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Winner and Loser

 

数年前に書いた。ご参考まで。米国大統領の来日を控えてつらつら思うことのひとこまである。

歴史は常に勝者のものである。勝者は歴史を独占し、敗者を歴史の表舞台から葬り去る。敗者には汚名が着せられ、後世の人間は歴史を築いてきた勝者に感情移入をする。

 ヴァルター・ベンヤミンが『歴史哲学テーゼ』で提示したこのテーゼは、現在においても有効である。今日世界を席巻する歴史観や価値観は、西洋中心、とかくアメリカ中心のものである。

第二次世界大戦に勝利したアメリカは、日本を間接統治し、彼らの歴史観に基づき東京裁判を断行した。それは現在に至るまで、沖縄の米軍基地という形で、あるいは東京裁判史観という形で日本に根付いている。両者に対し、日本国内からは反発の声も聞かれるようにはなったが、世界で支配的なのは、依然としてアングロ・サクソン史観であることは否定できない。

 それに対して、わが日本国固有の歴史観は、勝者の歴史観を拒絶するという特徴を持つ。例えば、南北朝の動乱を描写した『太平記』は、確かに勝者である北朝の立場から書かれているが、その目的は敗者である南朝の鎮魂にある。あるいは『平家物語』にも、敗者として滅んでいった諸霊を慰めようとする意図が込められている。

 このように、敗者をも慰霊する歴史観というものは、日本特有のものである。アメリカが敗者の歴史を見直す時、それはすなわち、彼ら自身が敗者に陥り、国際法廷で裁かれる危険を感じた時である。そして、ここ最近になって、それが現実のものとなりつつある。

 

■ライシャワーの日本観

 それを表すものとして、2009年11月に出版された『ライシャワーの昭和史』(原題:Edwin O. Reischauer and the American Discovery of Japan)が挙げられよう。アメリカではここ最近になって、親日派と目された、故エドウィン・ライシャワー、ハーバード大学教授の見直しが始まっている。それは、リーマンショックによる多くの銀行の倒産、ブッシュ政権に始まるイラク・アフガン問題、そしてブッシュ政権の負の遺産を解決できないオバマ政権への失望感に起因する。

ライシャワーは1910年に東京白金の明治学院内に生まれ、十六歳まで日本で育った。そのため、日本文化に通じており、ハーバード大学で、東アジア研究を開始している。

1945年、第二次世界大戦が終わり、情報将校としての任務を終えると直ちに、ライシャワーは『日本―過去と現在』と題する冊子を出版した。これは、アメリカを席巻していた日本人観、憎悪や人種差別のこめられた「ジャップ」という観点とは無縁な、当時としては驚くべき日本観であった。

彼は日米関係から、「勝者」対「敗者」という占領時代のメンタリティーを取り除き、一段と対等性を高め、相互に尊敬し合う関係へと変容させようと努力した。顕著となったのは、1961年にケネディ大統領により駐日アメリカ大使に任命された時である。大使として、沖縄の施政権の返還に向けて行動を起こし、アメリカの東アジア政策を意のままにしていた軍政の絶対的支配を終わらせ、日韓の外交関係の全面的な復活へといたる交渉を陰で助け、対大陸中国政策の現実的な対応の重要性を訴えていた。

80年代、日本の製造業がアメリカの覇権を揺るがす規模に成長すると、日本は異質な存在であるとする論者から、日本の民主主義と資本主義は米国のそれと同質であると主張していたライシャワーに対して、批判と攻撃が向けられた。そうしたリビジョニスト(修正主義者)に対しても、自らの立場を崩さず激しく対決している。

 

■リアリズムの限界

 確かに、ライシャワーが日米の対等な関係を志向した背景には、冷静構造があり、アメリカとソ連によって世界が二極に分断されていた当時、日本を味方陣営に引き入れる事が国益に適っていた。池田・ケネディ会談では、対等なパートナーシップの表現が頻発する。ライシャワー大使の進言の成果であろう。日本を単なる浮沈空母と見る同盟論ではない。

 リアリストと称する人間たちは、所詮国際政治はバランスオブパワーで動くものとして、ミルトン・フリードマンのカルトの市場原理主義同様に、国家の力を数値化して分析する。それが今回の沖縄基地米軍問題において、「抑止力」の問題として表出した。しかし、その発想は実に素朴である。たとえ「抑止力」が同等であろうと、軍人と国民の士気により「抑止力」は大いに左右されるものである。沖縄と徳之島の住民の敵意に囲まれた「抑止力」がまともに機能するはずもない。それはライシャワー大使の認識でもあった。

