藤原道兼

昨日、「光る君へ」スタートの記事を書いたが、ドラマ開始後に、その記事にではなく、以前(2022年5月)に書いた「「光る君へ」~2024年大河ドラマ」にコメントを寄せてくださったかたがある。

そのコメントを一言で言えば、「光る君へ」の藤原道兼の描き方はおかしいというものである。コメント主は山城守(まさかヤマシロマモルではなかろう)というハンドルネームを使っておられるが、『大鏡』を引用して、それが描く道兼像を説明していただいた。
詳細は当該記事のコメントをご覧いただければと思うけれど、私もそのコメントへの返答として、"「陰謀を確実に遂行する冷血漢という人物像」とのご指摘、きっとそうなのでしょう"と書いている。

それで、「光る君へ」での道兼の暴力シーンを集めてみた。
役者の演技としてはすばらしく、すぐに激高する道兼をうまく演じているわけだが、これは本当の道兼ではないだろうという話である。
後に、花山天皇を出家に追い込むときに、私もお供をしますを翻すという、計画的で冷徹な道兼である。本当はこっちのほうがなんともイヤラシイ人物になりそうだが、作者はそういう救いようのない道兼にはしたくなかったのかもしれない。

ドラマでは、まひろ(紫式部)の母を刺殺し、道隆・道兼・道長の三兄弟との入り組んだ人間関係を描いていくのであろうが、道兼はその駒にされたというわけだ。かわいそうに。

前にも書いたが、「光る君へ」は歴史ドラマではなく、時代劇である。
登場人物の描き方はストーリーの都合上、実際とは隔たることを責めるつもりはないが、本当は、実像のほうが面白いというのが私の思いである(事実は小説より奇なり)。
激高型の道兼より、史料に近い冷徹で残酷な道兼のほうがおそろしさでは上のように思う。

そういえば、道長はすごく気が弱く、自分が陥れた政敵の怨霊をひどくおそれたという話が残されている。
これもきっと「光る君へ」では描かれないか、描くとしても、おそれおののくとかではなく、憐憫の情を示すぐらいになるのではないだろうか。

ところで、山城守さまのコメントでは、鳥が逃げるシーンを、「若紫」での同様の話に重ねて良かったと書いておられる。
私もそう思うけれど、源氏物語では鳥を逃がしてしまうのは犬君(お付きの童女)で、紫の上本人ではない。ドラマではそういう人物はいなかったから、源氏物語に近くするなら弟太郎が逃がすほうが良かったかもしれない。

いずれにせよ、こうした源氏物語にあるエピソードが、いつ、どういう形で採り入れられるか、これからも注意してみていきたいと思う。
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