水の音、無形の雫

アニメやゲームのレビュー、日常の様々な事象に関する考察など。C86・3日目東P21a

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Another~絶対笑ってはいけない三年三組~   2012.02.03

テーマ:アニメ・感想 - ジャンル:アニメ・コミック Tag [Another]

 榊原恒一が夜見山北中学の三年三組に転校して来たのはほんの数週間前のことだ。最初はクラスに漂う独特の雰囲気に戸惑いもしたが、このクラスを支配する『あるルール』を聞かされてからは、クラスメイトとも徐々に打ち解けつつあった。
 そう、この三年三組にはルールがある。

 二六年前、三年三組のある生徒が凄惨な死を遂げた。その生徒は非常に人気者で、級友たちは皆一様に彼の死を惜しんだ。そして、一人の生徒の提案によって、彼を『そこにいるもの』として扱うようになった。皆が皆、あたかも彼が生きているかのように振舞った。
 その年は、それでよかったのかもしれない。問題はその後だった。
 級友たちによって『召喚』された彼の魂は、その後も教室に残り続けたのだ。
 そう、二六年経った今も尚……

 恒一が聞かされたのはそんな話だった。最初はよくある怪談話だとも思ったのだが、どうも勝手が違うらしい。曰く、二六年間のあいだ、三年三組では不可解な現象が頻繁に起こっているとのこと。そしてその不可解な現象が、何より恒一自身にも降りかかったことがあるのだから、もはや信じる信じないではなく『事実』なのだと認識するより他ない。
 そして、そんな三年三組で伝統的に受け継がれているルール。それは、二六年前に現れた『彼』の居場所を確保するため、『一人の人間を“いないもの”として扱わなければならない』というものだった。
 つまり、クラスの人間を一人分『空席』にすることによって、クラス内での招かれざる客である『彼』の存在を中和しようというのだ。

 そうして今年も、一人の少女が『いないもの』として扱われることになった。
 少女の名は見崎鳴。無表情で、心なしか暗い雰囲気を纏っている。
 なぜ彼女が選ばれたのかは聞かされていないが、病気なのか怪我なのか、常時眼帯を着用しているというだけでも気になる存在であるのに加えて、よく見れば結構な美少女なので、同居人である叔母のパンツの匂いを毎晩嗅いでいるような思春期真っ盛りの恒一にとって、彼女を『いないもの』とするのはなかなかに難しい話であった。
 否、恒一だけではない。クラスのほとんどの者が、見崎鳴という存在を無視し切れなくなっていた。それは――


