日常の中に潜む殺人鬼。
大阪・心斎橋の繁華街が空を切り裂くような悲鳴と共に修羅場と化した。6月10日に起きた通り魔殺人事件は、余りにも身勝手な男の短絡的な犯行だった。
白昼の惨劇を目の当たりにした市民によると、男が刃物を振りかざし、まるで獲物を探し歩く姿は異様なほど狂気に満ちていたと言う。
犠牲者となり死亡したのは、音楽プロデューサーの南野信吾さん、もう一人は飲食店経営の女性・佐々木トシさんの2人であった。
犯行に及んだ礒飛(いそひ)京三容疑者の供述によれば、『自殺しようと思ったが死にきれず、死刑を望んでやった』等と話していたが、捜査が進むにつれて自殺願望はなかったようである。
礒飛容疑者は覚せい剤取り締まり法違反により新潟刑務所に服役、5月24日に刑期満了により出所したばかりであった。
6月上旬に知人に電話で仕事の相談を持ち掛けているが、栃木県内の薬物依存者の自立支援施設に身を寄せ、そこで数日間、今後の身の振り方を模索していたものと思われる。
礒飛容疑者が犯行に及んだ背景には、彼の幼少期から現在に至るまでの過去が少なからず影響しているのではないだろうか。
2人の兄との間で何らかのトラブルがあり絶縁状態になっていた事や、36歳の若さでありながら、両親とも他界、出所後に身を寄せる場所が何処にも見当たらず、知人の言われるままに大阪に向かったものの、思うような結果が得られず自暴自棄に陥り、社会の流れに乗り遅れた滑車が噛み合わず、常軌を逸脱した行為へと突き進む…。
この未熟とも言うべき自己形成は、彼の少年期まで遡る必要があるだろう。裕福な幼少期が父親の経営する材木店の倒産が切っ掛けになり、中学に進学した辺りから彼の生活は次第に荒れ始め、非行に走るようになり、不良グループの仲間入りもこの頃からだったと言われている。
中学卒業後は地元の暴走族グループ、わたし自身もよく知っている(スペクター)に入り、『総長』にまで登り詰めている。
暴走族のメンバーが全てそうであるとは言わないが、暴力団との繋がり深いのは今も昔も変わらない。彼もまた20歳を契機に暴力団に所属し、覚醒剤に手を染める事となっていった。
裕福な子ども時代に『良い子』として育った人格ほど、耐性に乏しく急激な環境変化について行けず、哀れな末路を辿るケースが目立つ。
刑務所で刑期を終えた元犯罪者の罪がそれで全て消える訳ではなく、前科者として社会から孤立し、行き場所を失った受刑者を受け入れる現代社会の在り方も問われる所ではあるが、このように無差別殺人が繰り返される中で、同じ惨劇が繰り返されない為にも、社会全体が支え合い前科者の社会復帰をフォローする体制作りが必要であると思えるのだが。
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