「取引先への詐欺行為」。東京地方裁判所は2024年7月、システム・エンジニアリング・サービス(SES)を手掛ける複数企業の事業内容をこのように認めた。経営陣らは、エンジニアとしての経験がなかった元社員に対して、経験を有する人材として振る舞うよう「経歴詐称」を強いていた。経営陣らはどのようにして未経験者をITエンジニアへと仕立て、システム開発現場に送り込んでいたのか。裁判の経緯や判決資料から明らかになった手法、日経クロステックが独自に得た関係者の証言からは、日本のIT業界が抱える構造問題が浮かび上がる。
「被告らの事業内容は、取引先に対する詐欺行為により利益を得ようとするものというほかない」。東京地方裁判所で、2024年7月19日に判決が下された損害賠償請求事件において、裁判長が認めた事実である。
裁判は、被告が運営していたSESを事業とする企業(以下、被告運営SES企業。一般のSES企業と分けて記述)に勤めていた3人の社員が、経歴詐称を強いられてシステム開発の現場に送られた上で、叱責されるなどにより精神的苦痛を受けたとして元雇用主を訴えたというもの。裁判所は慰謝料などの支払いを被告に命じた。被告は判決を不服として控訴している。
「スクール」契約を採用条件に未経験で入社
係争のいきさつを整理しよう。原告は被告運営SES企業3社に在籍したそれぞれの元社員A氏、B氏、C氏の3人である。入社前は他職種の社会人や学生などで、いずれもITエンジニアとしての実務経験がない点で共通している。
被告は東京地裁がその事業を「詐欺行為」と認める企業の経営者X氏とY氏だ。X氏はB氏の勤務先元社長かつC氏の勤務先社長であり、Y氏はA氏の勤務先社長である(いずれも提訴時の肩書)。
原告が同じ代理人弁護士の下、慰謝料及び被告運営SES企業へ支払ったスクール代の返還などを求めて2022年12月に集団訴訟を起こした。
SESはITエンジニアとシステム開発現場をつなぐ業態、契約形態である。システム開発企業が顧客となり、SESを事業とする会社がシステム構築関連サービスなどの役務を提供する。SESでは、SES企業側がエンジニアの労働力を顧客のシステム開発業務に提供し、システム開発現場側はエンジニアの技術レベルや働いた時間に応じた委託料を支払う。日本のシステム開発を支えてきた業態だが、表題の経歴詐称に象徴される様々な問題もはらんできた。
そもそものきっかけは、原告らが「Indeed」などの求人サイトに掲載されていた、被告運営SES企業の求人に応募したことだった。求人は「未経験者歓迎」をうたっていた。それぞれ採用面接を受け2021年2月から同年10月にかけ内定を得た。A氏とB氏は研修のための「スクール」契約を採用条件として同意、入社した。スクールには数十万円かかるとされていたが、A氏とB氏は支払いに同意した。プログラミングスキルを習得できると期待したからだ。
ところが入社後すぐに、両氏の期待は裏切られた。
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