まさかの一瞬
其の一
鮨屋でカワハギの肝和えを肴に飲んでいたときのこと。
二人組の客が入ってきて、席に着くやいなや、とりあえずビールを注文した。 ひとりは大ビールでもうひとりは小。
すぐさまビールはお盆にのせられ運ばれてきた。
女給さんは、まず小を置いた。 次いで大ビールを手に取ったところまではよかったが、何としたことか、うっかり手をすべらせてしまい、こともあろうに、客の背中にドバーッ、と全部ひっくり返してしまった・・・。
かけられた当人は何が起きたかと跳ねるように立ち上がった。 相方は目を見開いたまま動けずにいる。
オイは酒を噴出してしまうほど驚いたが・・・ていうか、本当に驚いた時は噴き出すことすらできない。 もう、ただボー然と、その光景を見ているだけだった。
カウンター内の店主も唖然としていたが、すぐ我に返り「申し訳ございません、おいっ、おしぼりっ!」と店の奥にむかって叫んだ。
すぐさま若い板前さんがおしぼりを山ほど抱えて走ってきて、ビールを浴びた客の体を拭いている。 女給さんはどうすることもできず、ただボー然としている。
「あービックリした。 こんな寒い日に、まさかビールを浴びるなんて思ってもみなかったよ。 その上着、高いもんじゃないからそんなに拭かなくてもいいよ、テキトーに乾かしといて」 とかけられた当人はアッサリ。 怒られなかったことが逆に涙腺を刺激したらしく、女給さんは「すみません」とウルウルしていた。
椅子もずぶ濡れだったから、二人組は席を移る事になった。 それに伴い、オイも移動を余儀なくされた。
そして何事も無かったかのように、時は流れだした。
其の二
パーティーがホテルの宴会場で開かれた。 忙しかったから少し遅れて到着すると、フロントで男が怒鳴っている「何で入り口閉めたんだ! 俺ゃあ、ちょっとコンビニに行ってきただけなんだ!その隙に入り口を閉じてしまうとは何ちゅうことか!!責任者だせ!」。
フロントは「閉めていません」の一点張り。
ちょうどその会場に向かうところだったので「私も今からそこに行くんです。 よかったら一緒に行ってみませんか?」と聞いてみたら「じゃあそうしようか!」ということになった。
「ほら、この扉を閉め切っちゃってるもんだからさ、入るにも入れないわけよ!」と男。
「へぇー」と言いながらドアを軽く押してみたらもう、素直に、滑らかすぎるくらい「フヮー」と開いた。 「あれ?開きましたね」と男を見たら、
「ああ、オレ引いてた! 押すんだね! ごめんねごめんね!」と今までのしかめっ面が嘘のように上機嫌になり会場の中に消えていった。
うそぉ、てかんじ。