高校生の頃、私は人生で初めて霊体験をした。それからというもの、私はたまに見える霊なのか化け物なのかに怯えつつ、高校卒業と大学入学のイベントをこなし、充実したキャンパスライフを送っていた。比較的に穏やかだったと思う、大学2年生の夏に入るまでは。
245 :
本当にあった怖い名無し:2022/07/21(木) 23:36:50 ID:wZMfR2Mo0.net
「なーに寝てんの?!」
A先輩が後ろからBをシバく。鬼か。
でも地図持ちはBだけだったので、正直少し助かった。
「次の道は?」
「ってー・・・あー、こっち。」
左を示されたので、徐々に減速しながら左折する。
時間も時間だったのか、自分たちの他に走っている車はいなかった。
山道の夜は涼しく、窓を開けると虫の鳴き声に交じってカエルの声もよく聞こえた。
途中いろは坂の様な道をいくつか過ぎた時、ふとバックミラーを見ると、C先輩とDが少しうつむいてた。
街灯が少なかったのでよく見えなかったが、心なしか顔が青かったように思う。
「すみません、運転荒かったですか?」
「・・・」
「・・・ううん、でもちょっと気分が悪くて」
この車内で紅一点のDは返事ができるものの、思ったより辛そうだった。
そういえばC先輩は車に乗り込んだ時から、ずっと黙ったままだった。
声も出せない位にしんどかったのかと思い少し速度を落した。
「ハハッ、軟弱者め」
A先輩がやたら似ているミ●キーの口調でいう。もうこの人一人で行ったらいいのにと思った。
246 :
本当にあった怖い名無し:2022/07/21(木) 23:37:42 ID:wZMfR2Mo0.net
そうこうするうちに、Bから半分ぐらいまで来たと伝えられた。
相槌を打ちながら、ヘッドライトに照らされる前方に集中していると、脇の木立の陰に何かが見えた気がした。
「?」
違和感を覚えたが、すぐに後ろへと流れてしまったのと、Bから声をかけられたので意識の外に追いやってしまった。
「・・・謝ってもいい?」
Bの声に、少し想像ができた私は嫌な顔をした。
「道、間違えた」
「Hoooo!!」
「テンション上がりませんって・・・」
A先輩はそんな時でも絶好調だった。
でも少し車内の空気が和らいだのは間違いなかった。
「折り返すって言っても、途中方向転換できるところなかったしな・・」
「あれ、ほぼ直線じゃなかったか?どうやって迷った?」
A先輩の質問に、Bは申し訳なさそうにするも答えはでなかった。
その後のA先輩の「行けるとこまでいってみよう」という、まともな意見にだれからも反対意見は出なかった。
247 :
本当にあった怖い名無し:2022/07/21(木) 23:38:22 ID:wZMfR2Mo0.net
そこから5分程度走らせてみたが、分岐はおろか、切り返せる道にも出くわさなかった。
少し前から舗装されていた道は終わり、車一台がギリギリ通れるような酷道が続く。
全員の中でいよいよ迷ったという意識が強くなっていたと思う。
それと同時に、先ほど感じた違和感が強くなっている事に気が付いた。
悪路という事もありスピードは緩めていたので、その違和感の正体を確かめようと意識的に目を凝らす。
周囲の木に隠れるように立っている人影が見えた。
顔も性別もわからない、ただ黒い人の形をしているものが、木の陰に潜んでいる。
いや、正確には、木から生えていた。
右半身が木に埋まっているもの。頭だけ木から飛び出たもの。木に生えた足。
それぞれが、別々の形で木から生えていた。
月が雲に見え隠れしていて、しばらく電灯なんて見ていなかった。
ヘッドライトも古いレンタカーのそれなので、視界も良いわけではない。
