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2011年5月 1日 (日)

国内加工基準を満たしたユッケや牛・豚・鶏のレバ刺しは存在しない

牛肉刺しであるユッケを食べて食中毒を起こす事故が報道されている。
そして、その肉が生食用ではないものを使用していたということで問題視されている。
この問題だが、もっとすごい実態がある。

馬以外の牛や豚、鶏の生食用の肉やレバは、国内にそもそも出荷実績がないのである。
焼肉店で、ユッケや牛レバ刺しは、ときどきみかけるが、国内出荷であれば、それらはすべて、生食用ではない加熱用のものを販売店の判断で生食用として提供していることについては、あまり知られていない。(輸入品や、と畜場から出荷されておらずに、加工基準を遵守して加工している可能性はないわけではないようだ)
焼肉店によっては、生食肉についての国が出した食肉処理施設基準のうち、処理作業手順の部分だけを真似て最終加工をしている店もあるようだが、その素材となる食肉が同基準に従って出荷されているという実績がないことになる。
今回の事故以後も、焼肉店が「うちは、仕入れた肉の外側をそぎ落として中心部分だけを、ユッケ用に加工しているから大丈夫」という説明が平然とTV報道されている。
このような焼肉店はまだ「まし」な方で、店によっては同基準のことをそもそも知らないことすらある可能性もある。

このことは、確認できる情報の最新が2009年度までなので、その後改善されているかも知れないが、これまでの経緯を知っておいて損はない。備えあれば憂いなしだ。

このことを最初に知ったのは、2008年3月21日の読売新聞朝刊の記事からだった。
「揺らぐ安全」という連載の第2部3号の1面記事である。

記事によれば、「O157を死滅させるのには加熱が必要で、鮮度は関係ない。牛の腸に生息する菌が肝臓に付着する危険がある。集団食中毒が相次ぎ、8人が死亡した1996年、生レバーで感染した人もいたため、国は「生食レバー」を出荷できる食肉処理施設の基準を通知した。」とあった。
2006年度、食肉処理施設である「と畜場」全国202施設ののうち、基準を満たしたのは6施設だったそうだ。
さらに国は、2007年に、牛レバーについて生食用であっても、なるべく提供しないよう通知したが、「看板メニューだ」「客が食べたがる」という反応で従わない店がほとんどだったようだ。

そして、2008年3月7日に東京で開催された討論会で、以下のやりとりがあったとのこと。

「焼肉店での生食提供に規制を設けるべき」という藤井潤構成員(九州大学准教授細菌学・当時)の発言に対して、渡辺治雄座長(国立感染症研究所副所長・当時)は、「食習慣が絡み、規制に国民的合意を得るのは難しいのではないか」と返したという。

こんなことに、国民的合意が必要なのかと記事を疑ってしまうが、このやりとりは、新聞の1面で取り上げられたにもかかわらず、その後、特に話題にはならなかったと記憶している。
結果的に、「生食提供」は規制されておらず、基準があっても無視され、実際は店の判断で提供され、食中毒が発生したときにだけ問題になり、保健所が営業停止処分などをするだけの状態が続いており、今回は、小学生が死亡するという、まさに取り返しのつかない事態にまでなってしまったわけである。

以上からすると、一応、6施設あるわけね。そうすると、高級店とか値段の高いユッケやレバ刺しなら安心なのか。
と、思ったら大間違いである。

島根県のホームページの「生食用食肉の衛生基準」というページの一部を以下に転載する。

生食用食肉の取扱状況(平成21年度実績)
(1)生食用レバーの加工基準に適合していると畜場及び出荷実績
自治体と畜場名出荷実績
新潟市新潟市食肉センターなし
福岡県県南食肉センターあり※
福岡県うきは市と畜場あり※
熊本県千興ファーム食肉センターあり※
熊本市熊本市食肉センターあり※
(注)「生食用食肉等の安全性確保について」(平成10年9月11日付け生衛発第1358号)に基づく生食用食肉の加工基準目標のうち、肝臓の処理について適合していると畜場を指す。 (※)生食用レバーの出荷実績は馬レバーのみ

