2009年10月の朝日新聞から
【索引】
http://1311racco.blog75.fc2.com/blog-entry-244.html
【10月】
09-10-1
11日
「めんつゆに加えるカツオだしの煮出し方にコツがある。少し薄味にしています」(朝刊33面)
小石勝朗記者。メモです。山手線の「命名百周年」を記念した記事。駅のそば店の話。偶然、数日後のmixi日記とも重なる。
【「汁」or「つゆ」? 「タレ」or「餡」?】
http://1311racco.blog75.fc2.com/blog-entry-733.html
この記事で読む限り、温かいそばの丼に入る液体は「そばつゆ」。この記事をチェックしたのはまったく別の意味で、「めんつゆ」って一般名詞なんだろうか、ってことが気になった。この記事の場合は「つゆ」もしくは「そばつゆ」にするべきだと思う。
09-10-2
15日
羽田から飛びたった定期航空の第一便には、中国・大連のカフェーに届けられるスズムシとマツムシ計6千匹がおさまっていた。人間のお客は一人もいない。出来たばかりの航空会社がやっと探した大事な「客」だった。1931(昭和6)年のことである▼時は流れて、いまや1年の利用者は6500万人にのぼる。世界でも4位というにぎわいだが、国際線はごく少ない。「国内は羽田、国際は成田」と棲(す)み分けてきたからだ。その原則をやめる、という前原国土交通相の発言が波紋を広げた▼発言は日本の表玄関をうたう成田には「格下げ通告」に聞こえる。流血の反対闘争の末に開いた空港である。苦渋の思いで受け入れてきた地元が、はしごを外される思いになるのは無理からぬことだ▼成田は66年に閣議で建設が決まった。民主主義にもとる寝耳に水の決定が、こじれにこじれる原因になった。いわゆる「ボタンのかけ違い」である。今回の大臣発言にも、またぞろ「寝耳に水」という憤りが聞こえていた▼きのうは千葉県の森田知事にねじこまれた。アジアの空を眺めれば「羽田を国際拠点に」という方針は理がある。だが「歴史認識」は甘かったのかもしれない。八ツ場(やんば)ダムといい、どうも就任以来の前原さん、連綿たるアナログである人の営みに、デジタル的に対処したがる傾きはないか▼秀才は2点間の最短距離を探すのがうまい。それが正しいとも限るまい。老婆心ながら、ときに定規を手放した方が、政治という「可能性の芸術」を描きやすいこともあろう。(朝刊1面)
例によって「天声人語」。いい加減にヤバくないか? 相当ヒドい。前半はトリビアネタ満載で、読みながらヘーボタンを連打した。羽田空港の利用客数って、世界4位なのね。上位3空港が想像できない。
そういう話は別として、文章の後半がムチャクチャ。「連綿たるアナログである人の営み」ってどういう意味? 「デジタル的に対処」ってどういう意味? 昔は「機械的に」とか「杓子定規に」とか言ったよな。「ときに定規を手放した方が」って、定規を使うのはアナログ的だろ。「可能性の芸術」って何よ。「描く」ってどういうこと?
09-10-3
18日
1960年に出た『悪文』(日本評論社)という本が売れています。悪文を題材にした文章読本で、いま手に入る第3版は79年の発行から増刷を重ね、現在4万6千部。しかも、日本語ブームの影響なのか、昨年末からよく売れています。
この古い本に再び息吹を吹き込んだのが、書店担当者を版元の営業担当者でした。元々は法律関係者のための文章読本としてつくられた本ですが、徐々にルーツを忘れ去られ、多くの書店で文芸書売り場に置かれていました。ところが昨年末、新宿の書店が法律書の棚に置いたところ売れ始めた、との話を営業担当者が聞き、各書店に「法曹関係の棚に置いてください」と依頼して回ったのです。
丸善丸の内本店のブックアドバイザー、山本佳子さんはこう語ります。「確かに置く棚を移したところ、本の売れ行きが一変しました。わかりやすい文章に対する法律関係者の切実なニーズと、この本が合致したんですね」。本も、適材適所というわけですね。(朝刊13面)
読書欄のコラム「扉」。浜田奈美記者。何を言いたいのかイマイチわからない文章だな。うんと細かいツッコミを入れると、「再び息吹を吹き込んだ」はヘンだろう。「新たな息吹」ならマシかも。通常、書籍は発刊されるときに息吹を吹き込まれたりはしない。この本が「元々は法律関係者のための文章読本としてつくられた」というのは知らなかった。わかりやすい文章に対して法律関係者の「切実なニーズ」があるというのも初耳。だったら法律関係の文言をもう少しなんとかしてよ。
参考までに古い「読書感想文」を引っ張り出しておく。
【読書感想文『第三版 悪文』】
http://1311racco.blog75.fc2.com/blog-entry-755.html
09-10-4
14日
