「ソフトウェア・ファースト」を読んだので、感想をラフなメモ書き。
非常に良い本だったので、自分の気づきをメモしておく。
【参考】
ソフトウェアファーストを読んで開発組織と外部委託について考えた | masaytan's blog
『ソフトウェア・ファースト』読書メモ その1 - Qiita
ノンプログラマーの機械屋が読んだ「ソフトウェア・ファースト」
【1】「ソフトウェア・ファースト」は良い本だ。
「ソフトウェア・ファースト」のターゲットは、特にメーカーの経営陣、中間管理職の人達だと思う。
そういう言葉は書かれていないが、トヨタの話やメーカーの生産管理とソフトウェア開発の比較、などの話が多いので、メーカーの人にはとても響くだろう。
特に、メーカーにいて、ITに詳しくないが、ITが経営に直結している立場の人達、つまりメーカーで経営上の意思決定をする人達が読むべき本だ。
どのメーカーも、トヨタが生み出したJIT生産、なぜなぜ分析、自働化など数多くの概念を自社に取り入れようと努力してきたから、あのトヨタも変わっているのか、と気づくだろう。
【2】IT技術者として「ソフトウェア・ファースト」を読んで興味を惹いた部分はいくつかある。
【3】メーカーがソフトウェア開発を内製化していない点を痛烈に批判している。
メーカーの生産管理では、自社の工場で生産計画・生産統制をできるだけ内製化し、その品質管理だけでなく、外部取引先から調達する部品の品質管理も徹底的に行なっている。
「手の内化」というトヨタの言葉はその通り。
たとえば、日本の元請け企業は自社の技術社員を、下請け企業に派遣して、調達する部品の品質管理や進捗管理を行うだけでなく、わざわざ下請け企業の社員に技術指導まで行っている場合が多い。
つまり、日本のメーカーは、自社の工場だけでなく、自社の製品に関わる下請け企業までを生産管理の対象とみなし、一連のサプライチェーンを品質管理することで、品質向上を図ってきた。
だから、日本の製造業が生み出す製品の品質はとても高い。
一方、メーカーのソフトウェア開発では、自社でソフトウェア開発は内製化しないだけでなく、外部からの委託・調達したソフトウェア製品やソフトウェア成果物の品質管理すらも全くできていない。
つまり、メーカーは製造プロセスのサプライチェーンまで自分でコントロールしているのに、なぜ、ソフトウェア開発ではまともな品質管理すらせず、コントロールしないのか、と。
IT技術は知らないから、というのは言い訳に過ぎない、と痛烈に批判している。
たとえば、「ソフトウェア・ファースト」の一節に、トヨタの豊田章一郎社長が社長に就任した時に、企画開発チームに実際に赴いてその知見を乞うたが、あのトヨタの社長でもそうならば、ITが経営上重要になっているならばソフトウェア開発の現場に経営陣も自ら赴くべきではないか、と。
3現主義と言いながら、ソフトウェア開発の現場は見ていないでしょ、と。
【4】SaaSはソフトウェアの特徴をうまく活用している、という主張は本当に興味深い。
SaaSの最大の特徴は、ユーザの生の声をフィードバックで収集できる点だ。
自動車であれ大半のメーカーでは、工場や最新機械などの固定費が膨大な為、資本を減らすために、販売店などを切り離している。
よって、メーカーは販売した製品に関する消費者の生の声を集めるチャネルを持っていない弱点がある。
この弱点は、昨今のGoogle・Apple・Facebook・Amazonを見る通り、メーカーにとって致命的。
トヨタのようなガソリン自動車メーカーは直販プロセスを持っていない一方、後発の電気自動車メーカーであるテスラは、直販チャネルを持っている上に、さらに、自車の運行データをユーザから収集して自動運転に活用しようとさえしている。
Saasでは、ユーザの生の声はカスタマーサポートからシステムのアクセスログに至るまで、数多くのチャネルがあるので、それらを収集して分析することで、より良い製品へ改良するきっかけになるし、開発チームにとっても、製品改良のモチベーション向上にもつながる。
特に、GAFAは、ユーザのフィードバックの収集・分析・改良・リリースという一連のプロセス構築がうまいのだろう。
その一連のプロセスは、アジャイル開発そのものだ。
