杉野です。
https://webronza.asahi.com/national/articles/2020082500002.html?page=1 環境省が秘密裏に進める「汚染土で野菜栽培」
放射性物質で汚染された土壌が国民の知らぬまま利用可能となる危険
大島堅一 龍谷大学政策学部教授 原子力市民委員会座長
2020年08月30日
東京電力福島第一原発の事故で、敷地外の土壌が広範囲に汚染された。
放射性物質で汚染された土壌を剥ぎ取ることを「除染」という。環境省は、除染で剝ぎ取って袋に詰めた土(除去土壌)を、袋から出して利用する 計画を進めている。
環境省は、除去土壌をそのまま使うのではなく、汚染されていないきれいな土で覆土して利用するとしてきた。これまでは園芸作物・資源作物で使用するとしており、筆者は注目していたところであった。
そこにきて、2020年5月1日に行われた記者会見で、小泉進次郎環境大臣が、飯舘村長泥地区での実証事業で「これまで行ってきた花や資源作物の栽培に加えて、震災前に住民が栽培していた食用作物の試験栽培も実施する予定であります」と記者会見で言っているのを目にすることになった。
発事故による除染で出た土を農地に再利用する実証事業を視察する小泉進次郎環境相(中央)=2020年2月、福島県飯舘村
この件に関する詳細な情報は、環境省ホームページに存在していなかった。具体的な内容を知るべく、筆者は行政文書の開示請求を行った。
そこで分かったのは、環境省が、覆土した状態で野菜を育てるだけでなく、覆土無しでもキャベツとインゲンを栽培する実証事業を行うということだった。
このことは一般には知られていなかったため、筆者が入手した資料を基礎に、2020年8月8日、共同通信がこの事実を報じることになった。また、NHKや朝日新聞、河北新報、東京新聞も覆土無し栽培のことを伝えた。
飯舘村での「除去土壌」の「再生利用」
飯舘村長泥地区は、福島原発事故後に設定された帰還困難区域にある。
ここでは、汚染しているため剝ぎ取った土「除去土壌」を「再生利用」するための実証事業が行われている。「実証事業」は、物事を実現させるために安全性を確認するための実験と言ったほう がわかりやすいかもしれない。
「除去土壌」も紛らわしい言葉である。
「除去土壌」とは、福島県で実施した除染作業で剥ぎ取ったもので、放射性物質で汚染されている土のことである。新聞やテレビでは、「除染土」または「汚染土」と言われることもある。
今回の食用作物の栽培は、「除去土壌」の「再生利用」の一環である。今まで、環境省は、「除去土壌」の再生利用を、食用作物栽培を覆土無しで実際に進めると公の場で詳しく説明したことはなかった。
環境省が進める「除去土壌」の「再生利用」とは一体何か。
東電福島原発事故によって広い地域で放射性物質による汚染が広がった。放射性物質で土地が汚染されると、放射性物質だけを土地から取り除くことはできない。そこで、土壌から汚染された土壌を剥ぎ取り、運び出す作業が国によって進められた。
これが除染である。
土壌を剥ぎ取るのだから、当然、大量の「除去土壌」が発生する。「除去土壌」の量は、福島県内で1400万立方メートルに及ぶ。これを全て最終処分しなければならないとすれば、量が多すぎる、と国は考えた。
そこで、これをできるだけ少なくしようというのが「再生利用」の目的である。
最終処分する量を減らすために、「再生利用」を増やす。わかりやすく言うと、「放射性物質で汚染された土壌」(除去土壌)をできるだけ「利用」しようというのが今の環境省の方針である。
気をつけなければならないことは、「除去土壌」を「再生」するといっても、土から放射性物質を取り除くわけではないということである。「再生」とは、「土壌の分別、濃度確認、品質調整」を行うこと、つまり、放射線量を計測したりゴミや石を取り除いたりして利用しやすくするのである。
そして、「除去土壌」は、「再生」されると「再生資材」に名前が変わる。
つまり、「再生資材」は、規格化された「放射性物質で汚染されている土壌」である。「再生資材」は、低レベルとはいえ放射性物質で汚染されており、土壌1キログラムあたり8000ベクレル(ベクレルは放射能の量を示す単位)以下とされる。
従来、放射性物質は原子炉等規制法の枠内で管理されてきた。この枠内では、安全に再利用したり処分でしたりできる基準を1キログラムあたり100ベクレル以下と定めている。これに照らせば、「除去土壌」や「再生資材」は低レベル放射性廃棄物相当である。今も、「除去土壌」や「再生資材」と同等の放射性物質が「再生利用」されるようなことは通常ない。