 一時間目の化学の授業は何とか耐えることができた。これは行幸と言ってもいいかもしれない。
 恒一は時計に目をやり、遅々として進まない時計の針を恨めしく思った。二時間目の授業が始まってからまだ十分しか経っていないにも関わらず、もう既に絶望的な気持ちに支配されつつあるのだからどうしようもない。
(頼むから僕の前には来ないでくれよ……)
そう思いながら、つまらない数学の講釈を垂れる教師の言葉をいつになく真剣に聞いていた。授業の方に意識を集中させずにはいられない何かがその教室にはあった。
「ろくーでーなしーウィッ」
 そう、二六年前の呪いを鎮めるため、『いないもの』としなければならない少女、見崎鳴が、『ろくでなし』を歌いながら教室内を行きつ戻りつしているのだ。しかも、鼻に詰めたピーナッツを勢い良く飛ばしながら。
 なんとも古典的な芸であるが、それだけに破壊力は絶大だった。それを行なっているのが、無表情であり、しかもよく見れば結構な美少女なのだからギャップも手伝って尚更威力を高めている。
(まさか一時間目と全く同じネタを被せてくるとは……)
 以前に同じようなことが『始まった』際には――クラスメイトによると、見崎鳴という少女は時々思い出したようにこういう事を『始める』のだそうだ――授業ごとに趣向を変えてきたのだが、今回はもしかしたら一日中同じネタをやり続けるのかもしれない。そうなったら悲惨だ。この手のネタはやり続けることによって徐々にその威力が増していく。
 確かに、芸の内容だけを見れば、ヴァンダレイ・シウバの入場曲に合わせて全身タイツ姿で登場し戦国武将モノマネ一五〇連発を敢行していった時に比べたらインパクトは弱いかもしれない。しかし、いや、それ故にというべきか、美少女が鼻からピーナッツを飛ばす光景は、シンプルながらも見る者の琴線に触れる何かがあった。
 何年か前のM-1グランプリという番組でテツandトモというコンビが出場した際、彼らの歌ネタを見た審査員の松本人志が「これを四、五〇分やられたらごっつおもろなると思う」と評していたが、お笑い以外においても、例えば何度も聴いている内に良さが分かってくる『スルメ曲』と呼ばれるような音楽があったり、アニメなどで最初はウザいと思いつつも繰り返し見ている内に可愛く見えてくるキャラがいたりなどは、よくあることだろう。
 見崎鳴はそれを狙っているのではないか。そう考えていたのは恒一だけではなかったようで、何人かのクラスメイトはヒソヒソと「このままいくとヤバくない?」などと話したりもしている。
「ろくーでーなしーウィッ」
 そうこう考えている間にも声は徐々に恒一に近付いてきている。非常にまずい状況だ。自分の目の前であれをやられたら、もう耐え切れる自信がない。
 しかし、もうあと少しで自分の前に来るというところで、声の主は右へターンする。
(よかった、こっちには来ないみたいだ。いや、まだ到底油断は出来ないか)
 彼女、見崎鳴の徘徊ルートに一定の法則性はない。少なくとも、恒一にはそう見えていた。だからこそ、質が悪い。いつ自分の目の前にやって来るか見当もつかないのだ。
(だいたい、なぜあんな子を『担当』にしてしまったんだ。これじゃあいくら命があっても足りないよ)
 彼女が選ばれた経緯を恒一は聞いていないが、クラスメイトたちは決まって「あんな芸人気質だとは思わなかった」だの「榊原君が転校してくる前よりもヨゴレっぷりが酷くなっている」だの言っていたので、当のクラスメイトたちもこのような事態になろうとは予想していなかったのだろう。
 とにかく、なってしまったものは仕方がない。今はまず耐えるしかない。そう決意を新たにし、視線のすべてを黒板に集中し、聴覚のすべてを教師の言葉に集中する。今はまだ、これしか対策が思い浮かばないのだから。


