ラヴェルのボレロは、オーケストレーションの魔法がいっぱい詰まった音楽だ。千変万化するオーケストレーションが施されたのは次の二つのメロディーである。
よく「たった一つのメロディーを何度も繰り返して」という説明がされるが、それは正確ではない。次にその二つのメロディーをあげておこう。 まず第1のメロディー。これをAテーマと呼ぶことにする。 続いて第2のメロディー。これをBテーマと呼ぶことにする。 このAテーマ、Bテーマはそれぞれ二回ずつ繰り返して一つの部分が出来ている。 即ち 第1部 A - A - B - B 第2部 A - A - B - B 第3部 A - A - B - B 第4部 A - A - B - B 第5部 A - B - Coda (aホ長調 - b ハ長調) こういう構成になっている。 一度だけ三度上の調に転調が行われるが、ほとんどがハ長調であり、終わりもハ長調である。初演の時、作曲家のフロラン・シュミットがこの全く転調しない音楽にとまどい、数分でホールから出ていってしまったと言う。オペラ座の廊下をウロウロしているシュミットは「出てきたのではない、転調するのを待っているのだ」と言ったと言うが、転調してからドアをあけて席に着く間もなく曲が終わっていたことだろう。 第1部(提示部) 最初にフルートがAテーマを演奏し、続いてクラリネットがこれを演奏する。伴奏はスネア・ドラムの奏するラヴェル独特のリズムにヴィオラとチェロのピツィカート。 クラリネットにメロディーが移るとラヴェル特有のボレロのリズム(民族的なボレロのリズムとは異なるものであるが)をフルートが刻む。上の楽譜の左は最初のフルートの伴奏部分。右がクラリネットの伴奏。 続いてこのフルートのボレロのリズムに乗ってBテーマがファゴットで演奏される。このBテーマは上に上げた楽譜の通りであるが、ストラヴィンスキーの「春の祭典」の冒頭と同様、最高音域を使って書かれていて、大変艶っぽい響きを持っている。 このファゴットの後、再びメロディーはクラリネットに戻される。しかし、Es管のクラリネットで実にエキゾチックな雰囲気をもたらしている。伴奏はひたすら一本のフルートとスネア・ドラムによるボレロのリズムとヴィオラとチェロのピツィカートにハープが被る…。 第2部 オーボエ・ダモーレにメロディーが移る所から私は第2部に入ると考えている。伴奏の刻みはフルートからバスーンに移り、弦のピツィカートは第1ヴァイオリン、第2ヴァイオリンにコンバスも加わる。 バスーンの刻みは高音ということもあり、ずっと一人というのはかなりの労力を要するので、次のように二人で分担するように書かれている。 しかし、オーボエ・ダモーレとは驚くではないか。バロック時代の楽器で19世紀にはほとんど使われていなかった楽器だ。シュトラウスの家庭交響曲の中でも使われているが、現代オーケストラの中で使われるのはこの2曲くらいしか私は知らない。ソロ曲でイサン・ユンにこの楽器の曲があったように思うが、他はバロックの時代の膨大な協奏曲の中で聞くことができるに過ぎない楽器だ。 通常のオーボエよりも少し大きく、A管。記音よりも短三度低い音が出る移調楽器である。イングリッシュ・ホルン(コール・アングレ)とオーボエの中間的な楽器と言えば良いだろうか? このオーボエ・ダモーレのAテーマに続いて弱音器をつけたトランペットによるAテーマがくる。このトランペットのオクターブ上でフルートがユニゾンをとっていて、ここではじめてメロディーにおける音色のブレンドが聞かれるが、第3部以降の音色のブレンドとはちょっと違っていて、隠し味程度に考えた方がよいだろう。 伴奏は第1ヴァイオリンも加わり(ここまで第1ヴァイオリンはずっと休み!!)ボレロの刻みはホルンに移っている。響きはより豊かになり、ここからひたすら盛り上がっていくのだ。 さて続いてサクソフォンがBテーマを演奏する。ボレロのリズムの刻みは前にAテーマを演奏していたのと同じ弱音器をつけたトランペットに移っている。そしてサクソフォンはまずテナー・サックスの最高音で始まる。 これに続いて同じサックスでもソプラニーノ、そしてソプラノと絶妙な楽器の移り変わりがある。ソプラノ・サックスの高音は金属質の音色となるため、そこをソプラニーノ・サックスを使い、広い音域を下ってきて、最後の所でソプラノ・サックスへと楽器が移っていく。聞いている者が何も気付かないように行われるラヴェルらしい技である。まぁ、楽器の音域からやむを得ずしたものであろうが・・・。 第3部 第2部までが、一部を除いてメロディーはソロで演奏されてきたが、ここからはハモリが入り、音色のブレンドが行われる。 ピッコロがホ長調とト長調、チェレスタがハ長調でホルンのAテーマにハモる。多調性によるこの部分、どうやって思いついたのだろう。