にもかかわらず、原発事故で汚染された土壌が「再生」されて「再生資材」になれば、従来のような厳しい審査も管理も不要となる。繰り返すが、「再生資材」と名前が付き、見た目は利用しやすい土に見えても、放射性物質で汚染されていることに変わりはない。
国・環境省は、「再生資材」の用途を限定し、道路や鉄道等、公共的に「管理」される施設の基盤材として利用すると説明してきた。もちろん、「管理」するとはいっても、放射性廃棄物としての管理ではないため、大きな問題がある。とはいえ、一定程度の歯止めをかけようという意思は感じられた。
「除去土壌」を「再生利用」するために、2020年1月には、そのための省令改正案が示され、パブリックコメントにかけられた。この時点の再生利用の手引き(案)では、農地はきれいな土で被覆した上で、食用作物ではなく、あくまで園芸作物・ 資源作物に使うとなっていた。同年3月には改正される予定であった。
ところが、突如、改正は見送られた。その理由は、環境省によって十分には説明されておらず、研究者の間でも話題になっていた。
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秘密裏に進めた覆土無し食用作物栽培
行政文書開示請求をして約2ヶ月半、ようやく7月29日に文書が筆者宛に送られてきた。開示された文書は11件。第一文書の1ページ目を読んだ筆者は、のっけから予想もつかない内容であることに気づいた。
環境省の担当職員(文書には名前が記録されている)は、非公開の会合の冒頭で、「地元ではいろいろな食用作物の要望があるので、手引きとは異なる覆土のないパターンも実施し、覆土が無くても問題ないことを証明しておきたい」と述べていた。対する専門家は、「作物別に一度試験を行っただけで安全性を謳うのは危険性が高い」「一つの試験をして実施することでそれで安全とは言えない」など、当然の発言を行っている。
開示された行政文書は、食用作物の栽培、さらには覆土無しでの食用作物の栽培を、試験栽培とはいえ、非公開の会合で、環境省主導で決めようとしていたことを示すものだった。(開示文書Ⅰ開示文書Ⅱ)
開示文書によれば、環境省は、2020年1月15日の時点ですでに国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構の職員らと非公開の準備会合を開き、覆土無しの野菜栽培について持ちかけていた。年末年始の休暇期間を考慮すると、2019年には、覆土無しを含む食用作物栽培の実証事業を進めることにしていたのではないかと思われる。
開示文書では、次に2020年2月10日に「除去土壌等の再生利用に係る放射線影響に関する安全性評価検討ワーキンググループ」が開かれていたことが分かった。このワーキンググループは「除去土壌」の「再生利用」について実質的な検討を行っており、2019年11月15日の第10回会合を最後に、この会合の議事録や資料は、行政文書開示後も環境省ホームページ上では一切公開されていない。一般国民には、開催されているかどうかすらわからない状態である。
筆者も、開示文書でワーキンググループの会合が2月にも開かれていたことをはじめて知った。開示文書によると、2月10日の非公開ワーキンググループでは、1月15日に環境省職員が示した食用作物栽培、覆土無し栽培が、「計画」として報告されていた。資料を見ていくと、このワーキンググループでの議論で一定のお墨付きを得た形となり、その後、実証事業が進められていくのが分かる。
全てを秘密にし、「実証事業」の名の下で、これまでの方針にないことを環境省が進めていたと言って何ら差し支えない。しかも、覆土無し栽培はすでに行ってしまったという。まさに、なし崩し的な既成事実化である。
【情報公開文書で判明した時系列】
・2020年1月15日 除去土壌等の減容・再生利用技術開発戦略の具体化に係る調査業務【非公開会合】
覆土無しの食用作物栽培の方針が環境省職員より示される。
・2020年2月10日 除去土壌の再生利用に係る放射線影響に関する安全性評価検討ワーキンググループ(安全性評価検討WG)【非公開会合】
覆土無しの食用作物栽培の計画が環境省職員より報告される。
・2020年3月27日 飯舘村への説明資料
「覆土をしないケースについても試験栽培を行う」との記述あり。
「除去土壌」問題は、公開の場で議論をつくせ