 二時間目も何とか耐え抜くことが出来た。他のクラスメイトも同様で、今のところ『脱落者』は一人も出ていなかった。曰く「見崎鳴のネタは『始まる』度にクオリティが上がっている」とのことなのだが、しかしそれはクラスメイトたちにも言える。笑いに対する耐性が付きつつあるのだ。故に、最近では膠着状態のまま午前中を終えることもしばしばらしい。
 中休みになると見崎鳴はいつも一人でどこかへ消えていた。理由は知る由もないが、次のネタを仕込んでいるというのが大方の予想で、それは恐らく正しいのだろう。そのことを皆分かっているため、休み時間であっても教室内の空気は重く、会話をしている者も少ない。
 と、いよいよ三時間目の授業開始を告げるチャイムが鳴った。この三年三組の生徒たちにとっては、悪魔の産声にも等しい恐怖のメロディだ。
 見崎鳴はまだ現れていなかった。以前にも授業が始まって十分ほど経ってから現れ、入念な準備に基づき黒柳徹子とレディー・ガガを一人二役で演じるというコントを成功させたのだから、全くもって油断は出来ない。
(今度は一体何をするつもりだ?そして僕はどう対策すればいい?)
 考えてみたところで答えなど出ようはずもない。そして、結局何も思いつかないままその時がやってくる。
 現代文の教師がスリランカで黒鉛の採掘を行なっている男性の話を始めた時、ガラガラッと扉の開く音が聞こえた。ヤツが入ってきたのだ。
 さて、どうしようか。一切顔を上げずに教科書を睨み続け、ひたすらにスリランカのボガラ鉱山で黒鉛の採掘を行ない七人家族を養っている男性のエピソードを読みふける、という作戦はどうだろう。そう思った矢先。
「ろくーでーなしーウィッ」
 まただ、やはり被せてきた。今日一日ずっと同じネタを繰り返すことで、反復による可笑しみを生み出そうとしている。
 で、あれば、もしかしたら自分にも既に『耐性』が出来ているかもしれない。何せ一時間目、二時間目と耐え抜いたのだ。少し見るぐらいなら平気なはずだ。
 恒一は自分を過信していたのかもしれない。あるいは、自分の中に眠る好奇心に抗えなかったのかもしれない。
 彼女に目を向けてしまった。そして、見てしまった。
 見て、しまった。
 気づいて、しまった。
 病気なのか怪我なのかは分からないが、彼女はいつも『眼帯』を着用している。
 その眼帯に、描いてあったのだ。
 無駄にリアルな『目』が。
「グ……ッ!」
 思わず吹き出しそうになるのを口の中に拳を突っ込んで――級友の敕使河原に教えてもらった緊急時の手段だ――なんとか抑える。
 駄目だ、やはり見てはいけなかった。一、二時間目に全く同じネタをすることで油断させ、その次に細部を微妙に変えてくる。気づいた者だけが『ツボ』を押されるというテクニックだ。
(遅れてやって来たのは絵を描いていたからなのか!)
 恒一は激しく後悔した。よくギャグアニメなどで、授業中に寝ているのを誤魔化すためにまぶたに目を描くというシーンがあるが、それと同じような古典的な手段だ。古典的なだけに、現代を生きる若者である恒一には予測も難しく、また効果は大きい。
 他のクラスメイトたちも何人か気付いたようで、肩を震わせている者も少なくない。だがこれでもまだ、誰一人として見崎鳴を『いるもの』にはしなかったあたり、相当に訓練されているのだとも言える。


 結果として、三時間目も脱落者はゼロだった。見崎鳴はまだ『いないもの』のままだ。
 中休み、教室では『対策係』の赤沢泉美が声を上げていた。対策係とはその名の通り、見崎鳴のネタを解析し、対抗策を考案する係だ。
「今回は同じネタの反復による笑いの増幅、それに加えて細部を微妙に変えてくることによるギャップの演出がポイントのようね。それならばまだ対策は出来るわ」
 赤沢の考案した対策はこうだ。ネタの反復自体は時間が経てば慣れが出てくるので、今のこのクラスの耐性レベルであれば凌げるだろう。問題は相手が『細部を変えて』くることであるが、それに対しては出来る限り視界を広くもって『細部を見ない』ようにすればよい。『見ないようにする』のではなく、あえて視界に入れる。木を見ずに森を見てしまえば細部は気にならない、というわけだ。
「恐らく相手は『気づいた際の面白み』を最大限発揮させるため、ほんの僅かな変化に留めるはず。だから、注視しない限りはこちらも気づかずに済むはずだ」
 とは、クラス委員である風見智彦の言だ。
 恒一もそんな彼らの話を聞きながら、視界を広く保つために意識を集中させていた。
 と、四時間目のチャイムが鳴り、英語の教師に少し遅れてヤツが入って来た。
「ろくーでーなしーウィッ」
 やはり同じだ。ここまでの読みは正しい。問題はここからどう変化を付けてくるのか、あるいは何も変化しないのか。
(視界を広く、彼女の存在をこの教室と同化させるんだ)
 赤沢が示した対策に従い、目を見開く。
 その時、クラスの空気が僅かに変わった。もちろん悪い方向に、だ。
『眼帯』の時とは比較にならない数の生徒が肩を震わせている。中には早くも拳を口に突っ込む者もいる。
 そして恒一も気づいてしまった。
『色』が変わっている。
(グリンピースだ!ピーナッツからグリンピースに変わっている!)
 ネタの中で変化する部位を細部であると見極め、視野を広げることで細部を視界に入れまいとする対策は、確かに正しかった。正しかったのだが、人間の視覚にとって『色』の変化は最も気づきやすいものの一つだ。
 見崎鳴という少女は一枚上手だった。恐らくこの対策を読んでいたのだろう。
 しかも、プレーンだったピーナッツとは違い、今回使用しているグリンピースは塩をまぶしたおつまみ用のものらしく、その塩のせいだろう、若干鼻をムズムズさせているではないか。
「ろくーでーなしーウィッ」
 無表情でありながら微妙に鼻をムズムズさせつつグリンピースを飛ばす美少女。このような光景は恐らく人生でも一度あるかないかだろう。
(駄目だ。僕はもう駄目かもしれない。もう、諦めてしまおうか……)
 そんな最悪の思考が恒一の頭を過る。
 刹那。
「ブフォッ」
 一人の女生徒がついに吹き出してしまったようだ。
 思わず目をやってしまう。駄目だと思いながらも諦念に支配されつつある恒一はもはや反射的な視線の移動に抗えなかった。
 そして、見た。
 詰まっている。
 先程まで軽快に飛ばしていたグリンピースが、鼻に詰まっている。
 そこには、無表情な中にほんの、ほんの僅かな焦りを混ぜて「フンッフンッ」と繰り返している美少女の姿があった。
(そんな……ッ!彼女は、彼女は笑いの神まで味方に付けているというのかッ!)
 先刻の諦念とは打って変わって、今度は沸々とした怒りのような感情が恒一を襲っていた。
 そして、無情にもその時はやって来る。