にも拘わらず“黒い人影が木から生えている”と認識できた。
それにこの感覚には既視感があった。
初めて経験した時の様な、背中にねばつく汗が滲み出た気持ち悪さ。
鳥肌も止まらない。
出来の悪いコマ送りのように、黒い影が画像として視界に無理やり押し込まれているようだった。
ただ、その影は動いていなかった。
焦りつつも、自らの経験値から、画像の様に静止して見えるときには少なくとも自分には関心がない事を知っていたので、その時は少しだけ余裕があった。
その黒い影を何度何度も通り過ぎる。
でも途中で気が付いた。
通り過ぎるたびに、少しずつ、ソイツらの体の一部が車の進行方向に向けられてる。
248 :
本当にあった怖い名無し:2022/07/21(木) 23:43:13 ID:wZMfR2Mo0.net
気が付いた瞬間に少しパニックになっていたと思う。
一本道を走っているのに、ハンドルを力いっぱい握りしめていた。
「どうした、様子・・・おかしいぞ」
Bにそう言われるまで、じっと前だけを見て運転していた事に気が付かなかった。
黒い影を見ないように、運転に集中しすぎていたかもしれない。
手が少ししびれていた。
ただ何と答えていいのかわからなかった。
「えっ、あ、あっ」
自分でも動揺しているのが分かったが、必死に声を絞り出そうとした。
喉が痛いくらいに乾いていた。
しかし、次の瞬間。
「しゃべるな」
A先輩が遮るように、私に言い聞かせるように間に割って入った。
それと同時に後部座席の室内灯をつける。
「どうしたんですか?」
気が付いていない様子のDがバックミラーに見えた。
C先輩は先ほどと変わらない様子で、下を見てじっとしていた。
「前だけみて運転しろ、前だ。脇見するな。」
「Bも黙って前向け、余計なことは言うな」
鬼気迫る様子のA先輩の声が少し震えていた。
Bは不思議に思った様子だったが、自分の失敗の罪悪感からか、とりあえずはA先輩に従うらしく、前に向き直った。
249 :
本当にあった怖い名無し:2022/07/21(木) 23:43:51 ID:wZMfR2Mo0.net
Dも事態を掴めていないながらも、とりあえず黙っている事にしたようだった。
しかし、その頃私には黒い影の姿が完全に見えるようになっていた。
どの影も、どんな形であろうと、体の一部は完全に地面と平行に前方に向いている。
心なしか数も増えているように思った。
そして、気が付いた。黒い影が笑っている。
実際に笑っているのが見えたわけではない、ただ、本当になんとなく、笑っているように感じた。
声は聞こえないが、顔がにやけているようなのだ。
きっと私は真っ青になっていたが、気が付いたであろうBは何も言わなかった。
車内は誰も何もしゃべらなかった。
そうやって、時間にして10分ぐらい?車を走らせると、オレンジ色のヘッドライトに小さな小屋が照らされた。
突然現れた建物に面くらうも、少しして車を完全に停止させた。
250 :
本当にあった怖い名無し:2022/07/21(木) 23:44:22 ID:wZMfR2Mo0.net
そこは人の手で整備されたであろう少し開けた広場だった。
中心には小さな休憩小屋があって、その横にはかすれて読めない看板らしきものが立てかけてあった。
正面にはガラス張りの引き戸があり、ヘッドライトに照らされると中には木製のテーブルと椅子が2組そろっているのが見えた。
ただ、荒らされていないだけで、廃墟も同然だった。
小屋の周りには雑草が生い茂っていて、長い間人の手が入っていなかった。
そこで道は行き止まりになっていた。
