久しぶりに工事進行基準の話。先日の情報サービス産業協会のセミナーを聴講していたら、講師がちょっとヤバイ話をしていた。それは、SIでのリスクを考慮して積んでおいた予備費、つまりノリシロの扱いだ。ヤバイというのは、下手をすると税務署ににらまれる恐れがあるということ。それも問題だが、この話はユーザー企業との関係を考えると結構根深い問題だ。
個々のSI案件のリスクを考慮して原価の見積もりの際にノリシロを付けるのは、ITベンダーにとって当然のビジネス行動。ユーザー企業が要件をまとめきれず、開発に向けてのまともな体制も作れないのなら、ITベンダー側のリスクは当然高まる。だから、ITベンダーはそのリスクを何らかの方法で計数化して、料金に上乗せしてユーザー企業に「お見積もり」を出す。
リスクはコストによってヘッジする。これはあらゆるビジネスの常識。ところが、まともな要件定義もせずシステム開発を丸投げしようとするユーザー企業に限って、その辺りの理屈が分からないから始末が悪い。「なんで、こんなに高いんだ!」と文句を言う客に、まさか「おたくの発注がいい加減だからですよ」とは口が裂けても言えないから、もっともらしい言い訳をつけてその場を誤魔化すことになる・・・。
それはともかく、こうしてノリシロを付けたSIプロジェクトがスタートして、めでたく完成に至ったとする。多くの場合は、原価が膨らみノリシロを食いつぶしてしまうのだが、中にはプロジェクト管理がうまくいき、ノリシロを使わずに済むこともある。従来のように検収時点で売り上げを立てるやり方なら、何の問題もないハッピーエンドだが、工事進行基準での会計処理だと事情が少し違ってくる。
工事進行基準では、売り上げや利益はプロジェクトの進捗度に応じて計上される。多くのITベンダーが採用するであろう原価比例法では、進捗度は見積総原価に対する実際に投入したコストの割合で測ることになる。で、四半期ごとに投入したコストにあわせて粛々と売り上げと利益が計上されていくわけだが、ノリシロを使わずにプロジェクトが順調に進んだ場合、最後の最後でノリシロ分が売り上げ&利益としてドンと計上される。
私のこれまでの理解によると、これは素晴らしいプロジェクト成功話であり、悪い話は早めに処理し良い話は確実になってから処理するという会計の保守主義の原則にも適う、そう思っていた。だから冒頭の講師の指摘は盲点だった。何がヤバイかというと、プロジェクトが年度にまたがり、次の年度の頭で完了した場合だ。確かに税務署から言わせると、「それって前期の所得の一部を先送りにして、前期に払うべき税金を払わなかったんじゃないの」ということになりそうだ。
ということで講師は、ノリシロを使わずに済むことが見えてきた場合、早めに見積総原価を修正するほうがよいと話していた。それともう一つ、「(ノリシロのような)バッファ部分は顧客に持ってもらい、仕様追加や開発機能の増加に応じて対価の額を交渉できるような契約にすべきである」と指摘していた。まさにおっしゃる通り。
私も以前、「責任を取らないCIO」の話の中で同じようなことを指摘した。ユーザー企業のCIOやIT部門は、本来なら開発プロジェクトの結果に責任を取らなければならない。リスクを自らが取る以上、それをヘッジするために必ず予算面でノリシロを用意する。それを適正な予算規模という。だから、ノリシロ分をユーザー企業にもってもらうというのは、極めて当たり前な話のはずである。
ところが現実は、プロジェクトを丸投げするユーザー企業が多く、なかなかそうはいかない。そういうユーザー企業はリスクを取るつもりなんてないから、IT予算にリスク・プレミアムなど要らない。ITベンダーに支払う料金は安ければ安いほどよいと思っているから、今のご時勢、コストカットを錦の御旗に買い叩こうとするだろう。これからはノリシロを確保するのも大変、ノリシロを確保した後も大変、ITベンダーにとってはそんな時代になりそうだ。やれやれ。