この件の後、飯舘村の菅野典雄村長すら覆土無し食用作物栽培を十分に認識していなかったことが明らかになった。「私は初めて聞いてびっくりしています。今の段階では当然、覆土をするべきです。もし覆土をしないでやるという話だったら、私はこの話を進めませんでした」と、菅野村長は述べている(「民の声新聞」参照)。
村長が認識していなかったのも不思議ではない。
すでに公開されている文書を精査すると、環境省のホームページに2020年2月19日 飯舘村長泥地区環境再生事業運営協議会の議事要旨があり、「覆土がないパターンも比較対象として試験栽培を実施する」とあった。しかし、何を栽培するのかなど具体的に説明はまったくない。開示文書で覆土無し栽培が確認できるのは、3月27日付けの飯舘村向けの説明資料だけ だからである。
もちろん、飯舘村の人々に事前に周知すれば問題がなかった、というわけではない。なぜなら、実証事業は、飯舘村の人のためだけに行うものではなく、広く、除去土壌の再生利用のために、国費を投じて実施されているからである。
「再生資材」の利用については、「再生資材化した除去土壌の安全な利用に係る基本的考え方」(2016年)がある。しかし、利用に関して、省令も、通知も、ガイドラインも手引きもない。「実証事業」とはいえ、非公開会合で詳細を検討し、さらに情報開示請求を筆者が行うまで会合の存在すら秘密にし、実証事業とはいえ、非公開のまま覆土無し食用作物栽培を始めていた。
筆者が開示請求したものは食用作物栽培に関する文書であったので、議事録の公開部分は一部に過ぎない。そのため、全ての議論については把握できていない。だが、公開文書から推測すると、農業従事者の放射線被ばくに関することも議論されているようである。例えば、2月10日の非公開のワーキンググループで環境省職員は次のような発言をしている。
「10haぐらいの農地造成地に再生資材を4.5m埋めたときの線量がちょうど5000Bq/kgで1mSv/y相当、被ばく時間1000時間という評価をしています。これに比べると、ごく一部の露出面積ですから、ここに包含されるだろうと考えています」
これは農業従事者の被ばく管理に関する非常に重要な事項である。にもかかわらず、開示文書からは、非公開のワーキンググループでのごく簡単な報告にとどまっているように見える。
全てを非公開のまま進める事業に正当性は果たしてあるのだろうか。
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国民が知らぬまま汚染された土壌が利用可能となる危険
2020年8月19日に、超党派の国会議員からなる議員連盟「原発ゼロの会」によって、環境省(1月15日に覆土無し食用作物栽培を切り出した担当者を含む)に対するヒアリングが行われ、筆者も問題点を指摘し、質問した。環境省側は、事実関係を認めつつも、「公開すべきではないか」との筆者の問いに正面から答えなかった。今後も、実証事業を非公開のまま実施し、新たな政策の検討を進めるつもりのようである。
「実証事業」であれば非公開にしてもかまわないという政府では、「実証事業」の名の下で、今後何が行われるかが予想できない。現状からすると、福島県内での「実証事業」の場合、環境省は、すべて非公開・非公表のまま進める可能性がある。残念ながら、一般市民は最大限注意したほうがよいような状況である。
今後、省令改正や「手引き」作成が行われ、広く一般に、農地を含めて「再生資材」を利用できるようになれば、周辺住民に何も知らせないまま、放射性物質で汚染された土壌を利用可能にすることすら予想される。そうなると、一体何のための除染であったのか、ということにすらなりかねない。環境省の徹底した秘密主義は、こうした最悪の事態を予感させるものである。
「除去土壌」について非公開で進めれば進めるほど、誤解や疑心暗鬼を生み、国民が分断される。このようなことが望ましくないのは言うまでもない。
放射性物質、放射性廃棄物の処分や管理は、国民の理解が十分に得られなければ、いずれ必ず失敗する。これが、放射性廃棄物政策の歴史が教えるところである。全て公開で、賛成・反対問わず様々な意見を持つ人が参加する中で、放射性物質で汚染された土壌の行方を検討し、決めていくことが、結局はこの問題を解決に導くだろう。
現在、環境省が非公開のまま進めているのは、事業に不合理なことや不都合なことがあるからだと考えられる。本来、政策形成過程も含め、行政にそのようなことがあってはならない。除去土壌の扱いについて、秘密にせず、全て公開の場で議論をつくすことが必要である。まっとうなで健全な政策づくりを望みたい。