菊地容疑者の愛と葛藤の日々。
平田信容疑者が自ら出頭し逮捕されてから半年余り、『走る爆弾娘』と呼ばれ、オウム真理教の女性信者の中では、最も行動的だった菊地直子容疑者が逮捕された。
今回の逮捕も平田容疑者の時と同じで、警察が自力で逮捕に至った訳ではなく、一般人?からの情報提供によるものであったが、有力情報の提供者に支払う懸賞金が1000万円へと引き上げられた効果もあったのではないかとの憶測も流れている。
17年間の逃亡生活が如何に過酷なものであったかを写真が如実に物語っている。17年前の顔と逮捕された現在の顔とでは全くの別人としか思えないが、この情報を提供した人物はもしかすると、オウム真理教に熟知していたか、或いは元オウム信者の可能性も捨て切れない。
犯罪の陰に女あり…と言われるように、彼女の場合は常に男の影が付き纏っていたようである。17年という長い年月を逃亡に費やすには、女一人ではそうそう耐え続けられるものではない。
逃亡から逮捕時に至る間、各地を転々としながらも関東圏から出ていない事から、人との関わりに関心を示さない都会の環境が身を潜めるには都合が良かったのであろう。
逮捕時に潜伏していた住居は相模原市にある古びた木造住宅で、建設会社の資材置き場を兼ねていた場所であったが、生活感を全く残こす事もなくそれは逃亡者の宿命とも言える、亡霊のような生活を送っていたものと思われるが、その一方では『櫻井千鶴子(さくらい・ちづこ)』の偽名で介護ヘルパー2級の資格を取り、週に数回ヘルパーの仕事をしていた事から、社会との接点を全く遮断した生活ではなかったようである。
この偽名については、平田信容疑者を匿って逮捕された元信者の斎藤明美被告が使っていた『吉川祥子(よしかわ・しょうこ)』の時と同様に、麻原彰晃の本名『松本智津夫(まつもと・ちづお)』を連想させるとの向きがあり、「信仰心はない」と供述しているが、いまだにマインド・コントロールが抜け切っていないのではという疑問が生じて来るのも確かである。
犯人蔵匿の容疑で逮捕された『高橋寛人』については、潜伏先の住居から菊地容疑者と2人で撮影したウェディングドレス姿の写真も発見されている事から、2人は事実婚であったことも判明しており、高橋容疑者の存在が菊地自身にとって大きな支えになっていたものと思われる。
彼女が高橋寛人容疑者と知り合ったのは7年前の2005年であった。当時の菊地容疑者は川崎市幸区のマンションで高橋克也容疑者と住んでいたが、その一年後には東京都町田市のアパートで同棲生活を始めていた。
そして、その時から菊地容疑者の愛と葛藤の日々が始まったのである。「結婚して欲しい…」その言葉に彼女は大きく動揺したに違いない。
自分の身分と罪を全て打明せば、この人は結婚を諦めてくれるだろうと思っていた。然し、男の手から渡された物は幸福の輝きに満ちた結婚指輪だった。
わたしのような犯罪者が結婚なんて…幸せになってはいけないしなれる訳もない事を彼女自身が一番分かっていたのである。
男は彼女の罪も全て受け入れ愛そうとした…愛は許容であると言われる所以であるが、彼もまた罪人になる事を自ら選択したのである。
約6年に及ぶ事実上の結婚生活は、菊地容疑者にひと時の幸福感を齎してくれたのだろうか?普通の女である事を捨てつつも、男に縋りついてしまう自分の性に苛まされながら、果てしなく続く逃亡生活にピリオドを打ちたいと心の何処かで願っていたに違いない。
菊地容疑者の逮捕を知り、慌てて行方を晦ました高橋克也容疑者が逮捕されるのも時間の問題であるが、これでオウム関連の事件が終わった訳ではなく、今、まさにこれから地下鉄サリン事件の全容解明に向けて時代が動き出したと言えるのではないだろうか。
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