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泥臭いWEBの底から~WEBディレクター覚書~

WEBディレクターというのは何を考えておるのか。その一例。

ソーシャルなコミュニケーションを提供するwebサービスは「人と人とをいかにつなげるか?」というのが大切だ。その敷居をなるべく低くしているのが、たとえばTwitterなんかだろう。ユーザ同士のつながりやすさで言えば、敷居はほぼゼロだ。それはフレンド登録の手軽さもさることながら、サービスの内容自体にも現れている。
Mixiは相互承認が必要だが、そのために必要なアクションはたいした労力ではない。またコミュニティやら各種検索やらで、共通の話題がある人を見つけるのは簡単だ。プロフサービスだってそうだろう。
つまり、コミュニケーションを提供する場はたいてい、「どうやって人と人とをつなげるか」に力点が置かれている。

それはそれで間違っていない。というか、たぶん正しい。でも一方で、「人と人とをいかにしてつながらせないか?」という部分はもう少し考えられてもいいような気がする。つまり、ゲームじゃないがゲームバランス的な発想がもう少しあってもいいのではないか、と。

ゲームでは、ただ「いかに快適に遊ばせるか?」だけでなく、「どれだけ敵を強くするか?」「どれだけキャラに縛りを与えるか?」など、クリアのための障害についてもバランスが設けられる。そこもキチンと考えておかないと、難易度が低すぎて面白くなくなるからだ。かといって、むやみに難しくしすぎても面白さが限られてしまう。

ひるがえって現状のコミュニケーション提供系webサービスを見ると、現状では「つながりやすさ」と「つながりにくさ」のバランスが崩れているような気がする。やたらめったら簡単に「つながり」が持ててしまって、コミュニケーション可能になるまでの難易度が非常に低いのだ。そういうサービスのよさを否定する気は毛頭ないけれど、もう少しつながりにくさを意図的に演出したサービスがあってしかるべきじゃないだろうか。

たとえば、の話。
MMOライクなインターフェースでコミュニケーションツールを作る。
周囲は北極か南極のような、だだっぴろい真っ白な場所。なだらかな起伏がわずかにあるばかり。もういっそのこと、南極大陸でいい。
プレイヤーキャラのグラフィックは完美世界くらいあるといいけれど、まあそれは二の次。
アクセスすると誰もいない。美しい自キャラのグラフィック以外は、荒涼とした何もない空間。そこを、歩く。ひたすら歩く。現実の距離で1キロ10分くらいの速度で。もちろん、空は飛べないしどこかへテレポートも出来ない。

数時間ほど歩くと、特定の方角の空がわずかに色付いている。人だ。人の居る方向へ向かって歩くと、だんだん空の色が濃くなってくる。離れた方向へ向かうと空の色が薄くなっていく。延々と歩き続けると遠くに小さなシルエットが。シルエットは少しずつ大きくなっていく。やがてどんなグラフィックなのかが目視できるようになる。それでもさらに歩き続けて、原寸大で数メートルの距離に接近すると、やっとチャットが出来るようになる。
「こんにちは」
「こんにちは」
このとき交わされる挨拶が、現今の「簡単に人が見つかる、話しかけられる」といったサービスで交わされる挨拶に比べ、どれほど重みを持つか。

まあ思いつきなので、そんな暇を持て余してないとつきあいきれないようなサービスに没頭するユーザがそれほどいるとは思えないが、もし自分に実装できるだけの技術力があれば本当に造ってみたいと思っている。

【補記】
現状で、「つながること」と「つながらないこと」のバランスを最も真剣に真正面から考えているのは、いわゆる「出会いサイト」かもしれない。謳い文句では「出会いやすさ」「つながりやすさ」を唱えているにしても、実際には両者のバランスをどの程度にするか(あるいは、「つながらないこと」をいかに「つながりそう」に見せるか)といったあたりを、かなり一生懸命に考えているんじゃないだろうか。

あと、今のセカンドライフなら馬鹿みたいに広い土地を買って南極仕様にしておけば、擬似的に上記のような状態を実現できそう。一つのサーバに集まれるのは50人程度らしいので。
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