個人が気軽に情報を発信できるBlog(ブログ)と,友人関係をネット上で展開できるSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)。これらを行政システムに利用すると,どのような成果と課題が姿を現わすだろうか。

 7月29日,電子政府・電子自治体戦略会議で行われたパネルディスカッション「官民をつなぐ新しい情報交流・情報発信」で披露されたのは,まさにこのような問いに対する現実の取り組みのレポートである。パネラーが行政の現場で業務として取り組んだ貴重な知見に基づく報告を紹介したい。行政を企業,市民を顧客に置き換えれば,ビジネスでのBlogやSNS利用にも示唆するところは大きいはずだ。

住民のニーズ集約を実現できない電子掲示板

 言うまでもなく,行政は国民,住民のニーズに沿って行われるものでなければならない。そのニーズを汲み取ることにITを活用できないか。しかし,その試みは,必ずしもうまくいっているわけではないと,総務省 自治行政局自治政策課 情報政策企画官 牧慎太郎氏は言う。

 意見を集めるために設置されるのは,多くの場合,電子掲示板だ。牧氏によれば,少なくとも700の自治体のWebサイトに電子掲示板が設置されている。電子掲示板による意見募集が頓挫するパターンは3つあると牧氏は指摘する。ひとつは閑古鳥が鳴くケース。行政に対し,実名でモノを言うことは,一般の人にとってハードルが高いからだ。逆に,匿名にしたために,いたずらの書き込みなどにより荒らされるケースもある。「実際に閉鎖に追い込まれた自治体の掲示板がいくつもある」(牧氏)

 最後が,閑古鳥も鳴かず,荒らされもせず,うまくいったとしても,行政がその意見をうまく取り込めないというケースだ。「審議会や政策モニターなどの従来からあるチャネルであれば,行政の意思決定にどう反映していくか,というルールが存在する。しかし,ITという新しいチャネルにはそのようなルールがない。結果,せっかく集まった意見を“聞き置く”だけになってしまう」(牧氏)。

経産省と民間がBlogで対話する実験

 経済産業省 資源エネルギー庁 総合政策課 課長補佐の村上敬亮氏も,従来の方式に限界を感じていた。村上氏は産業政策を立案する立場にある。通常,業界の意見は,通常業界団体の代表や,企業の役員を通じてもたらされる。しかし「役員の建前ではなく,現場の率直な本音こそが重要」(村上氏)。

経済産業省のe-life Blog
 そこで村上氏らが取った手段が,Blogだった。経済産業省 商務情報政策局情報政策課 課長補佐を務めていた2004年後半から2005年初頭にかけ,独立行政法人経済産業研究所(RIETI)と共同で開設したe-life Blogである。デジタル家電の収益力の強化などをテーマとした政策案の討議用ペーパーを公開し,Blogの来訪者との「対話実験」を試みた。

 Blogによる対話実験の結果は,月間2000人の来訪者があり「研究会よりも本質的なコメントが得られた」(村上氏)。業界団体とは別の経路での交流という目的は果たした。ただし,トラックバックやオンラインでのコメントは少なかった。「街頭演説のマイクを聴衆が持ってしゃべるようなもので,勇気がいるのだろう」(村上氏)。多くの有意義なコメントは,オフラインの実際の会話や会合でもたらされたという。

市役所職員が自ら開発したSNS

 熊本県八代市でも,地域ポータル・サイト「ごろっとやっちろ」の電子掲示板の利用者が少ないことに悩んでいた。同市では,ホームページを災害情報や行政情報を発信する場とすることを目指していた。そのためには「日常使われるサイトである必要があった」(八代市行政管理部行政システム課 電算システム係 小林隆生氏)。

 そこで目をつけたのがSNSだった。海外のFriendsterやOrkutなどのSNSに刺激され,日本でもGREEやmixiといった商用のSNSサービスのベータ提供が開始されたころだった。小林氏はこれらのSNSに触れ,感銘を受けた。と同時に,このような人と人のつながりは,地域でこそ真価を発揮すると感じた。

 そこで小林氏は,自らプログラムを書いて,SNSを構築することを決意した。就業時間後の時間を使い,約2カ月かけ,友人を招待したり登録したりする機能や日記機能,回覧板機能,アクセス履歴機能などを実装した。商用のSNSと機能面ではほとんど変わらない。サーバーは既存のもの,OSはFreeBSD,Webアプリケーション開発言語はPHP,DBMSはPostgreSQLなどオープンソース・ソフトウエアを使ったため,かかった費用は小林氏の残業代だけである。

