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ガン告知。

 9ヵ月もの間、酒を浴びるように飲んで暮らしていたことがある。父が死ぬ前後のことだ。あたしは23歳だった。

 当時あたしは、出版社の向かいのワンルームを借りて、そこを仕事場兼住居にしていた。

 2月14日、年末から微熱の続いていた父が、ようやく重い腰を上げて近所の町医者に行った。

 その日のうちに母親から電話があった。

「お父さん、かなり悪いみたい。明日、大学病院に行くことになっているの。覚悟したほうがいいかもしれない」。

 2週間ほどして、検査結果が出た。末期ガンだった。大腸ガンが肝臓に転移している状態で、夏は越せないかも知れませんと大学病院の医師に言われた。そして、本人に告知するかどうかも聞かれた。

「……少し考えさせてください」とあたしは言って、呆然とする母と押し黙る妹を連れて帰途についた。

 父の妹に相談すると、「お兄ちゃんは弱い人だから、絶対に告知しないで。何をするかわからないから」と涙ながらに言われた。

 母方の親戚に相談すれば、「男親なんだから、けじめをつけたいこともあるだろう。店のこともあるし、言わなきゃならんだろう」と、逆のことを言われた。

 思考停止の母はどちらの意見を聞いても、ただぼんやりしていた。大学受験の真っ只中だった高校3年生の妹は、ひたすら不安に耐えていた。2月14日以降、受験会場に行く以外は、部屋に閉じこもりがちになっていた。

 叔母が言うように、たしかに父は弱くもろい人だった。その分、過剰に敏感で、だからこそ、自分の病状を知りたいときには、自分からせっついてくるだろうと思った。

 父が末期ガンだとわかった3日後、奇しくも、当時根城にしていた月刊誌が休刊することがわかった。あたしは、大学5年生だった。中退しなければ大学6年生が確定していた。

 とりあえず父には、肝臓が悪いということにして、入院させることにした。実家の離れには、憔悴し急激に痩せてきた母と、この非常時に大学受験を翻弄され、浪人生活に入った妹、そして、母屋には、80歳を過ぎた祖父と数年前から徘徊老人と化していた祖母が暮らしていた。

「マンションを引き払って、家に戻ろうか」と母に言った。

 それに対して母はこう言った。 

「いままで、お父さんをさんざん嫌ってたあんたが急に家に戻ってきたら、気づいちゃうと思うの。自分が重い病気にかかってるって。あんたは、マンションでそのまま仕事を続けて、都合がつくとき、顔を見せてあげて」。

 あたしが家に戻らなくても、うそをつくのがヘタな母親のことだ。とっくにその痩せた体つきを見て、父は気づいているはずだった。

 5月発売の6月号が、14年間続いた雑誌の最後だった。それを境に仕事は激減し、かろうじて、編集プロダクション経由の仕事を細々と続けていた。その仕事も5月の半ばには片づいていた。

 父の末期ガン、収入の大半を得ていた月刊誌の休刊、大学と仕事を含む将来のこと、父が死んだ後の家のこと、そして、もつれたオトコたちとの三角関係……。そんなドロドロとした黒い不安が一気に襲ってきた。

 からまりあった黒い現実は、どこから手をつけたらいいかわからなかった。あたしは、とにかく正気でいたくなかった。現実から逃避したかったのだ。

 マンションから歩いて1分のコンビニで、ジョニーウォーカーの赤ラベルを買ってきてはラッパ飲みした。

 一日に2本は空けていたんじゃないだろうか。仕事もないので、ひたすら飲み続け、泥酔しては、カーテンを閉め切った部屋で布団にくるまっていた。起きれば、また飲んだ。

 ろくに食事もしていないので、胃が荒れて、吐き戻していた。それでも、酒を無理矢理飲んだ。
 
 そのコツは、息を吐いて吸い込むときに酒を流し込み、すぐに体を横にする。あたしの体は酒樽だった。どうやって酒を体の中に流し込むことしか考えていなかった。酒が切れて、素面に戻るのが恐かった。

 そして、医師が言ったように父は夏は越せずに7月7日、快晴の日に亡くなった。結局、ガン告知はしなかった。できなかったと言った方がいいかもしれない。

 それでよかったどうかは、いまとなってもわからない。
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カエルのロビン

Author:カエルのロビン
フリーランスの記者&編集者。星野源と加瀬亮が好きといえばオシャレだと思っている。何歳からアラフィフか母親と協議中。数年分の旅行記と食べ歩き日記を順次アップしていきますので、よろしくお願いいたします。
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