高級店ながら、おでん店「万ん卯(まんう)」(大阪市北区)、串カツ店「六覺燈(ろくかくてい)」(同市中央区)も一つ星に選ばれた。(朝刊38面)
記者不明。16日に発売される『ミシュランガイド京都・大阪版』の内容を伝える記事。この文を読んで誤解する人はいないだろうな。「高級店なのにミシュランの星をもらった」と読めなくもない。伝えたい内容は、「おでん店や串カツ店なのにミシュランの星をもらった」ってこと。長々と書いていいならどうにでもなるが、文字数を増やさずに書きかえるのは難問。ちょっと考えたけど、ギブアップ。とりあえずこんな感じだろうか。
【書きかえ案】
高級店ながら、おでん店〈「万ん卯(まんう)」=大阪市北区〉や串カツ店〈「六覺燈(ろくかくてい)」=同市中央区〉といったB級グルメの店も一つ星に選ばれた。
09-10-5
11日
まさに上り調子の時、足元をすくわれた。(朝刊21面)
広部憲太郎記者。ボクシングのチャンピオンが陥落したことを伝える記事。「まさに」はよく目にする不要な用法。「足元をすくう」も定番になりつつある。
09-10-6
24日
朝刊b5面に志田未来のインタビュー記事がのっている。松田史朗記者。セリフの語尾だけを並べる。
「ばっかりなので」「楽しいです」「暑いなあと」「感じです」「楽しい」「ひねくれた役」「やってみたい」「ないです」
「い形容詞終止形」が2つ。「い形容詞終止形」+「です」が3つ。こういうのを「変化をつける」と言うのだろうか。ちゃんとした媒体は「い形容詞終止形」+「です」を避ける……と思ったのは幻想だったのかも。
【伝言板【板外編7】デス・マス体が書きにくいワケ1】
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1114634130&owner_id=5019671
http://1311racco.blog75.fc2.com/blog-entry-244.html
【10月】
09-10-1
11日
「めんつゆに加えるカツオだしの煮出し方にコツがある。少し薄味にしています」(朝刊33面)
小石勝朗記者。メモです。山手線の「命名百周年」を記念した記事。駅のそば店の話。偶然、数日後のmixi日記とも重なる。
【「汁」or「つゆ」? 「タレ」or「餡」?】
http://1311racco.blog75.fc2.com/blog-entry-733.html
この記事で読む限り、温かいそばの丼に入る液体は「そばつゆ」。この記事をチェックしたのはまったく別の意味で、「めんつゆ」って一般名詞なんだろうか、ってことが気になった。この記事の場合は「つゆ」もしくは「そばつゆ」にするべきだと思う。
09-10-2
15日
羽田から飛びたった定期航空の第一便には、中国・大連のカフェーに届けられるスズムシとマツムシ計6千匹がおさまっていた。人間のお客は一人もいない。出来たばかりの航空会社がやっと探した大事な「客」だった。1931(昭和6)年のことである▼時は流れて、いまや1年の利用者は6500万人にのぼる。世界でも4位というにぎわいだが、国際線はごく少ない。「国内は羽田、国際は成田」と棲(す)み分けてきたからだ。その原則をやめる、という前原国土交通相の発言が波紋を広げた▼発言は日本の表玄関をうたう成田には「格下げ通告」に聞こえる。流血の反対闘争の末に開いた空港である。苦渋の思いで受け入れてきた地元が、はしごを外される思いになるのは無理からぬことだ▼成田は66年に閣議で建設が決まった。民主主義にもとる寝耳に水の決定が、こじれにこじれる原因になった。いわゆる「ボタンのかけ違い」である。今回の大臣発言にも、またぞろ「寝耳に水」という憤りが聞こえていた▼きのうは千葉県の森田知事にねじこまれた。アジアの空を眺めれば「羽田を国際拠点に」という方針は理がある。だが「歴史認識」は甘かったのかもしれない。八ツ場(やんば)ダムといい、どうも就任以来の前原さん、連綿たるアナログである人の営みに、デジタル的に対処したがる傾きはないか▼秀才は2点間の最短距離を探すのがうまい。それが正しいとも限るまい。老婆心ながら、ときに定規を手放した方が、政治という「可能性の芸術」を描きやすいこともあろう。(朝刊1面)
例によって「天声人語」。いい加減にヤバくないか? 相当ヒドい。前半はトリビアネタ満載で、読みながらヘーボタンを連打した。羽田空港の利用客数って、世界4位なのね。上位3空港が想像できない。
そういう話は別として、文章の後半がムチャクチャ。「連綿たるアナログである人の営み」ってどういう意味? 「デジタル的に対処」ってどういう意味? 昔は「機械的に」とか「杓子定規に」とか言ったよな。「ときに定規を手放した方が」って、定規を使うのはアナログ的だろ。「可能性の芸術」って何よ。「描く」ってどういうこと?
