サン・スーシィ
朝から「サン・スーシィ」という言葉が脳裏に浮かび、ググって、「愚者の楽園」というHPにたどり着いた。
どうも、私はこの前読んだ川原教授の漫画「美貌の果実」を思い出していたらしい。
「サン・スーシィ」というのはフランス語で、「お気楽」と言う意味ですと。
「美貌の果実」はそんな名前のワインを造っているワイナリーの話で、なんと、葡萄の精が出てくる。
そんなぶっ飛んだ設定にもかかわらず、コレが涙無しには読めないのよね。
単なる少女漫画と切り捨てずに、皆さんも読んで見られては?
連載時は危ういけど(良く原稿を落とされるので、果たして予告どおりに来月号には掲載されるのかと心配して胃が痛くなる)、単行本なら大丈夫ですって。
川原教授の作品に触れれば、ちょっと、違う人生観を抱けるかもしれませんよ。
昨日のエントリーから一転して、今日は漫画の話かいとおもわれたあなた。
思うに、私、すぐにサーモスタットが効いちゃう人間らしい。
緊張感を保てない。
怒っていても怒りを継続できないし、厭だと思っても、そのうちどうでも良くなる。
興味が集中しないと言うか、自分勝手と言うか・・・
岐阜の方にも「あなたはそのずぼらさが良いのよ」と言われた。
(確かに「私はずぼらだから」と言い出したのは私だけど、そこまで肯定されるのもどうかと・・・)
そんな人間なので、お許しあれ。
何かに拘って、今、目の前にある美しいものや面白いものが目に入らないで、くよくよ、うじうじしているのは本当に勿体無い。
毎日、見ている街並みや、すれ違っている人や、咲いている花や、飛んでいる鳥に気づきもせずに、自分の脳の妄想に囚われているのは虚しい。
――自分の五感が感じるものを楽しむことは、生きている醍醐味。
なんて、私が言えるのは、私がその正反対の人間だったから。
何時もうじうじ悩み、暗い顔をして、厭なことをいっぱい抱えて、自分の人生に文句を言っていた。
でも、すべては平等に与えられている。
この星の生きとし生けるものは、等しく自然の恵みを頂いている。
どんな位に就いても、お金を集めても、所詮、人は裸で死ぬのだし。
なまじ権力を誇り大きな墓を作りミイラになったせいで、好奇の目に晒されているエジプトの王達を羨ましいとは思えない。
死んだら土に還り、その土から新しい命が生まれたほうがよほど有意義。
なんて、ことを考え出すので、煮詰まったときには川原教授は超オススメ!
あ、あの選挙区のあの人にも読ませたいなあ・・・
もうすぐ、Fructidor フリュクティドール(果実の月 8月18日~)が始まるみたい。
今はまだ、Thermidor テルミドール(熱の月 7月19日~)
「テルミドールの反動」とか、フランス革命の重要な時期はテルミドールだった。
1792年8月11日はルイ16世の王権が停止された日。
213年後の日本も、熱いテルミドールを過ごしている。
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