2024年は日米で政治状況が大きく動き、産業界も変革を迫られてきた。企業価値や持続成長の力を、ESGやSDGsを含むサステナビリティ活動による非財務価値からも見る動きが高まっている。そうした流れを受けて開催された今年の「SX/DX/GX Summit」では、急激に関心が高まるAIの可能性や、世界的なサステナビリティ開示の最新状況、今後の企業対応など最新のテーマについて有識者による考察を深めた。本記事ではその内容をレポートする。
主催者講演
慶應義塾大学 岡田有策氏
慶應義塾大学
理工学部 管理工学科 教授
岡田 有策 氏
「優れた技術を新しく生み出せば、社会実装できるというものではありません。ビジネスモデルを活かすためのビジネス環境を考えていくことが重要です」と冒頭に話す慶應義塾大学の岡田氏。社会インフラ事業の課題解決のためには新たなビジネス環境の整備が重要だと説く。
自然災害は日本という国土に様々な形で困難を突きつけている。これらの困難を克服することに様々な技術革新が貢献しているが、予防保全的な役割を担うには多くの解決すべき問題が残っている。新たなフィールドでのイノベーションを活性化させるためには新たなビジネス環境の設計・整備が重要となる。
一方、コストの増加、人材の不足などの課題があり、社会インフラの維持管理は十分に実施できていない。そこでドローンやAIなどの様々な先端技術を使い、産学官の連携の元、インフラ維持管理に関する課題の解決を図る取り組みが2014年頃から活性化している。しかしインフラ分野に対して新技術を実装させていくには多くの社会課題もある。自治体の予算形態、発注様式、地元企業の育成・支援、人材育成、データのオープン化とクローズ化、新技術に対する安全管理と責任、技術認証、技術自体の維持管理などである。さらにこれらの社会課題解決のためには、産官学だけの連携だけで無く、地域と中央など広域の連携も重要だ。加えて、金銭価値とは別に安心・快適・ウェルビーイングといったレピュテーションという新たな価値を基軸にした新たなビジネスモデルが活かせる環境作りも必要となる。
気候変動対応、温室効果ガスの削減も地域のレピュテーション向上に貢献する。「現在の環境負荷の低減にとどまることなく、将来のCO₂排出を抑制させることは、より大きなレピュテーションの獲得になると考えます。つまり、自然災害によってもたらされる将来の温室ガスの発生を抑制させる新技術の導入を促進させることは、地域の安全安心を含め、地域の総合的な価値を高めることになると思います」(岡田氏)。現在、「緩和」の1/18程度しか「適応」の取り組みに資金は回っていないが、新たな枠組みを作ることにより、新技術が活躍できるビジネスモデルが多く提案されることが期待される。
最後に岡田氏は「自然災害は日本という国土に様々な形で困難を突きつけてきます。これらの困難を克服することに様々な技術革新が貢献していますが、予防保全的な役割を担うには多くの解決すべき問題が残っています。将来のさまざまな災害に的確に対峙できる分野横断型の統合システムを構築すると共に、市民生活におけるハード/ソフト両面の損傷を最小化する技術のプロデュースを促進させる社会デザインの提案を検討する枠組みとして、『適応ファイナンスコンソーシアム』を2024年3月に設立しました。
今後多くの事業者、地域の方々にご参加いただき、日本だけでなく世界の気候変動問題に対応できる体制へと進めていきたいです」と述べ、講演を終えた。
主催者講演
学習院大学 滝澤美帆氏
学習院大学
経済学部 教授
滝澤 美帆 氏
日本におけるGDPの低成長が長引いている。日本はある程度ICT投資を行ってはいるが、米国ほど生産性が改善されていない。成長する「勝ち組企業」があるのに対し、そうでない企業は、「ICT化を補完して生産性を上昇させる無形資産(組織資本・人的資本)の蓄積に差があるのではないでしょうか」と学習院大学の滝澤氏は説く。
経済学では、無形資産を「情報化資産」(ソフトウエア・データベース)、「革新的資産」、「経済的競争能力」(組織資本・人的資本)の3つに分けている。日本は先進6カ国の中で、ソフトウエア・データベース投資や研究開発投資は他国に劣らない一方、組織資本・人的資本への投資が極端に低く、近年はさらに低くなっているのが日本の特徴だ。
組織資本・人的資本にコストをかけることで、企業のパフォーマンスが向上することは様々な研究で実証済みだという。「そこで、見えない資産である組織資本・人的資本を定量化する必要があります」(滝澤氏)。