私はそれまで見えていた黒い影が、全く見えなくなっている事に気が付いた。
けれども鳥肌が止まらず、背中がずっとゾクゾクしていた。
「・・・なんだこれ?地図に載ってないぞ?」
Bは車内灯で地図を見るも、思い当たる場所が見つけられないのか
頭を掻きむしりながら、イライラした様子だった。
暫くは誰も車内から降りようとはしなかった。
251 :
本当にあった怖い名無し:2022/07/21(木) 23:44:51 ID:wZMfR2Mo0.net
私は完全に固まって身動き一つ取れずにいた。
車の外には何かが息づいている、そんな気がした。
車内でも決して安全ではないという確信があった。
「あれ、地図じゃないか?」
そのA先輩の声にハッと気が付き、指さされた方を見ると、確かに草木に囲まれてはいるが看板の様なものがあった。小屋から少し離れた位置にある。
昭和より古そうなレトロなタッチで描かれ、古びて色が変色したその看板は確かに案内図のように見えた。その看板だけ、周囲の雰囲気から浮いており、異質だった。
「ちょっと、見てくる」
A先輩がそう言ったので、私は思わず本気ですか?と尋ねた。
「そのまま来た道走ればいいじゃないですか」
「また迷う可能性がある。迷う余地のない道で迷ったんだ、闇雲に帰るのは避けたい」
A先輩の発言は確かにその通りだった。
252 :
本当にあった怖い名無し:2022/07/21(木) 23:45:19 ID:wZMfR2Mo0.net
そこで、私は車から降りるのも嫌だったが、Bに帰りの運転を代わって貰うように頼んだ。
Bは最初断ろうとしていたが、道中の私の様子を見ていたのを思い出したようで、
最後には代わって運転席に乗り込んでくれた。
A先輩が意を決したように車から降りた。
私も運転席から降りて、Bとすれ違いながら助手席へ乗り込もうとした。
その時に、ふと気が付いた。
あたりにはA先輩とB、それに自分の足音しか聞こえないはず。
だが、もう一つ足音があった。
「へっ?」
今思えばひどく間の抜けた声がでたと思う。
ただ、私の目の前にはA先輩の後ろについていくように、車から降りて歩き出すDの姿があった。
253 :
本当にあった怖い名無し:2022/07/21(木) 23:46:01 ID:wZMfR2Mo0.net
「D・・・?」
それに釣られてBがこちらを見る気配がした。
私はそれに構わず、Dの姿をジッと見つめたが、どこかDはふらふらと、頭を揺さぶりながら歩いているようだった。
「D?」
さっきより少し大きな声で呼んだ。
A先輩が振り返り、怪訝そうな顔でこちらを見た。
空気が止まった。
そういえば、少し前から虫の声が聞こえなくなっていた。
いつから?
Dが止まった。
ちょうど、A先輩と私たちとの間くらいで。
「いやあああぁぁぁぁああぁっあああっああっっ!」
Dが悲鳴を上げた。
254 :
本当にあった怖い名無し:2022/07/21(木) 23:46:35 ID:wZMfR2Mo0.net
ある一点を指さして固まるが、私からはギリギリDの横顔が見えるか見えないかの位置。
肩が強張っていたように見えたのが、とても印象に残っている。
そしてその悲鳴に貫かれたように、私の体がまた動かなくなった。
もう何度も怖い思いをしたが、この瞬間ほど恐怖を感じた時はなかった。
条件反射なのか、考える間もなく私の顔はDが指さしている方向に向いた。
そこにソレはいた。
いつの間にか少し開かれた小屋の引き戸、そこに細い指をかけてこちらに顔だけ出している何か。
白い顔。瞼がない。目はある。髪はない。大きく口角を上げながら、笑っている?
