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後退する民主主義 国民分断と失望、権威主義へ傾倒 V−Dem研究所・粕谷祐子氏<毎日新聞>

後退する民主主義 国民分断と失望、権威主義へ傾倒 V−Dem研究所・粕谷祐子氏

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 ロシアのプーチン大統領はさぞや驚いたことだろう。軍事力やカネではなく、ウクライナ侵攻で危機にさらされた自由や民主主義といった概念が、ウクライナ人や西側の政治家を動かすなんて。だが、世界に目を向けると、民主主義の価値を信じる人々は減少しているようだ。強権的な政治家が権力の座につき、米国のような自由民主主義(リベラルデモクラシー)の国でも民主主義が劣化している。なぜ民主主義が後退しているのか? 処方箋はないのか? 世界各国の民主主義の動向を調査してきたV-Dem研究所(スウェーデン)の東アジアセンター所長を務める粕谷(かすや)祐子・慶応大法学部教授(比較政治学)に聞いた。

 ――ロシアによるウクライナへの軍事侵攻が、世界の民主化や権威主義化に与える影響をどう見ていますか。

 ◆二つあります。一つは、超大国・米国の外交政策への影響です。米国ではウクライナ侵攻を権威主義体制の国による民主主義への攻撃と捉える人が多く、世界で民主主義を拡大しようとする動きが一層強まります。米議会でも民主化促進は米国の国益になるとの主張が強くなり、途上国の民主化支援の予算が増えるでしょう。

 もう一つは、途上国でインフレが進むことで引き起こされる権威主義化です。ウクライナはアジアやアフリカへの穀物の輸出国で、小麦は貧困層が頼るインスタントラーメンなどの原料でもあります。食料品の高騰がガソリン代の高騰と相まって貧しい人々の生活を直撃し、不満が高まります。強権的な政治家が台頭する土壌を作ってしまう可能性があります。

 ――500万人を超えるウクライナ人が難民となり、他国に流出しました。これが原因となり、欧州でさらに排外的で強権的な政治家が増えることはないでしょうか。

 ◆欧州のポピュリスト政治家が攻撃の対象にしてきたのは、中東のシリアや北アフリカから来た非白人、非キリスト教徒の難民です。ウクライナ難民は白人なので、こうしたレトリックには直接的に当てはまらない。例えば、権威主義化するポーランドもウクライナ難民の受け入れには積極的です。

 ――世界的な民主主義の後退と権威主義化の原因は何でしょうか。

 ◆ここ10年の現象は統一的な原因によって引き起こされているものではありません。その要因も起きていることも地域によって異なります。例えば、欧州諸国の場合は、厳しい民主主義の基準を求める超国家機構の欧州連合(EU)へのバックラッシュ(反発)、非白人の難民の流入が強権的な政治家の台頭を招き、彼らが民主主義を壊しています。

 アジアに目を向けると、インドではヒンズー・ナショナリズム、フィリピンではエリート政治家に対する幻滅が主な原因です。カンボジアはもともと権威主義体制だったところに、中国というアジア地域における権威主義の中枢的存在が援助してくれるので、より権威主義的な政治をしやすくなっています。香港は中国に直接的に自由を制限されて民主主義が後退しました。

 (1991年の)ソ連崩壊による冷戦終結は世界各地で民主化を促進しました。しかし、今はそういった地殻変動的な要因は見当たりません。強いて言えば、情報技術の発達が民主主義を壊そうとする人たちに使いやすい武器を提供したということでしょう。

 ――権威主義化は、民主主義国の間でも起きています。民主主義を知っているはずの国民がどうして権威主義に傾くのですか。

 ◆それぞれの地域によって違うと思いますが、いくつかのパターンはあります。米国は一つの典型です。(2大政党の)民主党支持者と共和党支持者の間に、「坊主憎けりゃ袈裟(けさ)まで憎い」といえるような感情的レベルでの深い分断が生まれ、それを突いて権威主義的なトランプ大統領が誕生し、メディアや裁判所のように権力をチェックする機関を攻撃しました。