09-10-3
18日
1960年に出た『悪文』(日本評論社)という本が売れています。悪文を題材にした文章読本で、いま手に入る第3版は79年の発行から増刷を重ね、現在4万6千部。しかも、日本語ブームの影響なのか、昨年末からよく売れています。
この古い本に再び息吹を吹き込んだのが、書店担当者を版元の営業担当者でした。元々は法律関係者のための文章読本としてつくられた本ですが、徐々にルーツを忘れ去られ、多くの書店で文芸書売り場に置かれていました。ところが昨年末、新宿の書店が法律書の棚に置いたところ売れ始めた、との話を営業担当者が聞き、各書店に「法曹関係の棚に置いてください」と依頼して回ったのです。
丸善丸の内本店のブックアドバイザー、山本佳子さんはこう語ります。「確かに置く棚を移したところ、本の売れ行きが一変しました。わかりやすい文章に対する法律関係者の切実なニーズと、この本が合致したんですね」。本も、適材適所というわけですね。(朝刊13面)
読書欄のコラム「扉」。浜田奈美記者。何を言いたいのかイマイチわからない文章だな。うんと細かいツッコミを入れると、「再び息吹を吹き込んだ」はヘンだろう。「新たな息吹」ならマシかも。通常、書籍は発刊されるときに息吹を吹き込まれたりはしない。この本が「元々は法律関係者のための文章読本としてつくられた」というのは知らなかった。わかりやすい文章に対して法律関係者の「切実なニーズ」があるというのも初耳。だったら法律関係の文言をもう少しなんとかしてよ。
参考までに古い「読書感想文」を引っ張り出しておく。
【読書感想文『第三版 悪文』】
http://1311racco.blog75.fc2.com/blog-entry-755.html
09-10-4
14日
高級店ながら、おでん店「万ん卯(まんう)」(大阪市北区)、串カツ店「六覺燈(ろくかくてい)」(同市中央区)も一つ星に選ばれた。(朝刊38面)
記者不明。16日に発売される『ミシュランガイド京都・大阪版』の内容を伝える記事。この文を読んで誤解する人はいないだろうな。「高級店なのにミシュランの星をもらった」と読めなくもない。伝えたい内容は、「おでん店や串カツ店なのにミシュランの星をもらった」ってこと。長々と書いていいならどうにでもなるが、文字数を増やさずに書きかえるのは難問。ちょっと考えたけど、ギブアップ。とりあえずこんな感じだろうか。
【書きかえ案】
高級店ながら、おでん店〈「万ん卯(まんう)」=大阪市北区〉や串カツ店〈「六覺燈(ろくかくてい)」=同市中央区〉といったB級グルメの店も一つ星に選ばれた。
09-10-5
11日
まさに上り調子の時、足元をすくわれた。(朝刊21面)
広部憲太郎記者。ボクシングのチャンピオンが陥落したことを伝える記事。「まさに」はよく目にする不要な用法。「足元をすくう」も定番になりつつある。
09-10-6
24日
朝刊b5面に志田未来のインタビュー記事がのっている。松田史朗記者。セリフの語尾だけを並べる。
「ばっかりなので」「楽しいです」「暑いなあと」「感じです」「楽しい」「ひねくれた役」「やってみたい」「ないです」
「い形容詞終止形」が2つ。「い形容詞終止形」+「です」が3つ。こういうのを「変化をつける」と言うのだろうか。ちゃんとした媒体は「い形容詞終止形」+「です」を避ける……と思ったのは幻想だったのかも。
【伝言板【板外編7】デス・マス体が書きにくいワケ1】
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1114634130&owner_id=5019671