 画面のデザインはオレンジに統一した。「オレンジは暖かさを感じさせる色」(小林氏)だからだ。暖かい人と人とのつながりの場であるように,との願いを込めた。

活発な発言と秩序を両立

熊本県八代市のごろっとやっちろ
 SNSの集客効果は絶大だった。それまで1万5000を下回っていたアクセス数は,2004年11月のSNS正式リリース時,倍の3万を超えた。実際にサイトを利用しているアクティブ・メンバー数は50を下回っていたのが200近くなった。登録メンバー数は1300以上になり,その約85%は八代市民だった。

 SNSの効果は集客だけではなかった。掲示板の問題は,実名では発言しにくく,匿名では荒れる,という点だ。SNSでは,完全な実名ではなく,また,掲示板だけではなく日記もあるため気軽に書ける。一方,友人の紹介がないとメンバーになれないことが,いたずら書きに対する抑止力になる。活発な投稿と,秩序の両方が実現できた(関連記事)。

総務省が千代田区と長岡市でSNS実験

 総務省では,SNSと個人認証サービスを組み合わせ,市民の意見を集約する実験を開始する。「ICTを利用した地方行政への住民参加の促進」事業として,2005年度に1億円の予算を計上している(総務省の研究会資料

 八代市の例で見たように,SNSは活発な意見の投稿と,良識に基づいた秩序の実現に有効だ。これに,1人1票を確実にするための電子証明書による個人認証を組み合わせることで,電子アンケートによって住民の意見や意識をより的確に集約できるような環境を作成することが目的だ。千代田区と長岡市で実験を行う予定で,近く委託先の公募を開始する。

 先にあげた3つの問題のうち,閑古鳥や掲示板荒らしの2つは解決できたとしても,3つ目の問題「行政がその意見をどう受け入れるべきか」についてはどう解決するのか。

 この点について総務省の牧氏は「“公”の役割をどこまで行政が担うのか,改めて考える必要がある」と指摘する。現在,例えば道に犬の死骸があれば行政に連絡して,といったように,行政のカバーする範囲は拡大している,高度成長期であればそれをカバーできたが,少子化が進み財政が逼迫する中,行政がすべてを背負うことはできなくなっている。「かつては地域コミュニティが“公”を支えていた」(牧氏)。地域の問題は,地域である程度解決できるような人のつながりがあった。

 総務省は,SNSがそのような地域コミュニティを再生するツールになるのではないかと期待している。例えば,長岡市では,上越地震の際,NPOが提供した情報が大きな役割を果たした。「行政が提供する情報は,誤りがあってはならないため,確認ができるまで公表できない。しかし多少の誤りがあっても迅速に提供することで有益な情報がある。NPOならそれができる」(牧氏)。「ごろっとやっちろ」でも子育てなど様々なコミュニティが生まれている。

八代市のSNSがオープンソース化,他のSNSと“つながる”

 もちろん,行政が提供するSNSがすべて成功するとは限らないだろう。民間にすでに存在するサービスを行政が提供する意味と費用対効果は厳しく問われなければならない。SNSで活発に発言するのは,もっぱら情報リテラシの高い市民であり,そこで大勢を占める意見が,市民の多数意見であるとは限らないことにも十分留意して運用する必要がある。

 また,国際大学GLOCOMフェローの楠正憲氏は,インターネット上に多くのサービスがあり,多くのサービスに重複して登録するユーザーの手間が無視できなくなっていると指摘する。各自治体でSNSをそれぞれ立ち上げれば,コストがかさむだけでなく,ばらばらのコミュニティが乱立することにもなりかねない。

八代市のSNSをオープンソース化したopen-gorotto
 実は,八代市で使用しているSNSのソースコードは「open-gorotto」として無償公開されている。小林市は,SNSを他の自治体にも使ってもらうとともに,各自治体のSNSがつながる仕組みを実現している。さらに,複数のサーバーがつながる仕組みまですでに実装した。他のサーバーに登録されているユーザーを友人として登録したり,他のサーバーに登録していなくても,友人がいればログインしたりすることができる。

 すでに,神奈川県の川崎市が「open-gorotto」を利用したSNSの構築を開始している。

 open-gorottoを始めとする共同利用やオープンソース・ソフトウエアの活用で,コストを抑えてサービスを提供することはできそうだ。また,SNS同士が“つながる”道筋も見えた。ただし丸投げではコスト削減も,コミュニティの交流も不可能だ。八代市でも,問題のある書き込み監視し,書いた本人以外には見えなくするなどの対処を行っている。

 小林氏のような情熱を持って取り組むことのできる人材が行政に存在するかどうか。それが行政SNSの成否を分けるような気がしてならない。

(高橋 信頼=IT Pro)