H,E.Dr. Mahathir
『月刊日本』2017年9月号
マハティール・モハマド×稲村公望「戦争は解決策にならない」
マハティール氏は、1981年から2003年までの22年間にわたりマレーシア首相を務め、同国の国際的な地位を飛躍的に上昇させた。今年設立50周年を迎えた東南アジア諸国連合(ASEAN)の拡大に力を尽くすとともに、東アジアの団結を訴えてきた。首相引退後も国内外で活発な発言を続けている。アメリカの衰退、中国の台頭、朝鮮半島情勢の緊迫化の中で、日本外交はどうあるべきなのか。6月上旬、来日中のマハティール氏に聞いた。
戦争は問題の解決にならない
稲村 南シナ海などでの中国の活動が活発になっています。これに対して、2013年には、フィリピンのアキノ前政権が、南シナ海における中国の主張や行動は国連海洋法条約違反だとしてオランダ・ハーグの仲裁裁判所に提訴しました。仲裁裁判所は2016年7月、中国が設定した「九段線」には「法的根拠はない」と認定する裁定を公表しました。
マハティール 仲裁裁判所への提訴というフィリピンのやり方は、適当ではありませんでした。中国と同じテーブルに座って交渉をすることが大切です。マレーシアの場合も、南シナ海のスプラトリー諸島の領有権を主張しています。我々は、中国とテーブルにつき、中国の補給線を侵す意図はないことを彼らに説得することが重要です。
稲村 1967年に東南アジア諸国連合(ASEAN)が創設された背景にも、中国の台頭がありました。マレーシアの国境でも中国共産党の活動がありました。
マハティール ASEANが創設された時代と現在とでは状況が違います。当時、中国は単なる発展途上国の一つでしたが、現在中国はアメリカに次ぐ経済大国となりました。人口は、なんと14億人にも達しています。さらに中国は軍事的にもアメリカに対抗するような力を持っています。
東南アジアは、中国と2000年の付き合いがあります。しかし、我々は中国に支配されたことはありません。ところがいま、中国は途方もなく強大化し、アジア各国はそれを不安に思っています。この地域に巨大な軍事力は必要ありません。アメリカが軍艦を派遣しても、問題の解決にはなりません。
好むと好まざるとにかかわらず、中国とアメリカ、日本との対立は拡大していくでしょう。そうなれば、中国との間で紛争が起きる可能性があります。それは大きな戦争につながりかねません。つまり、戦争は解決策にはならないということです。対話によって、対立を抑制するしかありません。
経済協定などに中国を関与させることが重要です。それが、中国が軍備の増強や政治支配の強化よりも、経済に目を向けさせることにもつながります。
核戦争が起きれば、全世界が被害を受ける
稲村 現在、核・ミサイルの開発を推進する北朝鮮とアメリカの緊張が高まっています。かつて、36年にわたって朝鮮半島を統治した日本は、アメリカと北朝鮮が対話のテーブルに着くことを後押しすべきではないでしょうか。日本は、東アジアの平和と安定のために指導力を発揮すべきだと思います。
マハティール 日本と朝鮮半島との間には、長い付き合いがあります。現在、北朝鮮の核・ミサイル開発が問題になっていますが、経済制裁や軍艦の派遣で問題は解決しません。外交努力なしには、平和は達成されないのです。日本は、軍事的な手段によらず、国際紛争を解決するために指導力を発揮すべきです。
稲村 アメリカは北朝鮮に対する経済制裁を強めていますが、歴史を見ても、経済制裁によって問題が解決されたことはありません。かつての対日石油禁輸も、結局日本を戦争に追いやっただけでした。北朝鮮は、自らの生き残りのために必死のように見えます。
マハティール 北朝鮮は、核戦争でも通常戦争でも問題は解決しないことを、きちんと理解すべきです。いま核戦争が起きれば、その被害の大きさは広島と長崎の原爆の比ではありません。全世界に放射能が広がり、全世界が被害を受けることになります。通常兵器による戦争でも大被害になります。もはや戦争を起こしてはならないということです。
監視カメラを増やしてもテロは防げない
稲村 テロの問題も、世界の平和と安定にとって脅威です。
マハティール マンチェスター、ロンドン、パリなど各地でテロリズムが発生しています。これに対してヨーロッパの人々の怒りが高まっており、彼らはセキュリティー対策を強化してテロと戦おうとしています。しかし、それでは問題を根本的に解決することはできません。
マレーシアにはテロに勝利した経験があります。テロリストに対する心理作戦を展開したのです。テロを支持している国民の心を得るために努力したのです。銃や監視カメラを増やしたところで、テロをなくすことはできません。テロを起こそうと考える人の心を変えるしかありません。
普通の人間が次々に自爆テロを行っています。攻撃を受けた人々は、怒りと不満を溜めています。怒りの連鎖を断ち切らなければなりません。忘れてはならないのは、イラク、イエメン、シリアに対する空爆によって、テロによるよりも多くの命が奪われたという事実です。
イスラエルとパレスチナの問題も解決されていません。この問題において、日本は一方の肩を持つべきではありません。日本は双方に対してテーブルに着いて対話させることに努力すべきです。
稲村 2年前の本誌インタビューにおいて、あなたは「TPP(環太平洋パートナーシップ協定)はマレーシアの『大安売り』になる」と、明確にTPPに反対しました。アジアの哲人政治家としての叡智を感じるコメントでした。そして、幸運なことにトランプ政権が誕生し、TPPからの離脱を決定しました。
マハティール 多国間の経済協定という考え方自体は悪くありません。しかし、TPPは、強者による一方的な枠組みでした。政府を訴えて巨額の賠償を得るという権限を、多国籍企業に、一方的に与えたことが問題でした。多国籍企業が各国の政府の上位に立ってしまうということです。
TPPには米国や多国籍企業に有利な内容が盛り込まれていました。アメリカが離脱した今、TPPの問題点が改善できれば、中国がそれに加わる可能性も出てくるでしょう。
貿易をめぐっては、各国がそれぞれに独自の問題を抱えています。したがって、貿易交渉においては、相互に相手を尊重する必要があります。
稲村 国家指導者として、あなたはどのような信念を持って、国家の発展に取り組んできたのでしょうか。
マハティール 人間の力も含め、国が持っている資源をどう効果的に使うかが重要です。だからこそ、私は1981年に首相に就任するとすぐに、イギリス一辺倒の外交路線を転換し、「ルックイースト(東方を見よ!)」政策を打ち出し、日本や韓国などの東アジア諸国から、労働倫理や経営手法などを学び、マレーシアの発展に役立てようとしたのです。
(構成 坪内隆彦)
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