バングラデシュをはじめ、中東・東南アジアに「バクシーシ」という習慣があるのをご存じだろうか。バクシーシとは低・中所得者層が富裕層に要求する金品のことである。
チップとは異なり、バクシーシは余裕ある者が貧しい者に金品を与えることで得られる徳とされている。貧しい者は逆にもらうことで間接的に功徳に貢献できる。「ありがたくいただく」というより「当然もらってあげる」という感覚に近い。このような文化は非イスラムである私たちを困惑させる。
バクシーシはあらゆる場面に存在する。町を歩けば出会い頭に金品を要求される。役所でさえも迅速な手続きには賄賂を、と彼らは実にあっけらかんと要求してくるのだ。
ローカルスタッフの話では、バクシーシは地域古来の階層制度の解消を難しくしているという。富裕層は喜捨さえしていれば周囲の反感を買わずに富を集中できる。一方で低・中所得者層は何もしなくても、バクシーシに頼ることで最低限の生活を確保できる。こうした社会システムが貧富の格差を温存してきたわけだ。
バングラデシュは近年多くの投資が集まり、目覚ましい発展を遂げている。ただ投資の恩恵は、首都ダッカの限られた階層のみが受けており、周辺地域には及んでいない。「富裕層が富を囲うことにバクシーシの概念があるとしたら、周辺地域の発展は難しいのでは」とローカルスタッフは言う。バクシーシ、階層制度、全世界からの支援活動。多様な価値観が複雑に絡み合いながらも不思議とバランスを保っている国、それがバングラデシュなのだ。
もらうことに慣れた人にも自立を
現在私は、バングラデシュ国内のインターネット/ブロードバンド普及を目指した業務に当たっている。インターネットに必要なデバイスや電力の供給、識字率向上など課題は多い。しかし最大の課題は、インターネットをこの国の人々の生活に根付かせることだと痛感する。
世界最大級のNGOである「BRAC」(Bangladesh Rural Advancement Committee)のソーシャルエンタープライズ部門の最高幹部アリ氏は「ただ与えるだけでは自立はない。自立がなければ発展はなく、継続可能な利潤は生まれない。利潤が伴わなければ、自立の機会は増やせない。自立の機会を均等に与え続けることが我々BRACの目指すもの」と話す。
この国が真に発展するには“もらうだけ”ではない個々の人の自立が必要だろう。リアルタイムな情報を万人に与えられるインターネットは、私たちの生活を豊かにしたように、彼らに自立の機会を与えるはずだ。そう信じて、今日もローカルスタッフと活発な議論を続けるのである。