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2025年1月10日 (金)

しのびたる所にありては、

石破総理の迷走

 新年早々の会見で、懐かしい日本列島改造という言葉が聞かれました。どうやら地方創生の文脈での復活のようですが、どこからも共感や歓迎の声は聞こえてきません。そもそも日本列島改造は、交通が便利になる土地の地価を釣り上げただけで、成功したと評価された政策ではありません。その観点から、中央官庁の地方移転を更に推進するとのアイデアも披歴されたようですが、世間の反応はしらけムードです。地方からの要望を集めておきながら、大騒ぎして、文化庁の一部を京都に移転する(東京との往復に交通費が嵩む)だけに終わった過去の記憶があるからです。石破総理案件になっている防災庁を輪島市に作るくらいの考えがあるのでしょうか?本当は、能登では、防災よりも、復興に注力すべきなのですが・・・。どうも、石破総理には、国民の求めている政治から懸け離れたピント外れの発言が目立ちます。国内では、金利がある世界への移行を踏まえて、経済の好循環を実現することが、最も優先すべき政策です。対外的には、トランプ政権との信頼関係の構築が一番の優先課題です。それらに集中すれば、野党にスキを与えることもないでしょう。野党に変な説教をする暇があるくらいなら、本筋の政策をきちんと進めてください。また、あの話し方は、何とかならないのでしょうか?話の中身以前に、イライラさせるような話法は、国民の共感を得て、国民を説得するべき立場にある政治的リーダーとしては失格レベルだと感じます。迷走と体たらくが続けば、物価高に苦しむ国民の反発で、政権を失うのではないでしょうか?自民党は、こんな石破総裁で選挙を戦うつもりなのでしょうか?

 

王将戦

 将棋の王将戦の主催から、毎日新聞が撤退しました。新聞事業の経営難が、そうさせたものと思います。残念ながら、新聞というメディアの大手だった企業が消える日も遠くないのではないでしょうか?私としては、今後の王将戦の事業継続の方に関心がありますが、恐らく、役割を代替してくれる新しいスポンサー(叡王戦における不二家さんのような)を探していくものと思います。将棋は、藤井聡太7冠の登場で、注目度がアップしているので、遠からずスポンサーは見つかるでしょう。ネットで将棋が観戦できる時代になっているので、新聞がタイトル戦を主催して、棋譜を紙面に掲載する意義は低下していると感じます。毎日新聞以外についても、タイトル戦を主催事業として継続する必然性が乏しくなっているので、部内で撤退が検討されてもおかしくはありません。したがって、将棋連盟自身が主催して、タイトル戦ごとに複数のスポンサー企業が付くというようなオリンピックのような形式が整えられるのではないでしょうか?そうなれば、広告代理店との関係が色濃くなりそうです。王将戦からの毎日新聞の撤退が、タイトル戦の財務基盤の転換に繋がるのか、注目しましょう。

 

年賀状の終焉

 本来は、遠方の方への年始の挨拶の手段として用いられたものです。平安時代には、書き方に関する指南の記録がありますので、大変古い習慣ですが、1941年の落とし玉付き年賀はがきの発売以降、年賀状のやり取りが盛んになったとされています。初回の特賞は、ミシンでした。2003年が、そのピークで、約44億6000万枚にも達しました。2025年には、約10億7000万枚まで減少しています。郵便料金の値上げもあり、前年度から25%も下落しています。約20年間で4分の1になったトレンドを見る限り、年賀状という文化は終焉に向かっていると言わざるを得ません。世界的に見れば、年賀状は東アジアの文化ですが、我が国では、郵便ではなく、LINEその他の通信によって、継続してくものと思われます。日本郵便にとっては、ドル箱がなくなったわけで、郵便事業自体がじり貧であることは否めません。郵便物を全国均一料金で配達してもらえるというシステムも、この先、維持できなくなるでしょう。年賀状をやり取りしていた時代が、遠い過去のように思えます。私自身も、もらった方に送るというやり方を数年続けた後、8年ほど前に年賀状を出すのを一切やめました。

 

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