一切れのパンと東京タワー(遥かなる記憶)。
昨年12月、クリスマスのイベントを撮影するため、芝公園と東京タワーへ赴いた。芝公園では中世から続いているヨーロッパの伝統的なお祭り『クリスマスマーケット』が開催中で、数多くの人たちで賑わっていた。日中から黄昏時へと時間が進むと色取り取りのイルミネーションが点灯しお祭りを盛り上げ、会場は更に人が増え冬空に熱気が立ち上るようだった。
気になった物だけカメラに収めると目的地である東京タワーへと急いだ。目近で見る東京タワーは子どもたちと家族4人で訪れた以来だから20年ぶりだろうか。だがそれよりも遥か遠い記憶の果からある風景が脳裏を過る。
それは私が9歳の時だった。府中刑務所に服役中だった父を伯父に連れられて迎えに行った時のことである。薄暗い雲が広がる梅雨空の合間から僅かに青空が覗き、太陽光が真っ直ぐに差し込み公園に生い茂る木々の緑に反射していた。子どもは刑務所内には入れないため、私は近くの公園で一人待っていた。2時間ほど待っただろうか…。待ちくたびれてベンチに座り門の方を眺めていると重そうな鉄の扉が「ギギー」と鈍い音を立てながら開き、伯父と一緒に父が姿を表した。2年ぶりに見る父は居なくなったあの時と同じ白い開襟シャツと薄い灰色のズボンそして雪駄姿だった。私を見つけると父は照れ笑いを浮かべながら大きく手を振っていた。伯父と父が並んで私の方に近づいて来る。だが決して私の方から父の姿に向かう事はなかった。言葉を交わした記憶も残っていない。
伯父と父の後ろを歩きながら東京駅へと急いだ。新幹線はまだ開通していない時代だったから、東海道線の各駅停車に乗る。車内はかなり混雑しており座る場所は確保出来ず、乗車口の壁に凭れながら窓の外を眺めていた。午後に入り梅雨の雨脚が強くなり、窓ガラスに幾つもの雨だれが出来ていた。雨で少しぼやけた視界に東京タワーの姿が現れる。分厚い灰色の雲を突き刺すようにそれは真っ直ぐ天に向って伸びている。そんな東京タワーが「僕、またおいで」と語っているように思えた。反対側の乗車口にいた綺麗なお姉さんが「これ、食べる?」と言って私に一切れのパンをくれた。その女性には私が空腹であるように見えたのだろう。父が隣で「お礼を言えよ」と言った。これが私が初めて見た東京タワーの思い出である。
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