おそらくはパイプ・オルガン的な効果を目指しているようだが、はじめて聞いた時には、どういう風に書かれているのかさっぱりわからず、ラヴェルの絶妙なオーケストレーションに陶然としたことを思い出す。 ここの部分は音量のバランスを正確に行わないといけないのだが、その辺りをスコアから読み取る必要がある。あくまでピッコロのハモリは隠し味なのだが、チェレスタがホルンとユニゾンというのは、なかなか思いつかないものだ。 続いてAテーマが今度はオーボエ属のオーボエ、オーボエ・ダモーレ、コール・アングレ、そしてクラリネット二本によって演奏される。 ここでの伴奏はスペイン調で、華やか!素晴らしい響きだ! 続くBテーマは、再びソロに戻り、トロンボーンが担当する。しかし、このトロンボーンのソロは極めて高い音域を使っているが、これがとても艶っぽく、ジャズの影響が色濃く出ている部分でもある。 続くBテーマの繰り返しはフルート二本、オーボエ二本、コール・アングレ、クラリネット二本にテノール・サクソフォンという木管属の全奏で応える。 第4部 ここではじめて第1ヴァイオリンにメロディーがくる。それに木管楽器群がユニゾンでとっていく。オクターブ・ユニゾンのヴァイオリンが広がりのある響きをもたらし、実に新鮮に感じられる。 これの繰り返しではメロディーは三和音で重ねられ、多調性を含む分厚い響きのメロディーとなって力強く流れ出す。 このAテーマの形を、ほぼそのままBテーマで行い、音楽はひたすらクライマックスへの階段を登り続ける。量が多いので、フィナーレで打ち込むのはこのあたりで終えるが、こうして盛り上げて行き、次の第5部へと音楽は移る。 第5部 ここでは繰り返しを行わず、Aテーマ、Bテーマが一回ずつ演奏された後、特に準備もなく三度上のホ長調に転調する。ここではホ音を主音とした次のような音階で音楽が出来ている。 この転調の部分は、ボレロのBテーマの部分を発展させたもので、同じ旋法によっている。とりあえずその旋法だけあげておく。 音楽はトゥッティで一気の盛り上がっていく。 さて演奏だが、実はこの曲は管楽器などのソロが多く、その名技性を云々する場合が多いが、実は微妙なバランスをとらないとラヴェルのスコアが生きてこないのだ。だから、お互いの音を聞き合いバランスを精妙にとる必要がある。 それが見事にバランスした演奏がクリュイタンス指揮パリ音楽院管弦楽団の演奏。ジャン・マルティノンの演奏も良かった記憶があるが、CDで持っていないので、長く聞いていない。 シャルル・ミュンシュ指揮パリ管弦楽団の演奏はテンポが大きく変化していき、大きく盛り上がる。しかしバランスが今ひとつで一流の演奏とは言いにくい。マニュエル・ローゼンタール指揮パリ・オペラ座管弦楽団の演奏(ADES/14.093-2)は、やや録音で難点があるが、実に見事なバランスで、オケもあまり個人プレーに走らせず、全体としてのバランスに優れた名演。 ロリン・マゼール指揮フランス国立管弦楽団は、私が聞いた中では最速の演奏だった。しかし、オーケストラ・コントロールの見事さはさすがだ。(SONY/38DC 140) 同じオーケストラをバーンスタインが振ったものもあるが、こちらは比較的ノーマルなテンポで、ゆったり聞ける。バランスもまぁまぁで、熱い思いと勢いだけとこの指揮者をイメージしていると、意外とテクニシャンだということがわかる一枚だ。(SONY/SRCR 8652) チェリビダッケ指揮のEMI盤はライブらしい傷がいくつもあり、最上のバランスでは聞けない。実際のそのホールでならどう響いたことだろう・・・。 シャルル・デュトワ指揮モントリオール交響楽団(LONDON/410 010-2)の演奏はクリュイタンス、ロザンタール以後の最も優れた録音として推奨できるものだ。バランスも見事。これ以上考えられないほどの仕上がりである。 ユニークなのはアンセルメだ。リズムの取り方が他の演奏とまるで違っている。スネア・ドラムの刻むリズムが微妙に崩れているのだ。しかし、それによって音楽が生き生きとしたリズム、テンポが生まれている。ソロもあまり評判が良くないが、私はそう思わない。1963年の録音(アンセルメ/フランス音楽の全て/LONDON/POCL-9589〜604)。バランスについてはもう絶妙としか言いようがない。ユニークな名演としてアンセルメも忘れてはならないだろう。 ラヴェルの自作自演の録音もあるが、これは参考程度にするべきだ。録音が古く、楽しむには不向きだ。(M&A/CD 703)しかし、これを聞くと、この曲の演奏、平均すると大体15分半くらいなのだが、ラヴェルは16分あまりと、結構ゆったたりとやっていることがわかる。
by Schweizer_Musik
| 2005-10-09 07:49
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