(2)生食用食肉の出荷実績のあると畜場

自治体と畜場名
青森県(株)青森畜産公社津軽食肉センター
福島県会津食肉センター
郡山市(株)福島県食肉流通センター
宇都宮市(株)栃木県畜産公社
山梨県(株)山梨県食肉流通センター
長野県佐久広域食肉流通センター
長野県(株)長野県食肉公社 松本支社
高知市高知県広域食肉センター
福岡県県南食肉センター
福岡県うきは市と畜場
熊本県千興ファーム食肉センター
熊本市熊本市食肉センター
※いずれの施設も、生食用食肉の出荷実績は馬肉のみ

これを見ると、その後の2009年度には、生食用レバーの加工基準に適合していると畜場が5施設に減ったことがわかるが、さらに、※印の注釈にとても重要なことが書いてある。
(1)の生食用レバーの加工基準に適合していると畜場及び出荷実績には、
※生食用レバーの出荷実績は馬レバーのみ
(2)の生食用食肉の出荷実績のあると畜場には、
※いずれの施設も、生食用食肉の出荷実績は馬肉のみ
とある。

つまり、馬刺しと、馬レバ刺し以外の出荷実績は国内には存在しないのである。

焼肉屋で目にする、ユッケや鶏ささみ刺し、牛や豚、鶏のレバ刺しは、すべて生食用ではなく、加熱用のものを店が「新鮮だから」などの理由で勝手に、生食用に出しているのである。

このことを知ってみると、スーパーや肉屋で生食用の肉というのは、見ることが少ない。(と自分の近所のことだけで思っていたら、コメントにいただいたように、大阪では結構販売されている様子)
肉を売る際には、生食用を売る場合には、と畜場を明記することになっているらしいので、そこに嘘のと畜場名を書いてまで売るという店はないのだろう。
つまり、店に悪意はあまりなく、危険性を軽んじているか、知っていないという状態のように見受けられる。

ちなみに、ぼくは、このことを知った後も、焼肉屋でユッケやレバ刺しを食べることはある。
なので、必ずしも、生食肉の規制をすべきという立場でもないが、ただ、それらにはリスクがあることの周知はされるべきだと思っている。
知った上で、食べるのなら、本人のリスク裁量だし、仮に事故が起きれば店は食中毒を出して営業停止になるので、店もリスクを覚悟して、そのメニューを出すことになる。
一番よくないのは、店も客も、どちらも、このリスクを知らないでいることだ。
結論からすれば、この事実が広く周知されれば、リスクを取ってまでメニューに、ユッケとレバ刺しを出す店はなくなるのだろうと思う。
逆に、今後もまだ、メニューから消えなければ、周知が足りていないことを意味するのではないかと思う。

東京都福祉保健局の「ちょっと待って!お肉の生食」に生食肉についての注意のリーフレットが「保護者向け」「若年層向け」「事業者向け」が用意されているので、周知にはこれを使うのがよいようだ。
また、同じページに、以下の記述があるので、加工基準を満たした輸入品はある可能性がある。


「生食用」の牛肉、鶏肉は流通していません

厚生労働省は、「生食用食肉等の安全性確保について」の通知で、生食用食肉の衛生基準を示していますが、平成20年度にこの通知に基づいた生食用食肉の出荷実績があったのは、馬の肉・レバーだけでした。牛肉については国内と畜場から生食用としての出荷実績はなく、一部生食用として輸入されているものがありますが、その量はごく少ないものと考えられます。また、鶏肉は生食用の衛生基準がありません。したがって、牛肉、鶏肉は、生で食べると食中毒になる可能性があります。

なお、上記のいずれの情報も2009年度までの内容です。
2010年度以後の出荷実績の情報をご存知のかたは、コメントなどでお知らせいただけたら幸いです。

5月 1, 2011 |

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コメント

東京都の食肉の生食による食中毒防止にむけた啓発用リーフレット
http://d.hatena.ne.jp/ohira-y/20091128/1259422465
というのがありました。

