大手金融機関でも採用が進んでいるという「Red Hat Enterprise Linux」(RHEL)が今年末、3年ぶりのメジャーバージョンアップとなる――。数年前のエンタープライズ系OSのメジャーバージョンアップなら、コンピュータ誌がこぞって特集を組んだところだが、現状はさびしい限りだ。日経Linuxではかろうじて「特集4」で取り上げた。
実は、この記事の編集段階で、内容が二転三転した部分がある。
それは、RHELの新版について「メインフレームをリプレースできるほどの信頼性とスケーラビリティを狙っている」と記述した部分だ。新バージョンのリプレース可能なレベルは「メインフレームなのか」「ハイエンドUNIXなのか」という点で揺れた。最終的に記事では「メインフレーム」としているが、印刷所にデータが行ってしまった後に「やっぱりハイエンドUNIX」と執筆者側から申し入れがあった。変更は間に合わず、結局メインフレームのままとなった。どちらが適切な記述なのかは“微妙”なところなので、読者の方々にはご了承いただきたい。
24時間365日運用には、あと一歩
では実際に、どういった点がメインフレームに追い付いていないのか。
大きな点は「OSの中核であるカーネルのライブパッチ(再起動無しのパッチ適用)とアプリケーションのライブパッチ」だという。ライブパッチの機能がRHEL新版ではまだ入らず、パッチを当てるためのシステム停止が必要なため、24時間365日の運用が難しい。ただし、サーバーメーカーによっては、RHEL上に独自に実装しているところもある。
一方で、三菱東京UFJ銀行のシステム統合で要求があったといわれる「ボリュームマネージャ」のミラーリング機能は、RHELの新版で実現している。リソースの制御機能をはじめ各種機能を搭載し、メインフレーム並みになったといえる部分も多い。メインフレーム代替まで、あと一歩といったところなのだろう。
ビジネスモデルが違うだけ、「安い」とはいえない
Linuxを「安心」して利用できるようになったことに加え、大手企業では「安い」という認識で採用を進めているようだ。しかし、「安い」というのは本当だろうか。IAサーバーがメインフレームよりも安いというのは分かるが、Linuxをはじめとするオープンソースソフトは、単純に安いわけではない。というのは、Linuxにかかわる開発コストは、製品の価格ではない“何か”に転嫁されているはずだからだ。
Linuxカーネルは、米IBMや米Red Hatなど多くのベンダーが、人員(=コスト)を投入してここまで育ててきた。今年9月に日本で開催されたLinux技術カンファレンス「LinuxCon Japan 2010」では、NECや富士通、日立製作所などから多くのエンジニアが参加し、カーネルのトレース機能やファイルシステムの強化などを発表した。発表者は3社の合計で15人にも上る(海外勤務者も含む)。ベンダーそれぞれの思惑があるが、なんらかの形でコストを回収するのが前提だろう。それはシステムインテグレーション費という形だったり、ハードウエアの売り上げだったりする。
つまり、「安い」というよりも、「製品価格ではないところで稼ぐビジネスモデル」だととらえた方がよいだろう。
エンタープライズは見限られる?
逆にいえば、稼げるから、人員をつぎ込める。そう考えると、Linux、特にLinuxカーネルの進化の方向は、従来のエンタープライズ系からはずれていくかもしれない。IT産業での儲けどころはいまや、スマートフォンを含む組み込み系、クラウドサービス系といったところにシフトしているのは明らかだ。
Linuxカーネルはひとまとまりのソフトウエアであり、エンタープライズ用とか組み込み用とかに分かれていない。米Googleをはじめ、クラウドや組み込みの分野の企業がLinuxエンジニアを雇って開発を進めれば、OSの機能強化がそちらに向かうのは必然といえる。実際、エンタープライズ系のLinuxエンジニアがクラウドサービス企業や組み込み系企業に転職する話を最近よく聞く。
従来のように、ベンダー/メーカーが特定の大手企業のためにOSやミドルウエアを強化する構図とは違う。ユーザー企業は、Linuxをはじめとするオープンソースソフトを使う場合、“特定ベンダーに依存しないOS開発の取り組みに加わっている”という認識が必要だろう。LinuxConでは、開発者同士が技術強化の方向性について議論し合っていたが、ユーザーの声が加わればより良い議論になるはずだ。
オープンソースなのだからもっと「安い」はずだと考え、システムインテグレーション費を買い叩き、エンジニアを粗末に扱うようであれば、エンタープライズ分野は見限られるかもしれない。