 もう一つはフィリピンのパターンで、社会的分断はほとんどないが、これまでの民主主義の機能不全に失望した国民が、「新しいことをやる」と約束する政治家に期待して、その人がやることを全て許してしまう。

 ――民主主義の機能不全に失望してさらに民主主義を壊す強権的な政治家を選ぶことが理解できないです。国民が権威主義に引き付けられないようにするための処方箋はないですか。

V-Dem研究所発表の今年の報告書に載った「2021年の自由民主主義の状況」。濃い赤はより権威主義が強いことを示し、濃い青はより民主的であることを示す=同報告書より拡大
V-Dem研究所発表の今年の報告書に載った「2021年の自由民主主義の状況」。濃い赤はより権威主義が強いことを示し、濃い青はより民主的であることを示す=同報告書より

 ◆あるとすれば、主権者教育です。小中学校の頃から、民主主義の機能や投票の意味について教えることが重要です。日本は「政治は汚いものだから触らない」という傾向があるように思いますが、それだと(強権的な政治家への)集団免疫がつきません。子どものうちから政治についてのリテラシーを高める工夫が必要です。

 ――民主主義が後退する時、最初に出てくる症状は何ですか。

 ◆あえていうと、強権的リーダーが民主主義を壊すとき、一番壊しやすいところから壊します。まずはメディア、そして人権団体など市民社会を支えるNGO(非政府組織)です。報道の自由が制限され、ジャーナリストが殺されても、有権者は強く反発しない場合が多いのです。フィリピンの場合では、警察や自警団がNGO職員を拘束したり、暗殺したりする場合もあります。

途上国は危機的状態

 ――まるで鍋の中でゆっくりとゆでられるカエルのようです。気づいたときには、民主主義が死んでいます。自由民主主義の体制下に生きる私たちはその価値を忘れがちですが、そもそも民主主義はなぜ大切なのでしょうか。

 ◆一つは、人々が生きていく上でのさまざまな自由がある程度確保できるということです。二つ目は物質的なメリットです。全体的かつ長期的に見ると、経済成長、乳幼児死亡率、平均寿命などで民主主義体制の国の方が、権威主義体制の国よりも結果が良いのです。民主主義より権威主義を好む人が念頭に置く“成功例”は、中国とシンガポールという極めて例外的な2国です。全体で見れば、権威主義体制の国は経済成長にばらつきがあり、ほとんど経済成長していない国も多いのです。

 ――これ以上、民主主義が後退しないようにするにはどうすればいいでしょうか。

 ◆例えば、民主化支援の予算の分配を変えることです。冷戦時代は選挙管理や有権者教育への支援が中心でしたが、今後は途上国のジャーナリストを育てることも大事です。さらに、インターネットでの嫌がらせを防ぎ、偽情報を拡散させないための工夫を支援することが大事になっていくでしょう。

 ――民主主義が後退し、権威主義化が進むという世界的な傾向は止まると思いますか。

 ◆民主主義は回復できないと思います。特に途上国の民主主義の状態はかなり危険な状態にあります。もともと民主主義的な制度が弱く、政党政治が発達しておらず、三権分立が機能していません。そこに強権的な指導者が現れ、弱い民主主義をより弱くする。とても悲観しています。【國枝すみれ】


「進んだ」15カ国のみ

 V-Dem研究所が3月に発表した2022年の報告書によれば、21年時点で権威主義体制の国は90カ国に増え、世界人口の7割(54億人)がその下に暮らしている計算だという。民主主義体制の国は89カ国で、人口の29%。全世界で民主主義が後退した国は33カ国(世界人口の36%)で、米国やブラジル、インドといった人口の多い国が含まれ、ポーランドなど欧州連合(EU)加盟の6カ国も入っている。一方で、より民主主義が進んだ国はわずか15カ国だった。

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平和な有明海

Author:平和な有明海
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佐賀市在住です。平和や障がい者、有明海問題に強い関心を持っています。1950年生まれ。戦争法廃止、原発廃止、有明海再生、障害者と共生できる社会づくりを目指します。

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