だが目は笑っていない。そんな顔が大人の膝の高さぐらいのところからこちらを見ていた。
何故か小屋の中は真っ暗で、顔だけが浮かんでいるように見えた。
<×××、×××?>
ソレが何かを言ったと思う、でも頭が理解できなかった。
音としても十分に聞き取れたのか定かではなかった。
ただ、口の動きから、“何かを言ったのではないか”とかろうじて判別できた。
255 :
本当にあった怖い名無し:2022/07/21(木) 23:47:08 ID:wZMfR2Mo0.net
死んだ、と思った。
頭は真っ白になって動けない。
Dは悲鳴を上げながら、腰を抜かしたのかその場にへたりこんだ。
立つ事もできないのか、地面がについた手が何かを掴もうとして空いたり開いたりしていた。
<×××、×××?>
ソレがゆっくりと小屋から出てきた。
視線はDに向けたまま、這うように。
4足歩行をしていたソレは、体が2メートルくらいだったと思う。
その歩き方も、人が無理に獣の様な姿で歩いているのが一番近く、不自然だった。
そして首が無いように見えた。まるで、頭が肩の中心にそのまま生えているかのようだった。
ソレはDから視線を切らずに、2歩3歩と進んだあと、その場で止まった。
<×××、×××?>
おそらく何度も同じ事を言っていたのだと思う。
Dはもう悲鳴も上げておらず、ただ硬直していた。
体が震えていたので、気絶してはいなかった。
256 :
本当にあった怖い名無し:2022/07/21(木) 23:47:40 ID:wZMfR2Mo0.net
「アハ」
ソレが言った。
明確にその音?言葉?だけは聞こえた。
その後の事は今でも信じられない。
気が狂って幻覚を見たといわれた方が、よっぽど説得力あると我ながら思う。
ソレの首が伸びたかに見えた。
しかし、首だと思ったそれは人の腕だった。
手がソレの頭を鷲掴みにしていて、首があるべき胴体部分の穴から、長い長い腕が伸びていた。
ニチャッっと音を立てて、腕が伸びていく。
その穴から黒い液体の様なものがしたたり落ちた。
腕が伸びた体の方は、カサカサと踊るように、四つ足で蠢いていた。
そのまま頭はDのすぐ近くまで来てもう一度「アハ」と笑った。
目じりが下がった、とても嫌な、気持ち悪い笑みだった。
257 :
本当にあった怖い名無し:2022/07/21(木) 23:48:11 ID:wZMfR2Mo0.net
「アヴァ」
笑ったままで、ゴポッと目と鼻と口から同じような黒い液体が出た。
そしてそのままDの足首に噛付き、引きずり始めた。
「――――!」
Dはもう声が出ていなかった。
抵抗するかのように、地面に爪を立てた。
爪痕を残しながら地面がえぐれて、それでも引きずられた。
私は何を見ているんだろうと思った。
なにもかも非現実的で、おそらく何かそういうモノを見られるようになったが、
何故ここまでの目に合わなきゃいけないのか。
それと同時に、何でDがこんな目に合っているんだという怒りの気持ちが湧いてきた。
そう思った瞬間、いつの間にか体が動く事に気が付いた。
そこからはDに向かって無我夢中で走り出した。
一歩一歩が重く、まるで夢の中で逃げたいのに早く走れないかのように感じた。
258 :
本当にあった怖い名無し:2022/07/21(木) 23:48:41 ID:wZMfR2Mo0.net
手を伸ばして、同じく手を伸ばすDと目が合った。
Dが泣きながら、それでも何とかこちらの手を伸ばそうとして。
後ろから誰かの叫び声が聞こえた。
その時はDに10歩ぐらいの所だったので、止まるという判断はなかった。
次の瞬間、体に衝撃を感じて地面に倒れこんだ。
