700年以上前、スペイン南部に住んでいた人が、草や小枝で編んだ粗末なサンダルを脱ぎ捨てたか、あるいはなくした。通常、そのような靴は時間が経てば分解する。しかし、ハゲワシの一種であるヒゲワシ(Gypaetus barbatus)がそれを拾い上げ、洞窟の巣に運んだとき、運命が変わった。
2008年から2014年にかけて、科学者たちは崖を降りて12カ所のヒゲワシの巣に到達し、内部の分析を始めた。そこで発見されたのが、中世のものを含む200点以上の人工物だった。その成果を報告した論文は、2025年9月11日付けで学術誌「Ecology」に発表された。
洞窟の冷たく乾燥した空気は、靴を完璧に保存した。ヒゲワシが何世代にもわたって営巣地を維持したおかげで、その靴は枝の間に挟まれたまま、現代に至るまでとどまっていた。
ヒゲワシの巣に保存された人工物や自然物をさらに分析することで、人類の歴史だけでなく、それらを長きにわたり守ってきた生態系の歴史についても新たな知見が得られるだろう。(参考記事:「人類の活動を巣に記録する水鳥、W杯やコロナ禍も、研究」)
宝物をため込む風変わりな猛禽(もうきん)類
ヒゲワシは、ハゲワシ類のなかで唯一、死骸の骨を食べることに特化している。威圧的な風貌を持つだけでなく、赤みがかったオレンジ色の泥に漬かって羽を染める。山岳地帯に生息し、多くの場合、崖の洞窟などの守られた場所に巣をつくる。(参考記事:「ハゲワシ “嫌われ者”の正体」)
繁殖期になると、ヒゲワシは巣に新たな枝を詰め込み、卵を温めるために羊毛を敷き詰め、おなかをすかせたひなのためにヤギの死骸の一部を運んでくる。洞窟の環境は、これらの材料の保護に都合がいい。
「こうした材料は何世紀にもわたり、非常に良好な状態で保存されます」と、スペイン、ピレネー生態学研究所の生態学者で今回の論文の筆頭著者であるアントニ・マルガリダ氏は語る。氏によると、スペインの崖にある洞窟の内部のコンディションは、まるで自然史博物館のようだという。
鳥たちがいなくなった後も、巣は残ることがある。ヒゲワシは過去100年ほどの間にスペイン南部から姿を消した。いくつもの脅威に直面し、ヨーロッパ全体での数が減っている。マルガリダ氏らは、鳥たちが残した古い巣を掘り起こし、考古学の発掘調査のように1層ずつ構造を分析した。(参考記事:「ハゲワシが激減、原因は人間が「復讐」に使う毒」)
12カ所の巣の内部は、興味深い物の宝庫だった。その多くは、ヒゲワシがあさった死骸の一部だ。例えば、ひづめは86個、骨は2100個以上も残されていた。ひながかえった後の卵の破片も数十個あった。
巣の中には、織物や道具といった人工物も残されていた。例えば、エスパルトという草を編んでつくったスリングショット(パチンコ)などだ。さらに、クロスボウの矢まで見つかった。枝のように巣の材料として使われたのかもしれないし、動物の死骸に刺さったまま運ばれてきた可能性もある。
研究チームは炭素年代測定法を用い、これらの巣のうち、2つの巣から出てきた品々について、年代を特定した。エスパルトを編んでつくったサンダルのひとつは約750年前のものだった。籠細工はもっと新しく、約225年前のものだった。マルガリダ氏が特に興味を引かれたのは、約650年前の羊革の切れ端で、赤土で線模様が描かれていた。
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