投稿: 佐藤慶浩 | 2011/05/02 11:04:44

出荷実績とは違うのですが「平成22年度食品の食中毒菌汚染実態調査の結果について」http://www.mhlw.go.jp/topics/syokuchu/kanren/yobou/110330-1.html には牛レバー(生食用)の項目があるんですよね。別添3には年推移もあります。
生食用があるのか無いのか矛盾だという指摘は食品安全委員会の会議でもあったまでは調べたのですが。
http://www.fsc.go.jp/fsciis/meetingMaterial/show/kai20100305bv1 の議事録のp.14あたり。

投稿: it00h | 2011/05/02 11:12:06

it00h さん
情報ありがとうございます。
事故があるたびに議論はあるようですが、食文化に配慮してか、うやむやになってしまうようですね。

投稿: 佐藤慶浩 | 2011/05/02 11:49:19

 そういえば関係者から生食用レバーは輸入品しかないという話をきいたことがありました。。。いったん止めて生食用のレバーを流通できる体制をつくったほうがよいでしょうね。。。
 食中毒により死者を出すことを100%止めることはできないとしても、それなりの確度で危険だと想定されているのであれば、一度科学的な見地からまじめに議論して白黒はっきりさせないとね。。。

投稿: 丸山満彦 | 2011/05/02 12:26:12

西宮市のHPに平成21年度分が掲載されています。
http://www.nishi.or.jp/contents/00011819000300066.html

投稿: MOW | 2011/05/02 15:53:32

丸山さん

本来、レバ刺しは相当ハードル高いはずだよね。生食肉の加工基準は、内臓と分離して加工せよなのに、そもそも内臓を食べようとするわけだから(笑)
ただ、ユッケは、カルパッチョとして海外でも食べる文化あるわけだし、ちゃんとした加工や調理手順を周知して、今回のような事故がないようにしてほしいよね。

MOW さん

島根県の内容と基本的に同じですね。裏が取れてよかったです。ありがとうございます。

投稿: 佐藤慶浩 | 2011/05/02 16:54:25

佐藤様

こちらこそ、とてもわかりやすく纏めてくださりありがとうございます。
大阪府の堺市による販売状況の実態も見たのですが、佐藤様の仰る通り、リスクを知った上で自身が食べる分にはかまわないと思いますが、子供やお年寄りなど体の弱い人や他人にすすめるのはやめた方がいいですよね。
http://www.city.sakai.lg.jp/city/info/_hoken/shokuhin/21syokuniku_kekka.html

投稿: MOW | 2011/05/02 18:59:53

たしか輸入品では生食用のレバーというのがあるという話ですから、不可能ではないはずなんですよね。。。処理工場での加工処理の技術的な問題ではないかと。。。大腸菌があるのは、腸の内壁のはずなので、それが他の内臓と接触しないように処理すれば可能なような気もします。関係者に確認してみたいと思います。。。

投稿: 丸山満彦 | 2011/05/02 20:23:57

MOW さん

堺市の販売状況の資料は、生食肉の販売実態が把握されていて、興味深いですね。
と畜場の出荷実績がないのに、食肉販売業営業施設(肉屋さん?肉の卸業?)が生食用として販売すると、これを購入した人が「生食で食べても安全」という誤解が生じるのかもしれませんね。
かと言って、売るときに「生で食べると食中毒になることがあります」とは言えないでしょうから、やはり食べる側が危険性を知ることが必要で、そのための周知が大切なのでしょうね。

投稿: 佐藤慶浩 | 2011/05/03 0:20:18

丸山さん

少なくとも5施設は加工処理基準を満たして、馬レバーの出荷実績はあるので、できるのでしょうね。
需要があって、やればできるのに、なぜ正式に出荷しないのかの理由はとても興味があります。

投稿: 佐藤慶浩 | 2011/05/04 12:36:24

>記事によれば、1996年に、牛レバ刺しを食べてO157食中毒で8人が死亡したことをうけ、

8人全員が牛レバ刺しで死んだようにみえますが、事実とは異なります。

投稿: minmin | 2011/05/07 12:04:53

minmin さん

そうですね。
食中毒で8人が死亡し、牛レバ刺しが感染源の人もいた
がより正確な表現ですね。
ご指摘ありがとうございます。

投稿: 佐藤慶浩 | 2011/05/07 15:40:25

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