滝澤氏は、人的資本計測の一例として「コストベースアプローチ」を紹介する。ここでは、人的資本の蓄積に要した費用を「人的資本投資額」とし、企業がどの程度人的資本ストックを有しているか、物的資本の計測で用いられる恒久棚卸法(PI法)で計測する。損益計算書の「販売費および一般管理費」に含まれている研修費や教育訓練費といった費用を「投資」と考える。
物的資本と同様に人的資本も減耗し、その減耗率は25%~40%。そのため、定期的な人的資本投資の必要があるが、経済全体での人的資本投資額は年々減少しており、減耗も重なって経済全体の人的資本ストックの右肩下がりが止まらないのが現状だ。
以上で計測される人的資本は、企業内の詳細なデータを外部の人間は見られないため、財務諸表からわかる職場外研修(Off-JT)の値で計測しており、職場内研修(OJT)は含まれていない。「例えばOJTに要する時間割合×給与でOJTに要する費用を計測すれば、それをOJT費用(OJTへの投資額)にすることも考えられます」(滝澤氏)。また、Off-JTとOJTでは企業パフォーマンスへの影響が異なる可能性があり、それぞれの投資対効果を見ていくことも重要だ。
一方で組織資本計測は、経営者の総労働時間のうち組織改革や組織の再構築に費やす割合(先行研究では9%と設定)を、経営者の報酬に掛けて投資額を求めてきた。企業はこの方法を参考に組織資本を算出できる。
最後に滝澤氏は、「DXによる生産性向上には組織資本・人的資本への投資も重要ですが、日本は逆にそこへの投資を減らしています。まずは、組織資本・人的資本への投資データを収集し、効果を分析して企業成長に役立ててほしいです」と強調した。
主催者講演
九州大学大学院工学研究院 馬奈木俊介氏
九州大学大学院工学研究院
都市システム工学講座
主幹教授・都市研究センター長
馬奈木 俊介 氏
九州大学大学院工学研究院の馬奈木氏は講演※において、ESGの評価手法はバラバラで相関せず、いまだ発展途上であると説明する。そのため馬奈木氏は、G20の中において日本だからこそ打ち出せる、中立的なグローバル統一指標を目指しているという。今やデジタルの力で企業統計だけでなく、国連統計や地域統計もベースに、衛星画像や産業ごとの人権データも使って、サプライチェーン上の小規模な企業のESG評価も行えるようになっている。
※ 後段の聞き手は日経BP 総合研究所 チーフコンサルタント 主席研究員の杉山俊幸が務めた
また自社の製品が環境配慮や人権という観点から、どう評価されているかを証明する必要も生じている。それもサプライチェーン全体で考えなくてはならない。より厳密にするため、評価する項目も3000以上に増えている。「今後は個社だけのESG評価だけでなく、サプライチェーン各社のESG評価を上げて、全体の評価を上げる必要があります」(馬奈木氏)。
そのためには、ERP/EPMシステムなどにESGサプライチェーン情報を組み込み、ESG評価の経年変化やサプライチェーンリスクを追跡する必要がある。これまでは特定の評価機関による一部主観的な評価だった。しかし現在では104言語の報告書を生成AIが分析し、より客観的かつ定量的に評価できる。
企業が提供する製品やサービスだけでなく、将来に向けたウェルビーイング向上のために、インフラ(物的資本、自然資本、人的資本)を整えていくことも重要となってくる。ウェルビーイングもデジタルやAI技術によって測定可能になりつつある。これらによって、BtoC企業はいかなる施策でウェルビーイングを向上させるか、明確に提示することができる。
またインフラ関連の企業は、デジタルとAIで算出した精度99.9%の人口予測(100m四方にどれくらいの人がいるのか)を見て、適切なインフラ計画を立案し、その地域のウェルビーイングを向上させていく必要がある。
2023年のSDGs中間報告書でも、次の新しい経済指標として「ウェルビーイング」「新国富指標」「自然資本」が挙げられている。
具体的なポイントは3つ。1つ目は衛星画像などで調べた地域ごとの「物的資本(インフラ)」。2つ目は賃金や教育、健康効果の現在価値となる「人的資本」。そして3つ目は脱炭素に関連する「自然資本」。これらを向上させることが重要となる。
最後に馬奈木氏は「デジタルとAIの力で。新しく、よりよい脱炭素の取り組みを証明できるようになってきています。これらの仕組みを連携させて、将来の世代によりよい製品を届けていけると思っています」と話し、講演を締めくくった。
主催者講演
慶應義塾大学 岡田有策氏
主催者講演
学習院大学 滝澤美帆氏
主催者講演
九州大学大学院工学研究院 馬奈木俊介氏
協賛講演
デロイト トーマツ グループ
協賛講演
アスエネ