超人ナイチンゲール/中動態の世界

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医学書院のシリーズ「ケアをひらく」より栗原康『超人ナイチンゲール』と國分功一郎『中動態の世界 意志と責任の考古学』を読んだ。
Twitterを辞める直前、人文系のアカウントがケアを話題にしている時期が多くあった。当時、積極的に話題を追う気力は無かった。しかしながら、上記記事を読み興味を持つに至った。

栗原康『超人ナイチンゲール』

ナイチンゲールについての知識が全く無かった。
著者はアナキズム研究者になり、ネット上等の執筆記事を読んでいたものの、単著を読んだことは無かった。
著者独特の口語調に近い文体はリズミカルで先を読ませる。

一般的にナイチンゲールは看護師、合理主義者の面が強調される一方、本書は神秘主義者の面にフォーカスした評伝になっているという*1。
そもそも、ナイチンゲールの看護師としての活動はクリミア戦争(1853年~1856年)のみになり、イギリスに帰国後はクリミア戦争に関して統計学を用いて陸軍の医療改革、病院の設計をしたという。しかし、その行動の源泉は神秘主義になり、実際にそういった記録が残っているという。

國分功一郎『中動態の世界 意志と責任の考古学』

第16回小林秀雄賞と紀伊國屋じんぶん大賞2018を受賞している。
平易な筆致が優しく、ゴールデンウィーク後半を掛けて読み切ったことは、随分と哲学書から離れていた身に自信をもたらしてくれた。
それでも議論の流れは追うことが精一杯のところも多かった。

中動態は哲学的な観点からこれまでも顧みられてきた。
現在の能動態と受動態の対立関係は、以前は能動態と中動態の対立関係になり、中動態から派生した受動態がその後に中動態と置き換わった。
本書はフランスの言語学者エミール=パンヴェニストの中動態の定義「能動では動詞は主語から出発して、主語の外で完遂する過程を指し示している。これに対する態である中動では、動詞は主語がその座となるような過程を表している。つまり、主語は過程の内部にある」「主語はその過程の行為者であって、同時にその中心である。主語[主体]は、主語のなかで成し遂げられる何ごとか―生まれる、眠る、寝ている、想像する、成長する、等々―を成し遂げる。そしてその主語は、まさしく自らが動作主〔agent〕である過程の内部にいる」を採用している。
パンヴェニストはサンスクリット語、ギリシャ語、ラテン語、アヴェスタ語に共通する能動態のみの動詞と中動態のみの動詞をピックアップして比較している。ここで能動態のみの動詞は「曲げる」や「与える」、意外に思われるところだと「在る」や「生きる」になる。一方、中動態のみの動詞は上記の定義でピックアップされているものや「死ぬ」「ついて行く、続いてくる」になる。
本書ではここから更に能動態と中動態について考察が続きスピノザ哲学に至る。
能動/すると受動/されるの対立ではなく、刺激を受けて変化し、この変化の影響を受けている、特徴ある個人の行為や思考。これは能動や受動という責任のあり方では捉えられないものになる。

本書の参考文献からのピックアップ。

  • 國分功一郎『スピノザの方法』
  • 國分功一郎『暇と退屈の倫理学』
  • 國分功一郎『原子力時代における哲学』
  • ハンナ=アレント『精神の生活』
  • ハンナ=アレント『革命について』
  • 萱野稔人『国家とはなにか』
  • カール=マルクス『ルイ・ボナパルトのブリュメール18日』
  • ハーマン=メルヴィル『ビリー・バッド』