 

 もし日本の市民が戦争に引きずりこまれることに抵抗したなら、在日米軍基地はいかなる戦闘の勃発においても自由に使えなくなるだろう。…日米安保条約の有効性は、最終的には、日本国民の圧倒的過半数の支持を獲得し、それを維持することにかかっていた。

                           ――『ライシャワーの昭和史』

 

 リアリストと称する人間たちには、生身の人間の重要性が見えていない。

 

■沖縄米軍基地問題は終わっていない

 領土というものは、基本的に戦争の結果やり取りされるものである。戦争なしでそれを行うというのであれば、日米双方にリスクがある。アメリカにとっては、アメリカ国民の世論、あるいは利権の問題として。日本にとっては、在日米軍撤退後の軍事力の空隙をいかにして埋めるか、という問題として現出するが、今回の沖縄米軍基地問題において、中国の脅威に対応するための「抑止力」という理屈を盾に、米軍基地存続を訴えた論者たちが、独立国家日本としての国軍の有り様、又、自衛隊について語ることは皆無であった。

 ライシャワーも冷戦時代という時代的制約により、沖縄米軍基地と自衛隊の関係について論ずることはなかった。しかし、もし先生がご存命であればの仮定で『ライシャワーの昭和史』の著者、ジョージ・R・パッカード氏はこう論じる。

 

 沖縄から米軍の大半を撤退させ、陸上と海軍基地を日本の自衛隊と共同使用することを、提案するだろう。ワシントンが米軍のサイパンへの移設経費の負担を日本に要求していることを知れば、お国の恥として、困惑するだろう。普天間飛行場を閉鎖し、航空兵力を嘉手納基地へ移すことを支持し、北朝鮮のあらゆる攻撃可能性を、アメリカの空軍・海軍力を頼りにして抑止するとするだろう。

 

 これはライシャワーの名を借りた、パッカード氏の意見であるが、興味深い。詳細は、著書本文を参照されたいが、現在のアメリカの中にも、日本の独立を望む論者たちはいる。

衛星国であることをやめて、自立・自尊の日本を求め、対等な日米関係を求めるためには、「抑止力」という言葉で思考停止するのではなく、日本国家は日本国民の手で守るという異質ではない当然の原則を思い出し、自衛隊という選択肢を取るべきであったのだ。

 

■対米自立に向けて

日本がバブルに踊り狂っていた時代は、日本からアクションを起こさずとも、その経済力の故にアメリカは日本に関心を持たざるを得なかった。しかし、バブル崩壊後はそうではない。現在のアメリカは日本に対する関心を失い、それは中国に向かいつつある。

実際、経済的には中米同盟が成立していると言っても過言ではない。米国の国務省には、もはや日本専門家はいない。長官を含めて、ほぼ全員が、共産中国シンパである。

バブル崩壊後、日本側で、米国が関心を持つよう働きかけてきただろうか。アメリカの知日派に対して何らかのアクションを起こして来ただろうか。残念ながら、無作為に陥っていた。それは、日本にアメリカ専門家と言える知識人が払底して、アメリカの反日派の言うことをハイハイと、パブロフの犬の如く聞き入れる者が、政財官とマスコミを覆った。

 アメリカは日本における親米派を増加させる策として、奨学金制度という形の国家的戦略をとった。フルブライト奨学金制度でアメリカに留学した人間で、アメリカに対して異論を唱える者はない。竹中平蔵氏のように、米国の一部の資本家の手先か、走り使いになった者すらいる。ライシャワー先生のように、日本で生まれ育った人間、あるいは一定の期間日本にいた経験を持つ人間は、親日とまではいかなくとも、知日アメリカ人になれる。

アメリカ合衆国は決して一枚岩ではない。それはGHQの占領統治の見ても明らかである。自立・自尊の日本を求めて、アメリカの知日派に働きかける、日本の国体の本質について理解する知日派の人士を確保することが喫緊の課題で、そのために、国策として、アメリカ合衆国研究所を創設することを提案したい。そして、日本が自立・自尊を認める方が、米国の長期利益に適うことが、歴史の教訓であることを認識させる活動を展開すべきだ。

***

 『ライシャワーの昭和史』の英文版の表紙に、円仁・慈覚大師の労苦を想像させる「堅忍」と草書体の文字がすかしではいる。主従関係のような日米同盟はもはや機能しない。対等な日米同盟を「堅忍」不抜の精神で再構築すべきだ。ライシャワーの教訓を生かせ。

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