 デデーン「桜木ー、アウトー」

 今この空間で最も聴きたくない効果音とともに、『脱落者』を告げるアナウンスが鳴り響く。
 次いで、どこからともなく現れた屈強な男たちが女子クラス委員、桜木ゆかりの元に集まり、強引に席を立たせると、その内の一人が手に持ったビニール傘を大きく振りかぶる。
 スパァンッ
 小気味良い音と共に「痛ァッ!」という桜木の悲鳴にも似たリアクションが教室に響き渡った。


 最初の犠牲者となったのは、クラス委員の桜木ゆかりだった。彼女はあまり派手なタイプではなく目立つ方ではないが、身体の一部に派手で目立つ箇所があるため、男子生徒からは密かに人気があった。本人がそのことを自覚しているのか否かは不明だが、思春期の少女が尻に傘を打ち込まれ、リアクションを強いられることに対する心の内は察するに余りある。
 だが、悲しんでばかりもいられない。なぜならまだ授業は続いており、四時間目の授業を終えると次は昼休み、すなわち『多くの者が牛乳を口に含む』時間がやってくる。
 それが終わると今度は午後の授業だ。こういう日に限って――いや、見崎鳴はもしかしたらこの日を狙っていたのかもしれない――午後には音楽の授業がある。
 音楽の授業では、リコーダーに息を吹きかけなければならない。つまり、常時息を吐き出しながら『吹かないように』耐えなければならないという苦行を強いられる。前回はこの音楽の授業でクラスの実に半分の者が犠牲になった。
 何事もなかったかのように淡々と続く英語の授業を受けながら、恒一はこの理不尽な状況に対する憤りと、これから先にやってくるであろう絶望への恐怖に身を硬くした。決して、巨乳の委員長がケツバット――実際には傘だが――される姿にグッと来たから『硬く』なったわけではない。
 何はともあれ、授業は続き、三年三組の生徒たちの忍耐の時間は続く。
 どんなことがあろうとも、見崎鳴という少女は『いないもの』として扱わなければならない。
 それがこの三年三組のルール。
 そして、ソレはもう既に『始まって』いる……





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