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はてなキーワード: 唐王朝とは

2026-01-17

鳥貴族が使える王朝って、◯王族なんだろうけど◯に入る文字がわからない。

鳥貴族で一人飲みしてたら、ふと「ここ、なに王朝なんだろうな」と思った。

いや、意味がわからないのはこっちもわかってる。

ただ、日本語のどこかに鳥貴族ギリギリ使える王朝名」があるはずだ、という確信けが先に立って、枝豆つまみながらずっと考えていた。

もちろん酔っ払いながら考えたことだから全然ロジックな話じゃない。

ただそのときはすごい真理に近づいたような気持ちになって一生懸命に思いついたことをスマホに向かって呟いてた。

その内容が以下。

問1.鳥貴族ギリギリ使える王朝名とは?

たとえば「平安王朝」。

平安王族

鳥貴族ハイボール飲みながら、「平安王族御用達」ってポスターが貼ってあったらどうだろう。

雅どころか、タレの匂いしかしない。


鎌倉王朝」はそもそも言い方として怪しいし、「鎌倉王族」と言われると急にサーフボード抱えた北条氏が浮かんでしまってダメだ。

王族というより、古参地元民みたいなニュアンスが強すぎる。

じゃあ中国あたりに逃げるかと思って、「唐王朝」「宋王朝」「明王朝」と順番に当てはめてみる。

王族

鳥貴族で大量の唐揚げを前に、「本日、唐王族宴会のため二階貸し切りです」とか書いてあったら、それはもう唐揚げ王国の話であって、歴史の話ではない。

だが語感は悪くない。唐揚げ王族。強そうだ。

王族は、なんか急にインテリ感が増してしまう。

鳥貴族で延々と清談してそう。

「この焼き鳥のタレ、宋代文人も泣くよね」とか言い出す。やかましい。

明王族。

これはもう「明るく陽キャ王族」みたいになってしまう。

鳥貴族最初拍手してコール始めるタイプ認知は高いが、距離は取りたい。

王朝名をぐるぐる回しているうちに、本題が見えなくなってきた。

自分が探しているのは、「鳥貴族が、自分の店の世界観としてギリ許容できる王朝名」だ。

たとえば「焼き鳥王朝」。

これはもう完全に店側がやりそうなPOPであって、歴史カケラもない。

でも「焼き鳥王族」は語感がいい。

背番号10番っぽい。

貴族」がつくなら、「貴族的な王朝」があるはずだと考えて、今度は「○王朝」ではなく「○王族から考えることにした。

「華王族」「鳥王族」「串王族」……。

だんだんスマホゲームギルド名みたいになってきた。

そもそも王朝」と「貴族」をくっつけようとしている時点で無理があるのかもしれない。

王朝権力構造だし、貴族はその中の身分階層で、鳥貴族はチェーン居酒屋だ。

歴史階級チューハイを、一本の串に刺そうとしている。

発想の時点で料理を間違えている。

それでも、カウンターで一人、レモンサワーの氷をカラカラ鳴らしながら考えてしまうのだ。

この店をひとつの国だとしたら、ここは何王朝で、自分は何王族として座っているのか、と。

店員さんは完全に「鳥貴族王朝」の官吏役人で、

常連は「串王族」、

会社飲み会で連れてこられた新卒は、まだ官位ももらえない「平民」。

そう考えると、「◯王族」の◯には、本当は「鳥」でも「平安」でもなく、その日の自分テンションとか、残高とか、座っている席の高さとか、そういうものが入るのかもしれない。

ハイボールを飲み干して会計を済ませ、外に出る。

看板を振り返って見ても、やっぱり「鳥貴族」としか書いていない。

王族の◯に入る文字は、たぶん一生わからない。

でも、もう一杯飲めるくらいの給料日が来たら、また考えに来ようと思う。

2025-10-16

特集任天堂Switch帝国”の腐敗 ——栄光の裏で進む「唐王朝化」と創造の死

■「Switchバブル」は終わった

任天堂はいま“盛唐の幻”に酔っている

 Switch成功──それは確かに歴史的だった。

 しかし、それは**「盛唐の繁栄」**のような一時の幻影にすぎなかったのではないか

 ハード世界で1億5千万台を突破し、株価は史上最高を記録。

 京都本社はまるで長安のごとく、黄金の瓦が輝き、経営陣は「任天堂時代は続く」と豪語した。

 だが、いまその都の地下では、制度が腐り始めている。

 Switch帝国はすでに、静かなる安史の乱を迎えているのだ。

■「任天堂らしさ」という名の呪い

 唐王朝が詩と礼の形式に縛られたように、任天堂もまた「伝統」の檻に閉じ込められた。

 “誰でも楽しめる”“子どもにも優しい”“家族の絆”──。

 一見、美しい理念だ。だがそれは同時に、挑戦を抑圧するシステムでもある。

 内部では新規IPは通りにくく、革新よりも“前作の延長線”が求められる。

 若い才能は沈黙し、外部のスタジオ依存する比率が増えている。

 それはもはや「遊びの会社」ではなく、形式を守るだけの官僚機構だ。

 創造の火を消すのは敵ではない。内部の儀礼主義である

■「外注王国」──中央の力を失った帝国

 唐を滅ぼしたのは外敵ではない。地方節度使である

 任天堂でいえば、それは外注スタジオライセンス先だ。

 いまや多くの開発が社外で進められ、本社は“監修”と“承認しか行わない。

 地方が動き、中央は祈る。

 それは、かつての唐が地方軍閥に統制を失った姿とまるで同じだ。

 「任天堂ブランドの統制」を掲げながら、その実態は分権化の嵐。

 本社京都はもはや“名ばかりの皇帝”に過ぎない。

ユーザー離反という「黄巣の乱

 唐の末期、民の不満が爆発して起きたのが黄巣の乱だった。

 その炎が都を焼いたように、いま任天堂を蝕むのはユーザーの無言の反乱だ。

 SNSにはこうした声が並ぶ。

 「Switchソフトが古い」

 「次世代機はいつ出るんだ」

 「結局、任天堂過去ブランド頼みじゃないか

 熱狂的だったファンが、いまや冷ややかに背を向け始めている。

 信仰が冷めた帝国は、もはや帝国ではない。

 その兆しは、すでに“数字に現れない危機”として進行している。

■「盛唐の夢」から醒めよ

 唐の玄宗晩年、滅びゆく王朝を前にしてなお、「盛唐の夢」を見続けた。

 任天堂もまた、Switch成功を“永遠栄光”と錯覚している。

 だが、その夢は現実を覆い隠す麻薬にすぎない。

 「任天堂らしさ」という美辞麗句の下で、創造精神は失われつつある。

 経営陣の決断が遅れ、技術革新出遅れクラウドAIの波を見逃す。

 その様は、かつて文明の中心にありながら衰退していった唐と何が違うのか。

結論:「最も華やかなとき、滅びは始まっている」

 歴史は繰り返す

 唐の長安も、いつか砂に埋もれた。

 任天堂Switch帝国も、いずれ同じ運命を辿るかもしれない。

 「繁栄絶頂」は、しばしば「終焉の始まりである

 任天堂が“盛唐”を抜け出せるか、それとも“後唐”として歴史に消えるのか。

 その分岐点は、もう目前に迫っている。

2021-09-06

anond:20210906022318

八世紀、唐王朝時代に「枕中記」を書いたヒト。沈既済という名らしい。



沈既済

【しんきせい】

(750 - 800年頃)

唐代歴史家小説家蘇州呉の人。歴史書『建中実録』10巻や、伝奇小説作品がある。

2020-02-29

anond:20200229021947

 
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