近いので動かしやすかった? ナックルコング
・後半のこなれた時期に登場したハンターウルフ、スパイデス、ディメパルサー
・常に「切り札戦力」的な役割だったので動きまくった、ファングタイガー
あたりが特に光っていたと思います。
その他では…、以前の感想でも書きましたが「日常」のシーンがもっとあれば良かったと思います。
事前には「野営をするフリーダム団。それを囲う相棒ゾイドたち」のイラストが公開されて、こんなシーンが沢山あると期待していたんですが、それはあまり無かった。
戦闘でのゾイド。日常でのゾイド。その両方を描く事が目的だったとすれば、片手落ちだった気はします。
後半の激戦モードになった時期だと戦闘中心で良いのですが、前半ののどかだった頃はもっと日常シーンを挟んで欲しかったかなぁ……。
例えば猫っぽい動きをするライガーとか(寝転がりつつ尻尾だけ振ってるとか)。亀らしく天気が良い日に甲羅干しをはじめるガノンタスとか。
そうした「いかにもモチーフ生物の日常を思わせるシーン」が欲しかったかな。そうするとゾイドの魅力がもっと描けたと思う。
一応、ラプトールの群れであったり、ライダー不在時に自分の意思で自由気ままにガノンタスやギルラプター(ビリビリタケノコ回)など、全く無かったわけではないのですが…。
動きについて全体を通して見ると、やはり初期の頃は苦戦していた。後期には大きく改善し見事な動きになったという事が言える。
動きが良くなった矢先に終わってしまったのは本当に惜しいなぁ……。
この先に「ゾイドワイルド2」のアニメが製作されるとすれば、後半の良い動きを引き継ぎつつ、更にブラッシュアップされていくでしょう。
動きに対して更に慣れが出て、製作に余裕が生まれれば……、上で不満点として書いた日常シーンも作れるようになるかもしれない。
何度も書いていますが、ようやく動きがこなれてきた頃に終わったのは本当に惜しいよなあ……。
製作が途切れて間が空くと、せっかく蓄積した動きの技術も再び失われていきます。
かくなる上はやはり…、あまり間を空けないうちに次回作があると良いのですが。
第二世代ゾイドワイルドは「砲」も登場し、各機の動きの個性も付けやすくなるんじゃないかな。
その意味でもやはりアニメ次作には期待です。
その際はついでに、各機の攻撃力/ダメージ量が謎だったとか、ワイルドブラストへの更なる踏み込みも希望です。
アニメ後半の動きにこなれた感じ。あれを見ているとこの辺への踏み込みも出来るようになってくると思う。
むろん湯水のように販促費を使うのは諸刃なので、「いったん間を空ける」という方針であればそれはそれで納得するのですが。
・キャラデザイン
キャラデザインは今風かつ楽しい雰囲気で良かったんじゃないかな、と思います。
同じ[キッズを狙った作品]としてガンダムAGEと比べてしまいがちなんですが、AGEもゾイドワイルドも作中人物に「普通の頭身」「変わった頭身」が混在していました。
共に楽しい雰囲気を狙ってたんだと思います。
でもAGEは中途半端だったのでマズかった。基本が普通の頭身のキャラで、ほとんどがそれだった。その中に稀に変わった頭身のキャラが混じっていた。
なのでその時に強烈な違和感が出た。イワークさんとか……。
AGEは半端であった。
対してワイルドは徹底していたと思う。
ワイルドは普通の頭身のキャラと変わった頭身のキャラがバランス良く配置されていたので、全体として違和感の無い世界を構築できていた。
フォアグラとか、R.A.P隊のリーダーとか。彼らが違和感無く登場できていたのは凄く良かったと思います。
デザインは過度に萌えに走っていないのも良かったと思います。
別に萌え描写に嫌悪感を抱くわけではないんですが、使い所の話です。
[キッズ層を取り込む][ゾイドに夢中にさせる]という目的においてはピッタリなデザインだったと思います。
ただネーミングについては半端に留まったなという気もしています。
基本的に食べ物の名前だったのにアラシ一族は気象関係の名前だったし、ドレイクもおそらく「竜」が語源でしょう。
あとは…、ギャラガーは「ギャラクシー」が語源かな?
