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「全ての道はローマに通ず」 の格言を聞いて よほどローマという国は、大きい 大きな大陸の中心にある大国なのかと 思ってたけど …端っこで小さくない? あれ?ローマって こんなに小さい国だったの?! それとも この地図が間違ってますか?

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補足

今の日本と、繁栄期のローマって どっちが大きかったですか?

世界史 | 一般教養40閲覧xmlns="http://www.w3.org/2000/svg">25

回答(3件)

この地図は都市国家ローマ時代のものではないですか? 「ローマは1日にして成らず」 という有名な格言がありますが、巨大帝国のローマもそのはじまりは小さな都市国家ローマ。一歩一歩、時間をかけて大帝国になったということから、一気呵成に大事は成せないという例えに使われます。 ローマ帝国は最盛期は現在のドイツや東欧を除く全ヨーロッパ、地中海対岸の北アフリカ、地中海沿岸の西アジアに領域を広げる大帝国です。 ドイツ(ゲルマニア)だけローマ帝国の領域外でしたが、彼らは4世紀に大挙してローマ帝国の領域内になだれ込みます。 そういう意味ではドイツもローマ帝国の影響を強く受けることになりました。

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この場合の「全ての道」とは当然、現代のものではありません。 ローマとは歴史上ではじめて道路というものの重要性に気付き、ローマを起点に各地に通じる道路を整備したことがその勢力拡大の大きな要因となった国と言えます。 古代ローマ帝国の時代は紀元476年までだそうですが、その頃の「世界」は今よりもずっと狭かったのです。ちなみにその当時日本はまだ倭国の古墳時代ですね。

その画像は現在のイタリア共和国内の行政管区としての「ローマ」かと思います。 「全ての道はローマに通ず」 というのは、1世紀に成立したローマ帝国内の首都「ローマ」に、当時のヨーロッパ世界の街道が全て集約されていたという歴史的事実から生まれた、結局は全ての物事は1つのことに集約されるという意味の格言です。 当時は今のように大陸の形がわかっておらず、電子機器も車もありませんので隣接していない地域とは外交関係がありませんでした。 そのため、ヨーロッパの人々から見ればヨーロッパのみが世界であり、その大半を領有していたローマ帝国の首都へはあらゆる道が続いているだろうということです。 勿論ローマ帝国は現代の日本より遥かに巨大な帝国でした。 (画像はWikipediaから引用)

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