2006年の4月,日本ネットワークインフォメーションセンター(JPNIC)は「IPv4アドレス枯渇に向けた提言」という報告書を発表しました。私はこの報告書をまとめた番号資源利用状況調査研究専門家チームのチェアをやっていたこともあり,報告書が公開されてから,その後のIPv4アドレスの消費動向について注目していました。

 あれから半年以上がたち,既に2007年の新年を迎えました。あの報告書の枯渇時期予測に用いられていたデータは2005年12月のデータですから,枯渇時期予測がされてから約1年が経過したことになります。

 そこで,今回は1年前の枯渇時期予測と今年のIPv4アドレスの消費動向を用いて,予測と実際の比較をしてみようと思います。

予測では2012年に割り振りが終了する

 さて,まず最初に提言書で報告されている枯渇時期予測と2005年12月までのIPv4アドレスの消費動向について,おさらいしておきましょう。

 提言書で用いられた枯渇時期の予測が表1です。この表では四つの枯渇時期予測がありますが,現在インターネットから簡単にアクセスできる予測は4番目の“ISP Column”のものだけなので,こちらを今回の比較対照として見ていきます。

表1●2005年12月のデータに基づく枯渇時期の予測
ドキュメント名 発行年月 筆者 予測の特徴 IANA
プール
RIR
プール
BGP
The ISP Column
(How long have we got?)
2003年
7月
Geoff Huston ・過去10年間の傾向を将来に延長して予測
・BGPの経路数を考慮
2021年 2022年 2029年
IPv4 Address Report
(Potaroo)
2005年
12月28日
Geoff Huston ・過去10年間の傾向を将来に延長して予測
・BGPの経路数を考慮
2013年
1月(*)
2016年
1月(*)
2022年
8月
Internet Protocol Journal
(A Pragmatic Report on IPv4 Address Space Consumption)
2005年
9月
Tony Hain ・過去5年間の傾向を将来に延長して予測 2009年~2016年 -
The ISP Column
(Numerology)
2005年
11月
Geoff Huston ・過去3年間の傾向を将来に延長して予測
・BGPの経路数を考慮
2012年
1月24日
2013年
3月23日
2027年
1月16日

(*)Web上で日々データが更新されているため,日々枯渇予測日が変わる

 これによると,2005年12月時点での枯渇時期予測は2012年~2013年となっています。この予測の根拠は,それまでの消費動向から将来の消費動向を数学的な計算によって予測したもので,このグラフを図1に示します。

 一次関数を用いたものがもっとも甘い予測で2012年,一番厳しい予測は多項式を用いたもので2009年を指しています。どの式を用いるかは,過去の消費動向と今後どういう消費が期待されるかで決めます。あくまで予測で決定するしかありません。

図1●“ISP Column”によるIPアドレスの枯渇時期予測
/8のIPアドレス(IANA予約分を除いた234個)をすべて割り振る時期を計算すると,一次関数を用いたもっとも甘い予測で2012年,一番厳しい予測だと2009年に枯渇する。

 これまでの消費動向やインターネットの普及度からいって,一次関数で今後も消費が継続されることは期待しにくく,指数関数か多項式による予測がもっとも合理的と考えられています。そうすると,図が示しているIANAの割り振りは,2012年早々にも割り振りが終了するというのが一番合理的な予測となります。

 一方,IPv4アドレスは実際どれくらいの量が毎年消費されているかを具体的な数字を使って見てみましょう。IANA(internet assigned number authority)が各レジストリに割り振っているアドレス空間は/8単位(IPアドレスの上位8ビットがネットワーク・アドレス)です。IANAのホームページで割り振り状況がわかります。

 これによると,過去4年の消費動向は以下のようになります。

  • 2002年: 4個
  • 2003年: 5個
  • 2004年: 9個
  • 2005年:13個

 2002年以降,インターネットが急速に普及した結果,多くのサービスが登場し,これに伴ってIPアドレスは急速に消費されました。2004年,2005年は9~13個の/8という比較的大き目のアドレスが消費されています。そして,毎年の消費量も年々増えていることがわかります。

IPv4の消費は今も増加傾向にある

 おさらいがすんだところで,現在の消費予測を見てみることにしましょう。現在の消費予測は,2005年12月からちょうど一年たっていますので,この一年間でどれだけ差が出たのかがわかります。

