写真●中谷巌氏(多摩大学 教授 ルネッサンスセンター長,三菱UFJリサーチ&コンサルティング 理事長)
写真●中谷巌氏(多摩大学 教授 ルネッサンスセンター長,三菱UFJリサーチ&コンサルティング 理事長)
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 「日本文化の神髄は何か,とディナーの席で問いかけられて,うまく答えられるか。今後,企業がグローバル展開で成功するためには,ビジネスを離れたところで見識を持ち,現地の人にすごいと思われることが大事だ」。

 「グローバルで勝つ経営」をテーマに,2008年7月1日から3日間にわたって開催される「IT Japan 2008」。初日の基調講演で中谷巌氏(写真,多摩大学 教授 ルネッサンスセンター長,三菱UFJリサーチ&コンサルティング 理事長)は,冒頭のように問いかけた。企業のグローバル展開が「製造業の海外生産シフト」フェーズから「経営全般のグローバル化」フェーズに移る段階にある今,これまでのやり方を再考しなければならないという。

 「日本企業はオペレーションの面で,自社のやり方を現地に浸透させようとする。半面,経営理念や戦略については現地に任せてしまうがゆえに,現地が本社から遊離してしまう。本社から日本人を現地のトップとして送ると,今度は人材が流出してしまう。そういう例がいくつもある」(中谷氏)。

 中谷氏によると,グローバル展開する際にまずやらなければならないことは,グローバルに通用する自社の強みと弱みを認識することである。それを認識するためには,前提としている日本文化についての見識が欠かせない。

 「例えば,日本と欧米とではリーダーシップのあり方が違う。米国流のリーダーシップというと,ジャック・ウェルチが挙げられる。多額の報酬を受け取り,カリスマ性を発揮して周りを引っ張っていくタイプだ。しかし日本企業でカリスマ性を発揮すると,往々にしてうまくいかない」(中谷氏)。

 日本文化の特徴の一つは,トップのカリスマ性ではなく,現場の人たちの当事者意識が高いことだと中谷氏は指摘する。

 「日本企業の人が海外の人たちと一緒に仕事をして驚くのは,“それは自分の仕事ではない”という現場の人たちの姿勢だ。日本企業では,そういうことは考えられない。現場の人が自ら問題を解決しようという姿勢を持っている。だから,日本企業のトップのリーダーシップは,自らがカリスマ性を持って現場を引っ張っていくことではない。現場の人のモチベーションを引き上げることである」(中谷氏)。

 こうした違いは,各国の歴史の違いによって育まれてきたものだという。

 「戦争がなかった江戸時代は,『武士は食わねど高楊枝』という時代だった。商人が財力持ち,庶民が文化を担った。士農工商という階級制度はあったが,経済や文化を担ったのは武士や貴族よりも庶民だったのだ。その結果生まれたのが,平等主義社会,中空構造,配慮の文化,共同体主義といった日本の文化だ」(中谷氏)。

 “日本的なものはだめ”という姿勢で,日本の文化を否定する必要はない。むしろ,そこにある強みを認識することが大事である。このような強みは,きちんとコミュニケーションすれば,海外の人にも伝わるという。

 「テルモという医療機器メーカーには『テルモの心』という冊子がある。これは社員の心構えを書いたものだ。『信用第一』など内容は非常に日本的だが,海外の人たちが興味を持った。翻訳して今では海外でもよく読まれて,受け入れられている」(中谷氏)。