この辺の一部のキャラだけ法則から外れていて、かといって特にそれに意味があるわけでもなかったので未消化な気はしました。
…ヘリック共和国の紋章は雷を図案したもの。
…ガイロス帝国の紋章は竜を図案したもの。
アラシ一族とドレイクはそれを意識したものなのかなー・・・。
またギャラガーがギャラクシーとすれば、銀河。すなわち「銀河の中心を挟んでちょうど反対側にあるゾイド星(惑星Zi)」を意味しているのかな?
とかも考えたんですが、そうであるならもう少し掘り下げて欲しかったかな。
逆に何も触れないというのなら、彼らの名前も他のキャラと同様にすべきだった気がする。
まあ、食べ物名じゃないキャラもサナとリウムとかテンガロ村のトッハ村長とか、けっこう居るには居たんですが。
あと全話を見た今でも一部のキャラ名にはまだ違和感があるかな…。
「ギョーザ」とかちょっとなぁ……今でもちょっと慣れない。
ドラゴンボールとかコロッケ!みたいに、食べ物名であってもキャラ名として認識しやすい感じにして欲しかったかなぁ…。
・キャラへの愛情
キャラクターと言えば、登場キャラ全員が製作スタッフから愛されていたと思う。味方サイドだけでなく、敵側も。
四天王もラッキョーも最後まで生存していた。隊長ズやR.A.P隊も終盤まで再登場を繰り返したし、おそらく最終話後も生きているでしょう。
「敵キャラにヘイトを集めた上で倒して次に進む(直接的に言うと殺害ないし再起不能状態にして進む)」のではなく、最後まで健在だった。
これはとても特徴的かつ良かったなと思います。
今作は「人とゾイド」だけでなく、「人と人」も「必ず分かり合える」がテーマになっているように感じます。
他の作品で言うとプリキュアみたいな。
この事は作品の雰囲気をとても爽やかなものにしたと思います。
私は全体的には大筋のストーリーを同じくする漫画版の方が好きなんですが、この点に関して言えばアニメが好きでした。
漫画版は「憎い敵を爽快に倒して次に進む」という展開だった。
もっとも問題がなかったわけではないとも思います。
話数が足りなかったからかな…。例えば終盤においてデスメタル帝国の連中は明確に「殺した」と発言しました。これはとてつもなく重たい言葉です。
しかし、最終話に至るまで彼らが罪を認識するシーンはついになかった。
これはどうなのだろう……と思う。
最終話エンディングでは、四天王(三獣士)+ラッキョーの皆はバンドを組んで楽しそうにやっていました。
生き残る事はいい。楽しんでもいい。
でも。
でも、主人公たちとの対話をして、自分たちが犯した罪に対する反省、あるいは償いなどはするべきだったと思う。
悪いことをしたら反省が必要なのは当たり前の話だ。
そうしてこそ最終話エンディングの「あの時敵だったアイツも今は楽しくやってるんだ」というシーンが生きる。
それを省いてしまう。
反省しているのかどうなのかわからないまま、とりあえずアイツら楽しくやってるみたいだ。
これじゃあ…、なんかもう悪い事した方が得というか……、なんだったんだろうと思う。
これは甘やかしだと私は思う。
愛情というのは甘やかすことではない。思うからこそ時に叱らねばならん時がある。
敵サイドも含めて皆が製作スタッフから愛されていた。それはいい。
敵側を生き残らせ、また(刑務所の中とはいえ)バンドを組んで楽しそうにやっているシーンを出すのであれば、彼らなりの戦いの振り返りと犯した事への反省を述べさせるべきだったと思います。
話数なのかなぁ……。
この辺がなかったのはかなりモヤモヤする所です。
全体的に非常に惜しいというか。。。あと一歩深くしてくれればなぁという所が多いアニメだった。そんな感想です。
…感想はもうちょっと続きます。
次回は、世界観の事とかについて書きたいと思います。