 2005年末時点での予測に用いたデータを継続的に更新し,現時点での予測を出しているのが,先ほども紹介したISP Columnです。

 このページを見て最初に目に飛び込んでくるのは謎の写真ですが(いまだにこれが何の写真なのかわかりません),それはさておき,その下に注目してください。ここにIANAとRIRのIPv4アドレスの割り振り終了時期の予測,つまり枯渇時期予測が書かれています。

 この数字は,IANAやRIR(regional internet registry,世界中に五つある地域レジストリ)がIPアドレスを割り振るたびに更新されてしまいますが,私が見た2006年12月17日の時点では,IANAの割り振り終了が2011年5月,RIRの割り振り終了が,2012年8月です。

 先の2005年末時点での予測よりも半年ほど枯渇時期予測が早くなっているのがわかると思います。予測を出す根拠に用いられている手法などは,昨年のものと全く同じで,昨年のものに今年の消費動向が加わっているだけです。

 では,2006年は何個の/8がIANAからRIRに割り振られたのでしょうか。先ほどのIANAのページから2006年のものをカウントすると,2006年には10個の/8が割り振られたことがわかります。2005年の/8が13個というものと比べて少なくはなっていますが,過去の動向から平均すれば,やはり増加傾向と言わざるを得ません。IPv4の消費は今もなお増加傾向にあるといえるでしょう。

 一方,IPv4アドレスの残量は,IANAのページから見ると/8が52個となっていました。一年に/8が平均的に10個と考えてもやはり,あと5年程度と考えるのが妥当なのかもしれません。

IPv6へスムーズに移行できる対策が必要

 今後は,この残り52個の/8をどう消費するかを考えていく必要があります。

 IPv4の世界からIPv6の世界に一朝一夕に変化するということは通常考えにくいですから,ある一定の期間はインターネットはIPv4とIPv6は並存しながら運用されていくでしょう。このときIPv4アドレスしか持っていないユーザーはIPv6のネットワークにアクセスできませんし,その逆も同じです。

 すると,一部でアドレス変換によって相互接続の必要性がでてきますが,IPv4アドレスが枯渇してしまうと,この相互接続のためのIPv4アドレスすら確保できなくなります。

 もしかすると,いままでと同じようにインターネットの運用のためにどうしてもIPv4アドレスが必要になる局面があるかもしれません。そのときにIPv4アドレスがなくなっていると大変困ってしまいます。

 もう一つ考えなくてはいけないのが,IPv4の割り振りをどのように終了するかです。駆け込みで割り振り申請をして急速に消費が進み,先行的に割り振り申請をしたほうが有利となってしまうと,混乱を招く可能性があります。皆が納得できる公平な割り振りの終了をレジストリやアドレス・コミュニティの人たちは検討する必要があります。例えば,ある決められた日に,全レジストリが一斉に割り振りを停止するなどです。

 IPv4アドレスを使う側も無理なくIPv6へ移行できるように,緻密な準備をはじめる時期に来ているかもしれません。ですが,レジストリやアドレス・コミュニティも同様に様々な想定をしながら枯渇に備え,いくつかのルール整備を始める時期にきています。

 この新しいルールによっては,IPv4アドレスを一定量残し,非常時用に確保するなども考えられます。そうなれば,今枯渇予測時期の根拠となっている現時点でのIPv4の残量はその分へりますから,当然枯渇予測時期は早まります。

 現時点では,枯渇時期が2011年としてもまだ5年あります。ところが,仮に/8を5個ほど非常用に確保するとした場合には,枯渇時期予測は2010年になる可能性もあります。是非もう一度,あの提言書を読み直していただいて,適切に準備をしておくことをお勧めします。

■近藤 邦昭(こんどう くにあき)

日本ネットワーク・オペレーターズ・グループ(JANOG)の会長。1970年北海道生まれ。神奈川工科大学・情報工学科修了。1992年に某ソフトハウスに入社。主に通信系ソフトウエアの設計・開発に従事。1995年,株式会社ドリーム・トレイン・インターネットに入社し,バックボーン・ネットワークの設計を行う。1997年,株式会社インターネットイニシアティブに入社,BGP4の監視・運用ツールの作成,新規プロトコル開発を行う。2002年,株式会社インテック・ネットコアに入社。2006年には独立,現在に至る。