「UXデザイナー募集!」

 IT企業の採用情報で、こんな言葉を見ることが増えてきた。例えば検索サイトで「UXデザイナー 求人」と検索すると、SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)企業やスマートフォンアプリのベンダーを中心に、求人サイトがずらりと並ぶ。

 UX、つまりユーザーエクスペリエンスを一言でいえば、製品やサービスが利用者にもたらす「体験」のことである。使い勝手の良さ(ユーザビリティ)に加えて、使うことによる楽しさ、心地良さ、感動、愛着、行動の変化、はてはインスピレーションの喚起なども含まれる。優れたUXを提供するシステムを設計できる能力、それがUXデザイナーということになる。

UXの詳しい定義については、2010年にドイツで行われたUXセミナーの成果をまとめた「UX白書」(日本語訳)や、人間中心設計(ユーザー中心設計)の国際規格「ISO9241-210(ISO13407改訂版)」が参考になる。

 最近では、業務システムを手掛けるITベンダーも、UX重視のシステム構築に舵を切っている。

 NTTデータは、業務システムのUXコンサルティングを手掛ける英RMAコンサルティングを2012年10月に買収、その知見を社内のUXデザインに生かす考えだ。このほか日本IBM、NEC、富士通も、スマートフォン/タブレット向け業務アプリを中心に、優れたUXを実現する開発プロセスの標準化に取り組んでいる。

 社内のUX専門家をプールする専門組織を立ち上げる例も増えてきた。野村総合研究所が2012年6月に開設した「NRI未来ガレージ」、日本ユニシスが2011年に設立した「ユーザビリティ&デザインセンター」、新日鉄住金ソリューションズ(NSSOL)が2010年4月に設立した「デザインエンジニアリングセンター」などはその一例である。

デザインとエンジニアリングを融合する

 「では、UXデザイナーとはどのような人材を指すのか?」と言われると、ハタと困ってしまう。UX設計に役立つスキルの幅が恐ろしく広いからだ。思いつくだけでも、プログラミング、ビジュアルデザイン、インタラクションデザイン、ビジネス分析、はては心理学や民族誌学(エスノグラフィー)まで含まれるだろう。

 NTTドコモ「iコンシェル」のUX設計を手掛けたtakram design engineering 共同創業者の田川欣哉氏は、「UX設計にかかわる人材は『デザインエンジニア』であることが理想」と話す。つまり、デザインとプログラミングを分業せず、あるときはデザイナー的に思考し、あるときはエンジニア的に思考する人材が理想だという。

 なぜこうした人材が求められるのかといえば、プロトタイピング(試作)のプロセスを高速に回すためだ。

 優れたUXを実現できる企業は、企画の段階で何百回もプロトタイピングを行い、それに基づいて製品やサービスのコンセプトを修正するという。抽象化と具体化を高速に繰り返すことで、企画がどんどん緻密になる。

 デザインとコーディングが分離している場合、デザイナーは思いついたアイデアをエンジニアに忠実に伝える必要がある分、余計な工程を踏まなければならない。1人の人間がデザイナーとエンジニア双方の役割を果たすことで、このロスを減らし、数百回というプロトタイピングが可能になるというわけだ。