一瞬呼吸が止まり、何が起きたのか混乱した頭で、それでもDを助ようと必死でもがいて立ち上がろうとした。
そこで地面に押さえつけられるように、誰かが背中にのしかかったのだと気が付いた。
「なん・・・どけっ、D!」
「バカ野郎!落ち着け!」
A先輩の声が背中からふってきた。
「D!Dが!」
「くっそ、動くな!」
「はや、はやく!」
「Dって誰だ!」
259 :
本当にあった怖い名無し:2022/07/21(木) 23:49:07 ID:wZMfR2Mo0.net
その時のA先輩の声が耳に入った瞬間。
全ての音が止まった。
化け物の動く音も、Dのもがく音も。
ただ、私は私の上にいるA先輩の体温だけを感じて、A先輩が言った意味を考えていた。
「Dって誰だ!」
確かにA先輩は言った。何を言っているんだ、一緒に来たじゃないか。
今まさに化け物に襲われてるじゃないか。
本当にA先輩が何を言っているのかわからなかった。
ただ、突然の静けさに耳が痛かった。
ドクンドクンと頭の中を巡る血液の音が聞こえて、私は顔を持ち上げてDと化け物を見た。
Dからは表情が消えていた。
まるで愛想笑いをしていた人が、分かれてから表情を消すような唐突さだった。
ただ一言、目が笑っていない笑顔を浮かべて言った。
260 :
本当にあった怖い名無し:2022/07/21(木) 23:49:47 ID:wZMfR2Mo0.net
「アハ」
「A!早く引きずってこい!」
後ろからC先輩が怒鳴る声が聞こえ、無理やりA先輩に担ぎあげられた。
引きずられるようにして、車に放り投げ入れられると、C先輩がBに車を走らせろと怒鳴っていた。
ドアをA先輩が無理やりしめ、Bが急発進させた車内で私は窓ガラスに額を打ち付けた。
血が窓を伝って流れる向こう側で、化け物が嬉しそうに、
「ウフっうふふううふうふぅぅ」
と声を上げて、D?だったものを力強く投げつけた。
D?は近くの木の枝にぶつかり、そのまま貫かれた。
そして私は意識を失った。
次に私の意識が戻ったのは、病院のベッドの上だった。
隣にはC先輩が座っていて、私に気が付くとナースコールを押しくれた。
部屋に医師や看護師が入ってきて、簡単な問診が始まったが、結論としては特に異常なし。
額への外傷で一時的な記憶喪失になるかもしれないが、様子を見るに、あまり心配はいらないだろうとの事だった。
261 :
本当にあった怖い名無し:2022/07/21(木) 23:50:36 ID:wZMfR2Mo0.net
部屋から一団が去ると、C先輩がぽつりぽつりと話をしてくれた。
あの後、気を失った私を乗せて悪路を激走したそうだった。
不思議な事に帰り道は一本道で、いつの間にか元の道路に出られていたという。
化け物が追ってくる事もなく、皆が待つ宿に戻れたそうだ。
そのままBの運転で私を病院に運び、念のためC先輩が様子を見てくれていたとの事。
「C先輩、アレ見えてたんですか?」
ふと、そういえば皆が同じものを見ていたのか疑問に思った。
「見えた、AとBには小屋のヤツは見えなかったみたいだけどな」
「俺、実はちょっと特殊でさ。小さい頃から見れるタイプで」
「Aもこの事知ってるよ、高校からの付き合いで、昔ちょっとあってね」
「ただ、追い払うとかの力はなくて、見えるだけ」
そこまで一気に語ったC先輩は、手にもっていたコーヒーを一口飲んだ。
「君がDって呼んだヤツ、AにはE(A先輩の同級生)に見えてたんだって。」
「は・・・?」
「BはDだって言ってたかな」
いよいよわからなくなった。
262 :
本当にあった怖い名無し:2022/07/21(木) 23:51:12 ID:wZMfR2Mo0.net
最初から見間違い?確かに道中は名前で呼ぶ事もなかった、でもそんな事あるのか?
