システム・エンジニアリング・サービス(SES)は日本のシステム開発において、人材と現場をつなげるのに必要不可欠な業態だ。だが「経歴詐称」「多重下請け」「偽装請負」「案件採用」といった問題を抱えやすい。それらが顕著な形で表面化したのが2024年7月に判決が出た「経歴詐称SES裁判」である。ITエンジニアとしての経験がない社員の経歴を偽らせ、システム開発企業に経験者として売り込んでいた企業経営者らが被告となった。東京地裁は被告に賠償命令を下し、被告は判決を不服とし控訴している。被告が運営していたSES企業の「経歴詐称スキーム」の実態を明らかにする。
被告のX氏とY氏はSES企業の元社長で、両氏の下に同様の企業が複数社存在している(以下、「被告運営SES企業群」と呼称)。X氏らは2021年以降、このSES企業群を徐々に拡大してきた。訴えたのは被告運営SES企業に入社し、顧客企業にITエンジニアとして送り込まれた複数の元社員である。
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複数の関係者への取材を基に判明した、未経験者をベテランエンジニアとして開発現場に送り込む経歴詐称スキームの流れを解説しよう。図内の①~⑦を確認してほしい。
段階ごとに手法を詳解していこう。
①未経験エンジニアがSES企業に応募:被告運営SES企業群の企業は求人サイトに、自社の求人を掲載する。タイトルや仕事内容に「完全未経験でも大丈夫」「やる気と熱意があれば活躍できる」といった文言が並ぶ。
②SES企業と面接、スクールを契約:求人に応募した未経験エンジニアは、被告運営SES企業群の企業に入社するための面接に進む。面接というが、内定率は「ほぼ100%」(被告運営SES企業群の元運営メンバー)だ。主目的は未経験エンジニアに「『スクール代』を支払えるか」「経歴詐称できるか」という2点について意思を問うことにある。
「スクール」とは被告運営SES企業群が主催する、⼊社した未経験者を対象に「IT業界で働くために必要なスキルやマインド」をレクチャーする研修のことだ。
③スクールで経歴詐称手法をレクチャー:被告運営SES企業群の1社の社長を務めていた元運営メンバーによれば「ほぼ全て、経歴詐称のスキルを教わる場」だといい、講師がプログラミング技術を教えるわけではないという。スキルシートをいかに「盛って」書くか、顧客企業との実質的な面接の場である「職場見学」をいかに乗り切るかのノウハウをたたき込むのがスクールの機能だ。スキルシートとは⼀般に、SES企業が開発企業側に提出する、エンジニアの技術レベルや経験年数などを記した書類を指す。
④派遣先企業と面接、派遣先の決定:社員はスクールで想定面接の練習を重ねた後、実際の受け入れ先企業と(実質的な)面接に臨む。最初の何社かは質問にうまく答えられず成功できないが、次第に慣れて経歴詐称が板につき、いずれ面接を突破する。
⑤派遣先で業務を遂行できず孤立:経歴詐称をして開発現場に入る社員(ベテランエンジニアとして振る舞う)が直面する現実だ。プログラミング言語を使った実務経験が何年もあるはずなのにろくにコードが書けなかったり、開発ツールの使い方さえ知らなかったりするので、周囲は徐々に冷たくなる。だが経歴詐称をしていたと真実を言うことは許されない。「(被告運営SES企業群の企業の)運営からは『疑われたとしても、決して経歴詐称していると言うな』と口止めされていた」(同企業群の1社の元社員)からだ。
⑥未経験エンジニアはSES企業を退職:精神的苦痛に耐えきれないエンジニアは被告運営SES企業群の企業を退職することになる。このとき他の社員と連絡を取り合うことは固く禁じられる。同企業群の企業は⑦「別の未経験エンジニアを募集」し始め、顧客に売り込める新たな「人材」を探して、①以降を繰り返す。これが経歴詐称スキームの全容である。
さらに関係者への取材を通じ、面接時の「テクニック」も見えてきた。スキルシートを磨き上げるための「経歴詐称マニュアル」も独自に入手した。