編み棒がカチカチとリズミカルに触れ合う音。指先にかかる毛糸のやわらかな触感。表編みと裏編みを規則正しく繰り返す心地よさ。編み物など、いわゆる「おばあちゃんの趣味」が、特に若い世代の間で改めて注目されている。米イベントブライト社のデータによると、理由の1つはデジタル疲れからの解放だ。
そこには別のメリットもある。ゆったりとした手仕事は、ストレスの緩和につながると同時に、脳の働きを活性化し、記憶力や注意力、運動機能などさまざまな面に作用して認知機能の維持に役立つことが最近の研究で明らかになっている。(参考記事:「脳の萎縮を防ぐには楽器を習おう おすすめや選び方、始め方は?」)
つまり年齢や性別に関係なく、編み物をはじめとする手と頭を使う趣味は、脳の健康を維持する非常にシンプルな方法だと言える。その科学的な根拠と正しいやり方を解説しよう。
編み物は確かに脳を活性化する
瞑想やパズルも脳によいとされるが、編み物には、細かな動作と創造的に先を見据えていく力、そしてリズミカルに左右の手を連携させる動作(両側性運動)という特徴があり、脳の異なる領域を同時に活性化させる。こうした創造性はその程度に関係なく有益だと、米NYアートセラピーの認定セラピストのエミリー・シャープ氏は語る。(参考記事:「クロスワードパズルは本当に脳にいいのか、認知症を防ぐ実力は」)
両側性の刺激は、PTSD(心的外傷後ストレス障害)に対して効果が認められたEMDR療法(眼球運動による脱感作と再処理法)に似ているとシャープ氏は言う。またこのような刺激は、ストレスホルモンと言われるコルチゾール値を下げ、感情の調節に関わるセロトニンやドーパミンを増やし、感情のコントロールの向上に関与していると氏は指摘する。(参考記事:「PTSDを電気刺激で緩和、皮膚に装置を当てるだけ、治療に期待」)
さらに、脳のドーパミン系を刺激することで集中力を高め、加齢に伴う認知機能の低下を遅らせる可能性があると、米ハーバード・メディカルスクールの神経学教授であり、米ライナス・ヘルスの最高医療責任者を務めるアルバロ・パスカル・レオーネ氏は語る。
この見解を支持する研究もある。学術誌「Frontiers in Behavioral Neuroscience」に2024年に発表された研究では、創造的な活動が、快楽、動機付け、気分に深く関与する脳内のドーパミン報酬系を活性化することが示されている。(参考記事:「ドーパミンは「快楽物質」ではない、“幸せホルモン”の真実」)