「ちなみに俺には化け物に見えた、全身真っ黒の化け物。目の穴がバラバラの位置に三つあった。眼球は無くて、真っ白な歯を見せて笑ってた」
C先輩は急に声を潜めた。
「仮にDとするけど、アレ、合流した瞬間から俺の事ずっと見てた」
「バレたんだろうな、気がついたの」
「車の中でさ、最後尾に座っただろ。俺の後ろからずっと小声で言ってんだよ」
“みみみえてるん、だぁ、みえええ” って
ゾッとした。
そんな呂律の回らないような様子だったとは微塵も感じなかった。
「俺そこから何も言えなくて、ジッと下見てた」
「アレはずっと俺の事見てた、だから俺が狙われてるんだと思ってた」
「途中でAが俺の様子に気が付いて、それで君とBに注意した」
「Aは何が起きたのか分かってなかったよ、後で本人も言ってた。それでも俺の様子から、ろくでもない事が起きてるって気が付いた」
C先輩は普段、決して嘘を言う人ではなかった。
誠実な人だったし、ましてやこの状況下でふざける人ではないので、私はC先輩の言葉を黙って聞いていた。
263 :
本当にあった怖い名無し:2022/07/21(木) 23:52:55 ID:wZMfR2Mo0.net
「君がどこまで見えていたのかは知らない、でも車を降りた時、小屋の中のアレに気が付いた」
C先輩はそこで一旦区切った。
「率直に聞くけど、何が見えた?」
私は、四つん這いの、首の代わりに腕が生えてきた化け物の事を説明した。
そしてそれに、Dらしきものが連れ去られそうになったことも。
話をする度に鳥肌が立ったが、今は安心感があった。
「・・・・・・そっか、俺が見たのもそんな感じだったよ」
少しの沈黙の後、C先輩は目頭を揉みながら、消え入るような声で喋った。
「アレは一体何だったんでしょうか」
答えが得られるとは思っていなかった。
「なんだろうね、でも俺はあの類が自然発生するものではないと思ってる。何かしらの起りがあるんじゃないかな」
そこまで言ってC先輩は黙り込んだ。
ちょうどそのタイミングで、私の両親が病室に駆け込んできた。
C先輩は“山道を運転中、動物を避けようとした時に倒木に乗り上げて、額を窓にぶつけた”と両親に説明し、管理不届きを謝罪してくれた。
私も先輩に非はないと両親に訴え、その場はそれで収まった。
266 :
本当にあった怖い名無し:2022/07/21(木) 23:54:50 ID:wZMfR2Mo0.net
C先輩はそのまま病室を辞していった。
私はその後1日経過観察を兼ねた入院をし、すぐに退院の運びとなった。
それから私は、A先輩とC先輩に改めてお礼を言った。
Bにも心配をかけたお詫びをしたが、Bは気にする風でもなく、ただ不思議な経験だったと笑ってくれた。
私たちが経験したことは、もちろん部内で語られることはなかった。
ただ、動物と倒木ネタで少しの間からかわれたが、それも直ぐに止んでいった。
C先輩は宿の人に、この地方の話をそれとなく聞いてみたそうだが、
誰もその広場や小屋の事、何か事件・事故があったという話は知らなかった。
ただ、宿に野菜を運びに来ていたお爺さん一人だけが、ものすごい形相でC先輩を見つめていたらしい。
(睨んでいたのではなく、目を剥いていたとのこと)
どうしたのか聞こうとしたら、何も言わずに慌てて帰ってしまったとC先輩は言っていた。
267 :
本当にあった怖い名無し:2022/07/21(木) 23:55:27 ID:wZMfR2Mo0.net
この話は、これでおしまい。
A先輩、C先輩ともその後この話をすることなく、3人だけになる機会を全員が避けていたような気がする。
BもC先輩からちょっと怖い所を説明された程度で納得してたみたいだった。
この話を書き込もうと思ったきっかけは、先日遊びから帰ってきた娘の口から“Dちゃん”という言葉が出たから。
たまたま、知り合ったお友達の名字がDだったらしい。
その珍しい名字を聞くまで、自分でも不思議なくらい、この出来事を忘れていた。
今度A先輩とC先輩と飲み会の段取りをしたので、この事について話してみようと思う。
呼んでくれた人、ありがとう。
269 :
本当にあった怖い名無し:2022/07/22(金) 09:12:11.50 ID:4w40FYAO0.net
>>267おもしろかった
271 :
本当にあった怖い名無し:2022/07/22(金) 12:39:30.50 ID:TaLfP69P0.net
>>267うん、めっちゃ面白かったっていうか怖かった
「呼んで」ってほぼ間違いなく「読んで」の書き間違いだと思うんだけど
(Dを)呼んでくれた人(かどうかわからないモノ)ありがとう
って一瞬思っちゃって二重に怖かった