従来のメーカーが大事にしてきたPDCAサイクルとは本質的に違っていると思った方が良い。
僕自身が持つアジャイル開発の認識も古くなっていると思った。
僕は以前は、アジャイル開発の本質は小規模リリースだ、と思っていたが、今は1日数十回もリリースできるような高速な開発プロセスにまで洗練されている。
そのアジャイル開発の本質は、DevOpsだ。
DevOpsは単に、運用も開発もチームが一体化したもの、という認識だけではないと考える。
ソースを機能改善したら即反映できるリリースプロセスを整備したもの、と認識すべき。
以前のアジャイル開発のボトルネックは、リリース工程にあったと思う。
継続的インテグレーション、継続的デプロイなどがXPのプラクティスにも含まれていたが、それらが重要なプラクティスであった理由は、リリース工程がソフトウェア開発の最大のボトルネックだったからだ。
実際、今でもWF型開発でソフトウェアを開発していれば、製造工程よりもテスト工程とリリース工程で膨大な工数がかかっているはずだ。
多くのプロジェクトマネージャは、テスト工程でリリース工程で手を焼いているはずだ。
つまり、下流工程と呼ばれるテストやリリースの工程がソフトウェア開発のボトルネックであり、それを制御するのは難しい、という現実を示唆していたのだと思う。
しかし、今では、クラウド上でカナリアリリースやInfrastructure as Codeのように、本番環境やリリース作業を構成管理の配下でコントロールできるようになったおかげで、自信を持ってソースの機能改善ができるし、新機能に挑戦できる心理的メリットも生まれているはずだ。
つまり、システムの機能改善という、ソフトウェアの本質的な価値を具現化するものにより力を注げる開発プロセスを構築できるようになったわけだ。
【5】メーカーがソフトウェア開発を内製化した時の組織構造や組織文化の話も非常に興味深かった。
一読した限りでは、メーカーの組織文化とソフトウェア開発の組織文化は水と油なので、ソフトウェア開発は別の組織で分社したり、企画開発に特化したり、マトリクス型組織にする、などの示唆があったのは興味深い。
たぶん、著者自身も数多くの試行錯誤をされているのだろう、と思う。
メーカーではないが、サイボウズの組織構造の変化のコラムが興味深かった。
サイボウズも中小企業だった頃は、機能別組織であって、開発・運用基盤・企画営業など縦割りの機能に分かれていた。
しかし、SaaSを販売してユーザのフィードバックをSaaSに反映していくようになると、そういう縦割りの機能別組織では、社内のコミュニケーションが取れず、現場が混乱した。
そこで、製品別組織に立て直し、企画から開発・運用に至るまでのプロセスを一つの部門で担当できるようにしたら、上手く回るようになり、組織文化も良くなっていった、という。
つまり、機能別組織から事業部制に変化したわけだ。
この話を読んで、チャンドラーの「組織は戦略に従う」という文言を思い出させる。
チャンドラーの組織発展モデルでは、企業内部の組織は事業の発展によって、単一の機能別組織から事業部制組織、そして分社化した子会社・関連会社を持つコングロマリットという多国籍企業へ変わっていく。
ソフトウェア開発の組織構造も、メーカーと異なっているとしても、組織構造のモデルという自然法則に従わざるを得ないわけだ。
【6】ソフトウェア開発組織の職種として、エンジニアという技術専門職だけでなく、プロダクトマネージャーとエンジニアリングマネージャという管理職も上げている点が興味深かった。
僕の理解では、エンジニアリングマネージャはアーキテクトかつプロジェクトリーダーのイメージ。
プロダクトマネージャーは、Scrumのプロダクトオーナーのイメージ。
プロダクトマネージャは、ソフトウェア開発の経験があるのは良い点だが、その経験が逆に邪魔する時がある。
本来の製品のあるべき姿は、その時代の技術の制約から離れて考えるべきなのに、ソフトウェア開発の経験が邪魔して、その時代の実装方法に依存した製品イメージを描いてしまい、本来の姿とかけ離れてしまう弱点もある、と。
そういう指摘は非常に参考になった。
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